第44話 舞い降りる剣

「協会から救援要請が舞い込んでいる、世界中が混乱に陥っているようだな」


「私たちも余裕はないよ、これまでとは質も量も桁違い」


 今動けるのは二人だけ、状況はかなり悪い。

 クソ、せっかく星を壊したってのにまだ終わらないというのか。


「こちら半分は我に任せよ、もう半分は」


「わかってる、私がやる。凰真くんには指一本触れさせないから」


「ごめん、二人とも……頼む」


 星に誘われた大量のモンスターが一斉に襲いかかってくる。

 それを迎え撃つは翼と江莉香。

 星剣の二人ならば有象無象のモンスターなど相手にならない、片っ端から斬り伏せてくれている。


 だが今回はいつもと違う、強力なモンスターがやけに多い。

 半分以上がSランクモンスター、中にはSSランクも幾らか見られる。

 いくら二人といえど、これだけの強力なモンスターをこれだけの数相手するのは至難の業だ。


「クソッ、こんな時に寝ていられるか……」


 せっかく星をぶっ壊したってのに、こんなところでやられてたまるか。

 気合いで身体を動かせ、まだ戦いは終わっちゃいない。


「翼、江莉香!」


「凰真くん⁉︎」 


「立つだけで限界であろう、もう動くでない」


「あと一撃だけならいける、二人の力を貸してくれ!」


 ティルヴィングとエクスカリバーの二刀流で、周辺の敵を一斉に薙ぎ払う。

 まだ敵は多いがだいぶ数は減らしたはずだ。


「今度こそ、任せた」


「凰真よ、我が人間に対して敬意を抱くのは其方が初めてだ」


「見てて、私たちが道を切り開くから」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




『隕石の落下は免れました……ですが、今もなおモンスターの襲撃が続いております!皆様、引き続き避難を──』


 一人の少年によって隕石が破壊される様が映され、街は救われたと喜びに包まれたのも束の間。

 今度は街を大量のモンスターが埋め尽くす自国絵図が広がり、再び人々は絶望に叩き落とされていた。


「おい、あの子ヤバいんじゃないのか⁉︎」


「誰か助けに行ったほうがいいんじゃ」


「無理に決まってんだろ、あんなの冒険者でも……」


「残念だけどあの子はもう……」


「いやだ、いやだよ……」


 美沙は両手で顔を覆い、その場にへたり込んでしまった。

 指の隙間からはポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちている。


「お願いです!誰か助けてください、お兄ちゃんを助けて!」


「あの子のお兄さんなのか……」


「可哀想に」


「お兄ちゃんが死んじゃう!お願いします!お兄ちゃんが、お兄ちゃんが!!」


 美沙の悲痛な叫びに応えられるものは誰もいない。

 同情や憐れみの視線は向けられるけど、ただそれだけ。

 翼や江莉香が傷ついていく、兄に魔の手が迫っていく、それをただ見つめることしかできない。


 周りに助けを求めて縋ることしかできない。


「それが美沙の選んだ道?」


「……え?」


「自分たちの力で生きていく。お兄さんとそう誓ったんじゃないの?」


 顔を上げると希梨はいつものように凛とした表情で美沙を見下ろしていた。


「お兄さんは一人で戦った、星を壊した。だけど美沙は泣いているだけ、それでいいの?」


「希梨ちゃん……」


「ハッキリ言う、このままなら貴方のお兄さんは死ぬ」


「嫌だ!お兄ちゃんがいなくなるなんて、そんなの絶対にダメ!でも、私には何もできないの!いつもそうだった、戦うのも傷つくのもお兄ちゃんばかりで、私はいつも守られてた!」


 喉が張り裂けんばかりの勢いで叫ぶ。

 己の無力を嘆くように、残酷な運命を恨むように、無慈悲な現実を受け入れまいと溢れんばかりの想いを叩きつける。


「私だって戦えたら……私にも力があったら、お兄ちゃんを助けられたのに……私には何もないの!!」


 美沙は自分の前髪を乱暴に掴み、悲痛な声を上げた。


「そんなことはない、美沙にはお兄さんを想う心がある」


 そんな美沙を慰めるかのように、希梨は優しく微笑みかける。


「聞かせて、美沙はどうしたいの?美沙の素直な想いを聞かせて」


「私は……お兄ちゃんを助けたい、お兄ちゃんとずっと一緒にいたい!」


 その返答に満足したかのように笑い、希梨は手を差し伸べた。


「なら行こ。美沙の想いは私が叶える、私が美沙の力になる」


「希梨ちゃん……?」


 美沙はおずおずと腕を伸ばし、美沙の手を取る。

 次の瞬間、二人は淡い光に包まれた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「翼、まだやれるよね……?」


「愚問だな……我をなんと心得る」


 止むことのないモンスターの襲撃を受け、翼も江莉香も心身ともに限界なのは誰の目から見ても明らかだった。

 モンスターの襲撃はここだけに限らず全国各地で起きている、助けも期待はできない。


 そもそも並の冒険者が来たところで意味はない。

 この状況を打開できるのなんて、星剣……いや、万全な状態の芽亜くらいのもので──


「しまった!」


「凰真、逃げろ!!」


「あ……」


 遂に二人による防波堤が決壊した。

 江莉香の脇を抜けたドラゴンが俺の目の前で大きく口を開けている。

 だが身体は少しも動かせそうにない、万事休すだ。


「ごめん、みんな……」


「ガルァァァッッ!!」


 死を覚悟して目を瞑ろうとする、その時だった。


「ガピャッ⁉︎」


 空から舞い降りた一本の剣が、ドラゴンの脳天を貫いたのだ。


 そして俺は天使を見た。

 両肩から一対の巨大で美しい翼を生やし、雲からさす光を浴びて大地に降り立つ天使を。


「……美沙?」


 信じられなかった。

 夢でも見ているのか、それとももう天国に来たのか。

 だが見間違えるわけがない、今日まで共に生きて来た愛する妹の姿を。


「良かった、間に合った。大丈夫だった?お兄ちゃん」


「美沙が……なんで?」


「もう私は守られるだけじゃない。これからは私もお兄ちゃんと一緒に戦う」


「心配せずともご安心ください、私がついているので」


「希梨ちゃん⁉︎」


 舞い降りた剣は突然希梨ちゃんへと姿を変えた。


「そんな……」


「どうして貴女がここに……?」


 希梨ちゃんを見た瞬間、翼たちは驚きを露わにする。


「希梨ちゃん、君は……」


「私は神代三剣が一つ、“地を疾り、海を越え、天を翔けるもの”天羽々斬あめのはばきり


 そう言って希梨ちゃんは姿を変える。

 そしてその手に天羽々斬を握りながら美沙は言った。


「待ってて、お兄ちゃん。お兄ちゃんは私が守るから!」

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