第40話 何気ない日々
「おにいちゃん、これたべて」
夕食中のこと。
芽亜はフォークに突き刺したトマトを俺の口元へ持ってくる。
「芽亜、好き嫌いはよくないぞ」
「でもわたしこれすきじゃない!」
こういうことは度々ある。
芽亜はまだ色々と幼いせいか好き嫌いが激しく、嫌いなものはなかなか食べようとしないのだ。
「でも野菜も食べないと大きくなれないよ?」
「おおきくならなくていいもん、おにいちゃんとずっといっしょにいるから」
「あ、そういえば今日は美味しいチョコを買ってきたんだった」
「え⁉︎」
美沙がわざとらしく思い出したかのように言うと、芽亜は目をキラキラと輝かせる。
「でもあのチョコはトマトを食べた人しか食べられないって書いてたような……」
「うう〜……」
チョコを食べたい、でもそのためには嫌いなトマトを食べなければならない。
そんな葛藤からしばらく唸り声を上げていた芽亜だったが、やがてトマトは俺の口から遠ざかっていく。
「……食べる」
「芽亜ちゃん偉い!あとでチョコ持ってきてあげるね!」
「うん……」
こうして渋々ながらも芽亜はトマトを食べてくれた。
芽亜と一緒に夕食の洗い物を済ませた頃、居間では美沙が江莉香に勉強を教えてもらいながら宿題に取り組んでいた。
「偉いな、もうやってるのか」
「うん、金曜のうちに終わらせたくて。あと江莉香さんが教えてくれるとすごいやりやすいんだ!」
「美沙ちゃんの飲み込みが早いだけだよ」
江莉香は普段も学年でトップクラスの成績だからな、これ以上の先生はいないだろう。
「凰真くんも見てあげよっか?」
「俺は……パス。戦闘要員だから」
「それとこれとは別、次のテスト範囲は大丈夫そう?」
「なんとかするよ」
俺の勉強に関しては聞かないでくれ。
生活費を稼ぐためにダンジョンに潜るのに時間を費やしたので、家での自学自習なんてものをした記憶はほとんどない。
成績に関してもお察しである。
まあテスト前になると、赤点を取らない程度には頑張っている。
そうじゃないと補習にかかってダンジョンに行けなくなってしまうからな。
「ありがとな、江莉香。いつも助かるよ」
「気にしないで、私も凰真くんや美沙ちゃんの力になりたいだけだから」
俺ではとても勉強を見ることはできないので本当に助かっている。
美沙が将来何になりたいとかについてはまだ明確には決まっていないだろうが、選択肢を増やすためにも勉強をしておいて損はないからな。
「ふう、いい湯だった。上がったぞ」
そんな話をしていたら翼が風呂から出てきた。
「私まだかかるから次お兄ちゃんどうぞ」
「わかった、行ってくる」
俺は一番風呂を堪能した翼と入れ替わりで風呂へと向かった。
「ところで美沙よ、今日の夕食も美味であった」
「ありがとう、翼さん!いつもそう言ってくれると作り甲斐があるよ」
お風呂から戻ってくると、宿題を終えた美沙と翼が話をしていた。
「本当に良くできた妹だ、凰真には勿体無いくらいだな」
「おい」
前々から思っていたのだが、翼と美沙はすごく仲が良い。
俺が外に出ている間二人で過ごす時間が多かった、というのも影響しているのだろうが、特に翼の方が美沙を気に入っているのだ。
まあ大方作るご飯が美味しい、というのが一番の理由だろうが。
「凰真よ、其方は自身が恵まれていることを自覚するべきだ」
「わかってるよ、美沙と家族でいられて幸せだってずっと思ってるからな」
「お兄ちゃん……」
「もちろん美沙だけじゃなくてみんな……翼に会えたことも幸せだと思っているけどな」
「……急に何を言い出すのだ」
実際今の生活があるのも翼と出会ったからあるわけで、感謝してもしきれない。
そんな本心を口にしただけなのだが翼はそっぽを向いてしまった、もしかして照れてるのか?
「ところで美沙よ、前に行きたいカフェとやらがあると言っていたが」
「うん!この日とかどうかな?」
「ふむ、その日なら──」
やっぱあの二人仲良いな。
しかしカフェに行けるくらいにお金の余裕が生まれるなんて、少し前の俺に言っても信じないだろう。
改めて翼に感謝だ、そして美沙にはこれから思う存分年頃の女の子らしい過ごし方を満喫してほしい。
「あ、お兄ちゃん!言い忘れてたんだけど、明日また希梨ちゃんと遊びに行ってくる!」
「わかった、楽しんできてな」
最近の美沙は本当に楽しそうだ。
この笑顔が見られるだけでも、今まで俺が辛い思いをしてきたことも良い思い出となる。
あとはこんな幸福で平穏な日々がいつまでも続くことを願うばかりだ。
ところで俺は明日の予定が無いがどうしようか。
結局ダンジョンに行くことくらいしか思いつかないしそうしようか、もしかしたらその前にまたモンスターの対応で呼び出されるかもしれないが。
まあ何かしら備えておくに越したことはない、やることもないし今日は早く寝よう。
「俺はちょっと早めに寝るよ」
「わかった、おやすみやさい!」
「あ、おにいちゃん!わたしもいっしょにねる!」
「お風呂入ったか?」
「はいってない!」
「……行っておいで、待ってるから」
一応俺の沽券に関わるので言っておくが、これはあくまでそうしないと芽亜が泣きだすからである。
断じて変な想像をしないでほしい、俺は真人間なのだから。
俺は芽亜がお風呂から出てくるのを待ち、髪の毛をドライヤーで乾かしてから一緒の布団で寝た。
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