第38話 家族

「あんなにたくさん……」


「栞奈さん!」


 孤児院は見晴らしの良い小高い丘に建てられている。

 だからモンスターの大群がこちらに向かってきている様子がよくわかる。


 芽亜なら問題なく倒せるだろう、しかし一人でとなると前のように能力が暴発する可能性もある。

 確実に敵だけを倒すためには、やはり俺が芽亜を振るうしかない。


「雨宮さん⁉︎なんで来たんですか!」


「栞奈さんには他にやるべきことがあるはずです。あの子たちを支えて、笑顔にしてあげられるのは貴女なんです。だから自分の身を危険に晒すような真似はやめてください」


「ですが……」


「大丈夫ですよ。俺は栞奈さんみたいに料理はできないし、みんなのお世話も下手だけど……その分戦えますから」


 人には得意不得意があるからこそ、支え合うことでより大きなことができる。

 だとしたらみんなを守るために戦うのは俺の役目だ。


 それに、こればかりは誰にも譲れない。

 何度も何度も俺たちの日々を奪わせはしない、これは俺の戦いなのだ。


「だから栞奈さんはみんなをお願いします。ここは任せてください、俺は俺のやるべきことを全うします」


「昔に比べて成長したけど、やっぱりアンタはバカなんだね」


「え?」


 声がして振り返ると、なぜかそこには芽亜と一緒にルカねぇがいた。


「確かにアンタは立派になった、強くもなった。けどね、アタシにとってはいつまでも守るべき、守りたい大切な家族、弟なんだよ」


 その時、俺の中に一つの疑問が浮かび上がった。

 

 ここにはたくさんの幼い子どもたちがいる。

 そんな子たちをまとめ上げて動くにはどうしても時間がかかる、今から避難の準備をしても間に合わないように。


 でもあの時の俺たちは、誰一人として怪我もしなかった。


「安静にしてろって言っただろ?ここはアンタのお姉ちゃんに、アタシに任せな」


 そういえばあの日、ルカねぇは何をしていた?

 彼女の姿を見た記憶がない、いったいどこにいたというのだ。


「瑠夏さん!私もお手伝いします!」


「栞奈、アンタ自分が言ってることの意味がわかってるのかい?アタシは今からアレと戦うんだよ?」


「わかってます、何ができるかはわからない、でも私も戦いたいんです。だってあの子たちはみんな、私にとって大切な家族なんですから」


「……初めてここに来た時、アンタは言ってたよね、小さな子たちの力になってあげたいって。そしていつもいつも、本当に頑張ってくれていた」


「瑠夏さん……」


「改めて聞かせてくれないかい?栞奈、アンタはどうしたいのか、アンタの想う正義ってやつを」

 

 ルカねぇに言われ、栞奈さんは一度俯く。

 しかし再び顔を上げた時、その瞳には強い決意が宿っていた。


「私は、あの子たちの力になりたい、守ってあげたい。深い理由なんてありません、ただそうしたいと心から思うんです。そのためなら戦うことも怖くない、それが私の正義です」


「ふふっ、いい答えだ。やっぱりアンタはアタシの見込んだ通りの子だよ。栞奈、アタシたちは同じ正義を掲げるもの同士だ、だから共にそれを貫いていこうじゃないか」


 ルカねぇはそう言って栞奈さんの手をとった。

 そして俺はようやく全てを理解した、俺はずっとルカねぇに守られて来たのだ。

 人智を超えた力、それに人の姿と心を持つ、星剣である彼女に。


「アタシは“正義を貫くもの”神槍グングニル。さあ、可愛い家族を守るために戦うよ!」


「はい!」


 そして、どうやらそれはこれからも変わらないらしい。


「私が守りますから、そこで待っててください!」


 俺に向かって力強く宣言する栞奈さんの右手には、身長を上回るほどの巨大な槍が握られていた。


「ルカねぇも星剣……なのか?剣じゃないけど」


「めずらしいでしょ?ときどきいるんだよ、みんなみたことないとおもうけど」


 なるほど、そもそも星剣と遭遇する自体が稀なことであり、架空の存在だと思っていた人も少なくない。

 その中でも限られている剣ではない姿を持つ者を見た人は一人もいなかった。

 

 だからいつの間にか彼女たちのことを『星剣』と呼ぶようになったのだろう。


「おにいちゃん。るかさんが、『だまっててごめん、しつぼうした?』だって」


 そうか、今の俺にはグングニルの声は聞こえない。

 だが契約を交わした栞奈さんと、同じ星剣である芽亜には聞こえているらしい。

 

 それにしてもルカねぇらしくない、今更こんなバカバカしいことを聞くなんて。

 だから俺は笑い飛ばしながらこう答えた。


「まさか。正体がなんであろうと関係ない、ルカねぇはいつまでも頼れる、大切な家族だよ」


 もう安心だ、二人になら任せられる。


『大切な家族、弟なんだよ』


 たまには昔のように甘えるのもいいだろう。

 ずっと俺のことを見守ってくれた、胸を張って世界で一番と言える最高のお姉ちゃんに。


「お願いだ……助けてくれ、お姉ちゃん」


 もう迷惑をかけられないと思っていた、二人だけで生きていくと心に誓った。

 だから何があっても自分でなんとかしなければならない、そう思って頑張ってきた。


 だけどようやく気づいた。

 たとえずっと一緒にいるわけではなくても家族の絆は永遠で、いつでも頼っていいのだと。

 一人で頑張る必要はどこにもないのだと。


「大丈夫です、お姉ちゃんに全部任せてください!」


「ん?」


 栞奈さんはグングニルを携えてモンスターの群れに向かっていく、最後に一つだけ気になる言葉を残しながら。


 そして二人の活躍により、応援の冒険者が到着するよりも早くモンスターを殲滅、無事に孤児院を守り切ったのであった。

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