第36話 見慣れた天井

「う、んん……」


「あ、目を覚ましましたよ!」


 目を覚ますと見慣れた天井が広がっていた。

 いや、まだ夢を見ているのかもしれない、今俺は孤児院のベッドで横になっているのだから。

 ……なんで?


 必死に考えてみるけれど、眠る前のことをどうにも思い出せない。

 確か俺は修学旅行に行っていて、二日目の朝に芽亜が目覚めていたんだ。


 その後翼たちと芽亜が戦い始めて、俺はダインスレイブの力を借りて戦いを止めようとして。

 朧げながらも記憶が戻ってきた、血を流しすぎたのとその状態で芽亜の力を使ったこともあって、意識を失ったのだった。


 だけどここにいる、ということは誰かが運んできてくれたのだろうか。


「良かった、起きたんだね」


「ルカねぇ、どうして俺はここに?」


「それを話してもいいんだけど、その前にお腹は空いてるかい?」


「ああー、そうかも」


「お粥を作ったから食べな。なんせアンタは3日も寝てたんだからね」


「3日も⁉︎」


 本当にそんな寝ていたのだろうか、まさかからかっているのではあるまいな。

 と思ったがどうやら本気らしい、一体どうなっているんだ。


「食べてる間に話したげるよ、アンタが寝てる間に起きたことをさ」



 

 俺がここに運び込まれてきたのは、あの日の昼過ぎのことだったらしい。

 その間俺の容態があまり悪化することがなかったのは、ダインスレイブが止血してくれていたおかげだ。

 病院に連れて行かなかったのは、ここが一番安全な場所と判断したかららしい。


 というのも、あれ以降ダンジョンからのモンスターの出現が全国各地で頻発しているらしいのだ。

 原因は芽亜との戦闘だ。

 数多の星剣が戦ったことによる影響は北海道だけにとどまらず、全国に広がってしまったそうなのだ。


 現在は冒険者協会が冒険者に非常事態を発令し、全力で対応にあたっている。

 しかしどうしても後手後手になってしまうらしく、各地で被害が絶えないようだ。

 だからこそ万が一にも俺が眠っている間に病院が襲われてはいけない、ということでこの孤児院を貸してくれたのだ。


 ちなみに札幌での戦闘に関しては、公には突然大量のモンスターが出現して街を破壊した、ということになっている。

 芽亜のことを知っているのはあの場にいた俺たちだけだ。


 そして桜さんは、モンスター出現の兆候を事前に察知して住民を避難させたことにより死傷者を出さなかった。

 さらにモンスターの襲撃にも対処して騒ぎを鎮静化させた、ということで俺たちのギルドは協会からとてつもなく評価されたらしい。


 なんでも、もうSランクギルドに認定されたとか。


 ついでに翼と江莉香もギルドに加入したらしい。

 そして今はギルドメンバーとしてひっきりなしに起こる襲撃の対応にあたり、眠っていた俺の代わりに生活費を稼いでくれているそうだ。


 また今度会った時にお礼を言っておかないとな。


「それにしても3日も寝てたなんて信じられっ……!」


「はぁ、無茶しちゃダメだって。結構酷い傷なんだからさ」


 身体を起こそうとしたのだが、背中にひどい痛みを感じてできなかった。

 逆によくこの状況で戦えたもんだな、それだけダインスレイブによる補助が大きかったということか。


 俺が思う以上に彼女には助けられていたらしい、いなければ間違いなく芽亜を止めることもできなかった。


「みんなアンタを心配してたよ、もちろんアタシもね。だから今はゆっくり休んでその怪我を治しな」


「そうするよ。美沙はどうだった?」


「あの子は強くなったね。不安は隠せてなかったけど、それでも頑張るって言ってたよ。お兄ちゃんが元気になったら美味しいご飯を食べさせてあげる、だってさ」


「そっか……」


「あと翼ちゃんがね、美沙のことは任せろ、だってさ。お姉さんみたいな振る舞いで思わず笑っちゃいそうだったよ」


 それを聞いて俺まで笑いそうになってしまった。

 前々から仲は良かったが、翼は俺が思う以上に美沙のことも気にかけてくれているらしい。

 美沙自身も元気にしてくれているようで一安心だ。


「ところでアンタ、いつの間に妹が増えたんだい?」


 そう言ってルカねぇは俺の足元を指差す。

 よく見るとスゥスゥと寝息を立てた芽亜が、俺の足にガッチリとしがみついている。


「その子は大変だったよ。『おにいちゃんからはなれない』って聞かないのさ」


「まったく、そんな気に病む必要ないってのに」


「アンタはそれだけみんなにとって大事な人になったってことさ。ホント、知らないうちに立派に成長したんだね」


 そう言われると、俺はここ最近で色々変わったのかもしれない。

 今までは二人で生きていくことに精一杯だったのに、今では友人もできて、周りにいてくれる人もたくさん増えた。

 あまりにも恵まれすぎている、もうこれ以上望むものなどないくらいに。


「アンタを思ってくれるみんなのためにも早く元気になるんだよ」


「リンゴをむいてきました、みんなで食べませんか?」


「おお、ちょうどいいタイミングだよ。栞奈は気が利くね、いつも助かるよ」


 ルカねぇの言う通り、今はみんなのためにも早くこの傷を治さなければ。

 それまではみんなに甘えて、少しゆっくりさせてもらおう。

 

 甘くみずみずしいリンゴを口に含み、懐かしい匂いを吸い込みながら、そう思った。

 

 ちなみにこの後みんながやってきて、ゆっくりしていられないほどに部屋が騒がしくなったのはここだけの話である。

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