第33話 求生主

「凰真さん!しっかりしてください!」


「大丈夫……そんなに声出さなくても聞こえてるから」


 死ぬほど痛いけれど意識はハッキリしている、致命傷にはなってなさそうだ。

 ただ血を流しすぎたかもしれない。

 頭がクラクラするし、視界も白く霞んできた気がする。


「このバカ、人間の身で神代三剣の受けるとは、なんという無茶な真似を……」


「どうしよ、ウチが非常事態を発令したせいで病院も開いてないよ!」


「ひとまず止血してるから、凰真くんはそのまま動かないで!」


 焦りから思わぬ力が入っているのだろうか、痛いくらいの力で圧迫してくる。

 江莉香がこんなに取り乱しているところを見るのは初めてかもしれないな。

 

「ありがとう、少しマシになってきた……それで、芽亜は?」


「先ほどから攻撃は止んでいる。だが油断はできぬ」


「ごめん、みんな……俺を芽亜のところに連れて──」


「おにいちゃんからはなれて……」


「芽亜?」


 芽亜の様子がどこかおかしい。

 俯いたまま服の裾をギュッと握り締め、プルプルと震えている。

 だが震えているのは彼女だけではない。

 大気が、大地が、この世界そのものが、芽亜を中心に激しく震え出す。


 直後、とてつもない悪寒が背中を走り、一瞬にして全身が粟だった。


「おねえちゃんたちのせいで、おにいちゃんが……おにいちゃんが!」


「マズイ、逃げ──」


「ぜったいにゆるさない!!」


 四つの斬撃が翼たちに襲いかかり、全員バラバラに弾き飛ばされてしまう。


「今の、完璧にウチらだけを……」


「もしかして、能力を制御しつつあるの?」


「だとすれば我らに勝ち目はないぞ」


 さらに俺の周囲に無数の斬撃が放たれていく、まるで誰も近づくことのできないように。

 だが芽亜の放つ斬撃はもちろんのこと、それによって飛び散る破片ですら俺にぶつかることはない。

 

 明らかに自身の力を制御している。

 俺を守るために、そして翼たちを倒すためにその力を使っている。


「私たち、覚悟を決めないとかもね」


「はい、なんとしても凰真さんをあの攻撃の範囲の外に連れ出しましょう」


 芽亜と四人の戦いが再び始まった。

 だがその攻防は比べ物にならず、芽亜の猛攻の前に翼たちは確実に傷を増やしていく。


「待ってくれ……」


 激しい戦闘が繰り広げられていては俺の声は届かない。

 だけどもう戦う意味なんてないはずだ。

 翼たちは芽亜がその強すぎる力を扱いきれず、暴走して周囲に被害を与えてしまうからこそ封印していた。


 だが今の芽亜は能力を自身のものにしている、もう暴走する心配はない。

 戦う必要だってないというのに。


「くそ……俺が、なんとかしないと」


 足に力が入らない俺は地面を這いながら芽亜の元に向かう。

 必死に右手を伸ばし、爪から血が滲むほどに指を食い込ませ、全身を使って前へ進む。

 そうしていると、突然誰かの足が俺の顔の前に落ちてきた。


「ヒヒッ、困ってるみてぇだな?」


 頭上から降ってきたのはどこかで聞いたことのある声。


「その声……ダインスレイブ……?」


「今のアタシは大戸玲音だ。それにしても随分惨めな格好をしてるじゃねぇか」


「アイツの……夏目秀太の敵討ちに来たのか?」


「面白い冗談じゃねぇか。あんなクズがどうなろうが知ったこっちゃない、アタシが興味あるのはアンタだからな」


「俺?」


「力を貸してやるよ、あのガキを止めたいんだろ?」


 玲音はその場にしゃがみ込んでニヤリと笑い、尖った歯を見せつけながら俺に手を差し伸べる。


「神代三剣の芽亜を、お前に止められるのか?」


「アタシは特殊だからな。アンタが流したその血があればあのガキに辿り着くくらいならできるぜ……ま、アンタがアタシを操れたらの話だけどな」


 なるほど、ダインスレイブの本当の狙いはそっちというわけか。

 俺が流した血を吸い取り、さらに俺と契約を交わしてこの身体を乗っ取ろうというのだ。

 かつて夏目秀太に対してそうしたように。


 だがこれは俺にとってもまたとない提案だ。

 このままではみんなが傷つくのを見ていることしかできないだろう。

 しかしダインスレイブの力があれば止められるかもしれない。

 

「良いだろう、その話に乗ってやる」


「ヒヒッ、いいねぇ。さすがアタシが見込んだ男だ、契約成立だな」


 俺は必死に腕を伸ばして玲音の手を掴み取る。


「それじゃあアンタの血をもらうぜ」


 玲音の身体が淡い光に包まれる。

 それと同時に地面に広がった俺の血も玲音の元に集まっていく。


「アタシの見込んだ通りだ、コイツはいい!アンタも力が湧き上がってくるのを感じるだろ?」


 確かに全身から力が溢れてくるのを感じる。

 それと同時に何かが身体の中に侵入してくる感覚もある、これがダインスレイブの呪いか。

 夏目秀太はこれによって理性を失い、多くの人を傷つけてしまった、だが俺は違う。


 翼たちも芽亜も、みんなを守るためにダインスレイブの力を使うのだ。


『アンタ、まさかマジでアタシを使いこなそうっていうのか⁉︎』


「提案してきたのはお前の方だ、最後まで付き合ってもらうぞ」


『面白いバカを見つけたと思ってたんだけどね、まさか大バカだったとは。まあやっちまったもんはしょうがない、アンタに付き合ってやろうじゃないか』


 俺が流した血は全て吸収したようだ。

 鍔元の真ん中に埋め込まれた宝石は真紅の輝きを放っている。


「いくぞ、ダインスレイブ!」


『アタシは“血を求めるもの”絶剣ダインスレイブ。限界まで生き血を吸ったアタシの真の力、見せてやるよ』

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