第32話 布都御魂

 全くついていくことができない。

 芽亜は俺の手を握ったまま頬を膨らませているだけなのだが、周囲にある建造物も自然も大地も、あらゆるものが次々に切断されていく。


 何が起きているのかわからない、だがその原因が芽亜にあることだけは確かだ。

 そう確信させるほどの圧倒的な雰囲気があるのだ。


「芽亜!やめてくれ!」


「なんで?おにいちゃん、わたしのこときらいなの?」


「そうじゃない、でもこんなことしたらみんなの迷惑だろ⁉︎」


 あまりの威力と手数の多さに誰も俺たちに近づくことはできない。

 話を聞く限りいかに翼たちと言えど無傷で芽亜を止めることは不可能、となるとどうにか俺が説得するしかない。


「みんなだって悪い人じゃない、話せばわかるはずだ」


 どうにか攻撃を止めようと試みる。

 だがその気配は一向になく、無造作に放たれた斬撃の一つが近くにあった木の根元を斬り、こちらに向かって倒れてくる。


「芽亜、危ない!」


 俺は急いで芽亜の手を引いて抱きかかえるように倒れ込む。

 その瞬間を翼たちは見逃さなかった。


「今だ!」


「ウチに任せて!」


 直後、今度は俺の方が誰かに抱きかかえられ、芽亜と引き離されてしまう。

 

「桜さん!」


「ひとまず凰真クンの救出は成功だよ!」


「なんで?なんでわたしからおにいちゃんをとるの……?」


「ここからが本番です、どうにか彼女を……布都御魂を止めなければ」


 芽亜は今にも泣き出しそうな目で起き上がる。

 今すぐそばにいってやりたいのだが、荒れ狂う斬撃がそれをさせてくれない。

 射程距離の外からじっと見つめることしかできないのか?


 いや、未来が見えるならなんとかなるはず。

 次に来る斬撃を予測してそれを避けていけば芽亜の元まで辿り着けるはずだ。

 俺は桜さんの手を掴んで未来視の能力を発動させようとする、だが──


「あれ?」


 どういうわけか未来が見えなかった。

 いや、その表現は正しくない。

 正確には一瞬だけ未来が見えるのだが、脳裏に浮かんだその映像は突如として切り刻まれてしまうのだ。


「ごめんね、凰真クン。ウチの能力はあの子には効かないんだ」


「未来視が使えない……?」


「布都御魂は本当になんでも斬れるの。だからウチの能力を使っても、あの子の周辺で起きる未来は見る前に“斬られ”てしまうから無理なんだ」


 星剣の能力すらも斬って捨ててしまう、それこそが神代三剣というわけか。

 今ならあの時の翼や江莉香たちの焦りようも理解出来る。

 彼女たちはわかっていたのだ、目の前の幼い女の子が自分たちを遥かに上回る絶対的な存在であることを。


「それじゃあどうやって芽亜を止めるっていうんだ」


「前は特攻したよ。一瞬だけなら未来が見えるから、ウチと江莉香で突っ込んで無理やり止めたの。といってもあれも奇跡だよね、もう一回やろうとしても二人とも切り刻まれると思うなぁ」


 まるで参考にならない、本当に規格外だ。

 だが今回はその三人に加えて澪葉と俺がいる、全員の力を結集すればどうにかできないだろうか。


「気をつけてください、私の能力を使います!」


 澪葉は分子の結合を切断する斬撃で芽亜の足場の破壊を目論む。


「気休めにしかならないかもだけど、私も援護するよ!」


 さらに江莉香が光を操る能力によって芽亜の視界を一時的に奪う。

 しかしそれでも芽亜が作り出す斬撃の結界を潜り抜けることは叶わず、澪葉の一撃も無情にもかき消されてしまった。


「とにかく、近づかなかったら無事だから。凰真クンはここにいるか離れといて!」


 桜さんも三人の援護に向かった。

 とはいえ星剣であっても迂闊に飛び込むことはできない。

 間合いの少し外で隙を伺っては何度か飛び込んではいるものの、まだ芽亜から5m離れた地点にすら到達できず、撤退を余儀なくさせられている。


「こうなったらあの時と同じ方法で行くよ、ウチが先陣を切るから!」


「やはりそれしか打つ手なし、か」


「わかんない。でも今は澪葉ちゃんもいるし、もしかしたら止められるかも」


「私は何をすればよろしいのでしょうか」


「澪葉ちゃんの能力なら少しは斬撃を相殺できるっしょ?それでウチらの道を作ってよ」


「わかりました、全力でサポートいたします」


 翼たちはどうしても芽亜を無力化、あるいは封印しようとしているらしい。

 確かに芽亜の能力は危険だ、それはこのわずかな時間でも十分にわかった。


 だけど、それでもお互いに戦いあわずに済む方法があるはずだ。

 魔剣と呼ばれる翼を操れたように、俺が芽亜の力を制御できるようになればこの戦いも止められるはずだ。


「それでは始めるか、命をかける覚悟は良いな?」


「うん、いっくよー!」


「桜さん!」


 いてもたってもいられず、俺は思わず桜さんの手を掴んでいた。

 今ここで行かせてしまったら間違いなく誰かが傷つくことになる、それだけは避けなければならない。


 掴んだ手を引き寄せてその勢いのままお互いの位置を入れ替える。

 次の瞬間、背中に鋭い痛みが走った。


「凰真クン⁉︎」


 体がすごく熱い、膝に力が入らない。

 世界がスローモーションになったかのように感じ、ゆっくりと崩れ落ちる。

 みんなの叫び声を遥か遠くに感じ、宙を舞う血飛沫を目に焼き付けながら俺は理解した。


 間一髪、桜さんを守ることができたのだと。

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