第31話 目覚めたもの

「江莉香!澪葉!」


 二人の方から来てくれて助かった。

 だがあの表情を見るに、もしかして既にダインスレイブが何かやらかしたのだろうか。

 だったらすぐに止めに行かなければ──


「凰真さん、今すぐその子から離れてください!」


「え?」


 澪葉の口から飛び出したのは俺が予想もしていなかった言葉であった。

 

「澪葉の言う通り、早くこっちに来て!」


「二人とも、何を言って……」


「二人だけではない。誰もが口を揃えて言うだろう、彼女を知るものならばな」


「翼⁉︎」


 この場にいるはずのない翼まで少女から離れろと言い出した。

 一体何が起きているのだろうか。


「いや……」


「芽亜?」


「いや!おにいちゃんはわたしのものなの!ずっといっしょにいたんだから!」


「まずい、逃げろ!」


 これまでにない焦りようで、顔面蒼白になった翼が叫ぶ。

 だがその声が届くよりも先に、既に翼たち三人は俺たちから大きく距離をとっていた。


「おねえちゃんたちなんて、だいっきらい!!」


 その瞬間、突然周囲に無数の斬撃の痕が走った。

 道路や自販機、さらにはその辺りの樹木やコンビニに至るまで、あらゆるものが切断されていく。


「一体何が……」


 あまりの出来事に脳が理解するのを拒否していた。

 幸いにも直前で距離をとっていたため、翼たちは全員無事らしい。

 だがもしも一瞬でもおくれていればどうなっていたか、想像に難くない。

 そして一歩間違えれば俺もまた……


「それがその子の持つあまりにも危険すぎる力だ」


「さっきから何を言ってるんだ。教えてくれ、みんなは一体何を知ってるんだ⁉︎」


「その子は普通の女の子じゃないの。“夢幻、魂魄、そして運命をも断ち切るもの”……神代三剣が一つ、布都御魂ふつのみたま


「私たち三人がかりでも及ばないほどに特別な存在です」


「芽亜が、神代三剣……⁉︎」


 そう言われてもとても信じられない。

 すごく愛らしくて無邪気な女の子じゃないか、本当にこの子が星剣の中でも特別な存在だと言うのか?


「如何にも。そしてその子はまだ自らの強すぎる力を制御する術を持たぬ、先のように感情の高ぶりとともに能力が暴発するのだ」


「大丈夫かな、誰も犠牲になってないといいんだけど」


「その心配はいらないよ!ウチの権限で特別警戒の警報を出すよう協会に言っておいたからね!」


「桜さん⁉︎」


 なんと桜さんまでこの場に来ていた。

 どうやらみんな芽亜の放つ気配を感じ取ってここまで来たらしい。

 こうなると美沙のことが心配になってくるが。


「安心して、凰真クン。美沙ちゃんが無事なのは未来を見て確認してるから!」


 そのあたりは抜かりなかったらしい。


「警報?貴女にそんな権利があったの?」


「うん!この前Aランクのギルドマスターになったから、色々できるようになったんだ。既にこの周辺の住民は避難が完了してるから、そこは心配しなくていいよ!」


 やけに人が少なかった謎が解けた。

 芽亜の気配を感じ取った桜さんが、Aランクギルドの長としての権限を使い、札幌にいる人を避難させた、だから時間が経つにつれて人の気配も消えていったのだ。


 結果的に最高の判断と言えるだろう、おかげで今のでは死者も負傷者も出なかったのだから。


「しかしいくら探しても見つからないと思っていたが……なるほど、ずっと凰真が持っていたというわけか。なるほど、道理で手がかりすら掴めんわけだ」


「できれば完全に目覚める前になんとかしたかったけど……これは凰真くんに何も言わなかった私たちの責任だね」


「もしかして、最近言ってた二人の用事って」


「うん、ずっとその子を探していたの」


「かつて我と江莉香、そして桜の三人でその子を止めようとした。だが力及ばず、最後は我自身を依代として封印する手段を取ったのだ」


 その瞬間、すべての点と点が線で繋がった。


 翼と出会う少し前のこと、俺はボロボロになった小さな剣を見つけた。

 ダンジョンが崩落してティルヴィングを見つけたあと、俺はその小さな剣をカバンにしまい込んだ。

 そのあとは色々ありすぎて存在をすっかり忘れており、気付かぬうちにずっとカバンに入れて持ち歩いていた。


 あれこそが布都御魂、つまり芽亜だったのだ。


 俺が取り憑かれている、というのも芽亜の気配を感じ取ったからの発言なのだろう。

 それに今朝も芽亜は外からやってきたわけではない、俺のカバンの中でずっと眠っており、このタイミングでようやく目を覚ました。

 最初から部屋にいたというわけだ。


 多くの星剣が人として過ごす中、翼だけが剣として眠っていたのも布都御魂を封印していたのが理由だとすれば納得がいく。

 

 全てはあの日、封印が解けたその瞬間に俺が居合わせたのが始まりだったのだ。

 あの日から多くの星剣と出会うことになったのも芽亜の影響だったのかもしれない。


「それじゃあ本当にこの小さな子が……芽亜が神代三剣の一振り……」


 それよりさっき翼はなんて言った?

 江莉香と桜との3人がかりでも敵わず、どうにか自分を犠牲に封印しただって?


 神代三剣ってのはどんだけバケモンなんだ。


「おにいちゃん、まってて。わたしがぜったいにまもるから」


「待ってくれ芽亜!みんなは──」


「ヤバいのがくるよー、みんな逃げて!」


 その場から動いていないというのに、再び目に見えない斬撃の嵐が吹き荒れる。

 俺にはどうすることもできないまま、神代三剣が一振りである芽亜と、四人の星剣の戦いが始まってしまった。

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