第30話 見知らぬ幼女

「お兄ちゃんって、俺のこと?」


「うん、はやくいこ?」


「行くってどこに?っていうか君は?」


 心臓が飛び出そうなくらい困惑しているが、別のベットでいびきを立てている龍斗を起こさないよう、静かな声で尋ねる。

 こんな場面誰かに見られたら終わりだ。

 修学旅行中に幼女を連れ込んだ男として見なされ、人生終了間違いなしである。


「わたし?わたしは芽亜めあ塚都つかと芽亜」


「芽亜、君はどこから来たんだ?」


「おはなしばっかつまんない、はやくそとにいこ」


 芽亜は俺の手を引いて執拗に外に連れ出そうとしている。

 こんな小さな子がいつの間に、どうやってこの場所まで来たのだろうか。

 疑問は尽きないがこのままここで話していると、いつか龍斗を起こしてしまうかもしれない。


 俺は急いで着替えを済ませると、話を聞くためにも芽亜と一緒に静かに部屋を抜け出した。


「さすがに冷え込むな……」


 現在の時刻は午前5時を回ったところ、街中もまだほとんど人がおらずとても静かだ。


「おにいちゃん、ついてきて」


「ちょっと待ってくれ、ご両親はどうしたんだ?心配してるんじゃないのか?」


「いないからだいじょうぶ、ね?」


 小首をかしげる可愛い仕草をしながら、丸い目をキラキラとさせて期待の眼差しを向けてくる。

 必死に記憶を辿ってみるけれど、やはりこの子と会った覚えはない。

 そもそもホテルの部屋はカードキーがないと開かない、それを持ってるのは俺と龍斗、それとホテルの従業員くらいのものだろう。


 だったらこの子はなぜ部屋にいたのだろうか。

 色々と謎は深まるばかりである。


 一つ確かなのは、とにかくこの子は俺を連れ回したがってるということ。

 時間的にまだ余裕はある。

 朝食の予定の時間まではしばらく付き合って、頃合いを見て警察に迷子として届け出るのがいいだろうか。


「わかった、ちょっとだけだぞ」


「うん!」


 俺が付き合ってくれるとわかった途端、芽亜は花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。

 なんとも可愛らしい子だ、思わず抱きしめて頭を撫で回したくなるような、そんな愛くるしさがある。

 もちろんやったら犯罪なので行動には移さないが。


 それから俺は芽亜についていった。

 といってもこんな時間なのでどこもまだ閉まっているし、電車やバスといった公共交通機関も動いていない。

 軽く街中を散歩するくらいのものである。


 なんとなく不思議な雰囲気だった。

 本当に静かで物寂しさを感じる、むしろ不気味なくらいだった。

 異常なほどに他の人の気配を感じないのだ。


「おにいちゃん、のどかわいた」


「じゃあそこのコンビニに入るか」


 こんな時間でもコンビニは空いているので助かる、と思ったら店員の姿が見当たらない。

 バックヤードにもいないらしく、いくら声をかけても姿を現さない。

 いよいよ本格的におかしくなってきた。


「どうなってるんだ……?」


「ちょっとさむいからあったかいのにしよっかな、でもこれもおいしそう……」


 芽亜は先ほどから商品棚と睨めっこしているが、店員がいなければ買いようがない。

 一応スマホと財布だけは持ってきていたことをポケットを叩いて確認する。


「芽亜、自販機で買うからおいで」


「ここじゃないの?」


「うん、今はちょっと無理みたいだ」


 言い表しようのない恐ろしさを覚えながら無人のコンビニを後にする。


「あ、ちょっとあたたかくなってきたかな」


「……そうだな」


 ある程度時間も経ったからか、芽亜の言う通り陽も登ってきている。

 最初に比べれば肌寒さも和らぎ、いい感じの気温になってきた。

 そろそろホテルに戻らないといけない時間が近づいてきた。


 その前に自販機に寄ってジュースを買ってあげなければならないのだが。

 街の中に人の姿は見当たらなかった、一人もいないのだ。


 俺たちが外を歩き始めた時は、少ないとはいえまだ幾らか人影はあった。

 早朝であることを考えればなんら不思議はなかった。


 だがこれは明らかに異常だ。

 何かが起きている、この街から人がいなくなっている。


「おにいちゃん、わたしこれがいい!」


 背伸びをしながらボタンを押そうとする芽亜に変わり、俺が代わりに押してあげる。

 出てきたジュースを取り出すと早速飲み、満足そうな表情を浮かべた。


 またダインスレイブが動き出したのだろうか。

 だったら俺はなんとしてもこの子を守らなければならない。

 そしてすぐに江莉香と澪葉に連絡を取らなければ。


「おにいちゃん?」


「芽亜、俺の手を離さないでくれ」


「うん!」


 何も理解していない芽亜はギュッと俺の手を握り返す。

 この笑顔を曇らせるわけにはいかない。

 異常事態が起きていることを二人に伝えるため、空いた手でスマホを取り出す、その時だった。


「凰真くん!」


 江莉香と澪葉は冷や汗を浮かべ、焦った表情で俺たちを見ていた。

 


 

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