第29話 修学旅行

「おい、遂にこの時が来たぞ!」


「飛行機で騒ぐなよ、迷惑だろ」


「なあ明日どこ行く?飛行機乗ってる間に決めようぜ!」


 修学旅行当日、龍斗のテンションは出発時から既に最高潮であった。

 決められた席に着くや否や、カバンのどこに閉まっていたのかわからないほどの旅行雑誌を取り出している。

 

 今日と明日は班ごとで自由行動となっており、札幌の街を好きなように歩けるのだが、コイツはそれをものすごく楽しみにしているらしい。

 ちなみに班員は俺と龍斗、それに澪葉と江莉香、よく見知ったメンツばかりだ。


 まあ転校してきたばかりでまだ完全に馴染めてるわけではないしな。

 初対面の人たちといきなり一緒になるよりずっと気が楽である。

 新鮮味がない、なんて贅沢は言ってられない。


「まず海鮮は外せないよな。ジンギスカンも絶対だろ?味噌ラーメンも食っとかないと」


「食べることしか頭にないのかよ」


「凰真くん、テレビ塔とか赤レンガ庁舎はどう?行ってみようよ」


「それより小樽運河を見に行きましょう、電車ならそうかかりませんし、すごく綺麗ですよ」


 前に座る二人も観光雑誌を開けながら行きたい場所をアピールしてくる。

 向こうに着いたらいつも以上に騒がしくなりそうだ。


 ま、せっかくの修学旅行なんだしそうじゃないとな。


「なあ龍斗、あれも食べようぜ。バターサンド」


「わかってんな、凰真!俺もお土産にあれは絶対買うつもりだったぜ」


 こうして向こうに着いたら何をするのか期待に胸を膨らませながら、俺たちを乗せた飛行機は北海道に向けて飛び立った。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「着いたぁ!!」


「やっぱこっちは涼しいな、夜になると肌寒いか?」


「広いですね、心なしか空気も綺麗な気がします」


「札幌に着いたら早速ご飯にしよっか、何食べよっかなー」


 学校側があらかじめ手配していたバスに乗り、一旦ホテルに向かう。

 そこで各自の部屋に移り、荷物を置いたら準備完了だ。


「おっしゃ、自由時間だ!お前らラーメン食いに行くぞ!」


 班別の自由時間が始まった瞬間、龍斗は機内で決めた店に走り出した。

 なんで食べる前に走らなきゃいけないんだ、なんて思ってたら今度は突然立ち止まり、俺たちに向けて必死に手招きしている。


「どうしたんだよ」


「おい、あれ見ろ!あの人!」


「え、誰?」


「凰真、お前知らないのか⁉︎」


 龍斗が指差す先には、背が高めの美人の女性が立っている。

 周りにはカメラマンがいるので芸能人だろうか。


「モデルの釘野くぎの紗凪さなだよ!超美人なのになかなか活動はしてくれないんだよな、こんな場面に会えるなんてラッキーだぞ!」


 あれだけ北海道に着いたらあれを食べる、これを食べるとはしゃいでいたというのに、今はモデルにすっかり夢中になってしまっている。

 気持ちはわからないでもないが。


「くぅ、サインもらえねぇかな」


「はい終了でーす!お疲れ様でした!」


 ちょうど撮影が終了したらしい。

 周りの人がすぐに水を渡したりコートを着せたりとVIP待遇だ、と考えてきたらふと目があった。

 気のせいかとも思ったが、どういうわけかその女性、釘野紗凪はこちらに向かってきた。


「君、名前は?」


 そして俺の前に来るなり突然そう言ったのだ。


「お、俺ですか?」


「そう」


「雨宮凰真ですけど……」


「雨宮凰真。気をつけて」


「へ?」


 なんなんだこの人は、面識もないのにいきなり何を言い出すんだ。

 なんかちょっとダインスレイブのことを思い出して頭痛がしてきた、まさかアイツがここにやってくる前兆とかじゃないよな。


「あの、サインもらえますか⁉︎この服に思いっきりやっちゃってください!」


「ええ、いいわよ」


 そんな俺の焦りなどつゆ知らず、龍斗のやつはサインをもらって大はしゃぎしている。


「私はもう今日で帰るけど、貴方になら任せられそうね」


「な、なんの話ですか?」


「なんでもない、その子をよろしくね。それじゃあ」


 その子って一体なんの話だ。

 そういえばダインスレイブも俺のことを見て『取り憑かれている』とか言ってた気がする。

 あの時は特に気にしていなかったが、まさか本当に何かいるのか?


「……なんか急に全身が冷えてきた気がする」


「そりゃ北海道だからな、涼しいに決まってんだろ」


「そういう意味じゃなくてだな……」


 修学旅行から帰ったら一度お祓いをしてもらった方がいいのかもしれない、真剣に検討しておこう。

 

 それにしても釘野紗凪、少し話しただけではあるが、雲のように掴み所のない人だったな。

 口数は少ないものの発する言葉は核心をついている、そんな雰囲気があった。


「確かに美人だったな」


「だろ⁉︎これを機にお前もファンになろうぜ!」


「凰真くん、ああいうタイプが好みなんだ」


「なるほど、そうだったのですね」


 なぜか女子二人からも冷ややかな視線を向けられ、余計に気温が低下したような錯覚に襲われる。


 こんな調子で始まった修学旅行ではあったが、それからは楽しかった。

 事前に決めていた店に入れたし、観光地もたくさん回った。

 綺麗なガラス細工で良さげなものがあったので、お土産用に購入しておいた。


 まさかこんなお金の余裕ができるようになるなんて……と一人感動したのはここだけの秘密である。

 明日はまた少し移動する予定だが、今度は何があるのだろうか、既に楽しみだ。


 そんな充実した一日目を過ごし、明日に備えて眠っていた時のことだった──




「おにいちゃん、おきて」


 耳元で声が聞こえる。

 身体が揺すられている。

 ゆっくりと目を開けると、暗闇の中に、俺を見つめるクリクリとした二つの目があった。


「えっと、誰……?」


「あそぼ、おにいちゃん」


 俺の修学旅行二日目は、いつの間にかベッド脇に立っていた見知らぬ幼女に起こされて始まったのであった。

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