第21話 恐るべきナニカ

「大丈夫ですか⁉︎」


 俺は急いで近くにいた一人の元に駆け寄る。

 胸元をバッサリとやられており、かなり出血が激しい。

 それでもまだ息はあるようだった。


「こっちも死んではおらん」


「うん、一応みんな生きてるみたい」


「とりあえず協会に連絡するよ」


 報告の電話を入れたところ、すぐさま救護隊を結成してこちらに向かってくれるらしい。


「できれば入口に連れてきて欲しいらしい、頼めるか?」


「我が殿を務める、江莉香よ」


「わかってる、私が先頭ね。凰真くん、私たちの間にいて、絶対に離れないでよ」


 かなりの人数が倒れているが、俺たち三人でダンジョンの入り口まで運ぶこととなった。

 だが二人は星剣なだけあって、5人以上の人を抱えても問題ないらしい。

 俺も頑張って二人を抱え、翼と江莉香に挟まれながら全速力で帰還する。


 すると確かに入り口のところで救護隊が待っていた。

 そして怪我人を見るや否や、見事な手際で回復魔法をかけていく。

 それはものの数分で終わったようだった。


「本当にありがとうございます。おかげで処置が間に合いました、きっと全員助かるでしょう」


「そうですか、本当に良かったです」


 たまたま俺たちがすぐに見つけた、ということもあって全員助かったらしい。

 それを聞いた俺はホッと一息つき、大きく胸を撫で下ろす。


「それにしてもなんだったんだあれは、モンスターがやったとは思えない……」


 改めて思い出してみても寒気がする光景だった。

 通常ダンジョンに挑む冒険者は自分の実力とダンジョンの難易度、その両方を考慮して挑むはず。

 時折怪我をしたり、運が悪ければ命を落とすことだってある。


 それでもあれだけの人間が同時に深傷を負うことなんて滅多にない。


 確かにこの前のように急に難易度に見合わないモンスターが現れた、という可能性も考えられる。

 だがそれにしてはあの空間はあまりにも綺麗過ぎた。

 

 モンスターが暴れたならもっと周りに戦いの跡が残るはずなのに、そういったものは見られなかった。

 つまり抵抗する間もなく、一瞬でやられたというわけだ。


「まさか、あれが『神代三剣』の……?」


「わからぬ。まあ、確かにあの者たちならばこの程度造作もないであろうが」


「ただ、彼女たちは余程のことがない限り、あんなことをするような人じゃない……だからその可能性は薄い、と思う……」


「じゃあその『余程のこと』が起きたか、もしくは『神代三剣』のような危険な何かがいたのか、どっちかってことだな」


 俺たちの間に緊張感が走る。

 こんなにも恐怖を感じたのは10年前のあの時以来だ。

 それから少ししてこのダンジョンに関しても立ち入り禁止の措置が施され、調査が行われることとなった。




 あれは一体なんだったのだろうか、それは誰にもわからない。

 だけどそんなことが起ころうとも、日はいつものように沈み、そしてまた登る。

 

「おっす、おはよう!」


「ああ、おはよう」


 迎えた翌日、学校ではいつもと変わらない1日が始まった。


「やっと水曜か……いっつも思うんだけどよ、土日の二日間と月火の二日ってゼッテー長さが違うよな」


「何いってんだ、同じ二日だろ」


「オメーこそ何言ってんだよ。土日なんてあっという間なのに、月曜と火曜は死ぬほどなげーぞ」


 ウダウダと文句を言う龍斗を横目に、持ってきた教科書を机の中に入れていく。

 

「おはようございます、凰真さん」


「おはよう、澪葉。そうだ、ちょっといいか?」


「はい、どうかしましたか?」


 昨日のことは澪葉にも共有しておいた方がいいだろう。

 とはいえこんな場所では話せないので、席を離れて人気のない場所に向かう。




「──ってことがあったんだ」


「10人以上の方が、抵抗する間もなく凄惨な死を遂げた、というわけですね」


「原因はわかってない。けど、翼たちは『神代三剣』ならそれくらい造作もないって」


「確かにその通りです。そもそも私たちにできることが彼女たちにできないはずもありませんので」


「それじゃあ例えば翼や澪葉でも、その気になればできるってこと?」


「そうですね。星剣であれば複数人を一方的に殺害することは不可能ではありません。もちろん私も可能だと思います、ましてや相手がDランク冒険者なら。なので原因を『神代三剣』に特定する必要はないかと」


「なるほど……」


 つまり今回の事件の原因は、星剣か星剣と同等クラスのナニカ、ということになる。

 結局のところまだ何もわかっていない、それどころか余計に範囲が広がった。


「あ!私はやっていませんよ⁉︎」


「それはもちろん、わかってるよ」


 澪葉は昨日も夕方には配信をする、と言っていた。

 当然そのアーカイブも残っているので関与していないことは証明されている、そもそも澪葉なら分子レベルで切断するらしいから血も残らないはずだしな。

 いや、それも怖いな……まあともかく澪葉はシロ。


 もちろん翼と江莉香も違う、ずっと一緒にいたわけだからな。


 となると、一つ考えられるとしたら俺の知らない星剣か。

 江莉香や澪葉のように、星剣が人間社会に溶け込んでいる可能性は大いにある。

 そのうちの誰かがやったのかもしれない。


 しかしだとしたら何でだ?

 わざわざそんなことをしても何のメリットもないはずなのに。


「凰真さん、怖い顔をしてますよ」


「いひゃい」


 考え事をしていたら澪葉に頬を摘まれてしまった。


「凰真さんがそこまで頭を悩ませる必要はありません。それに話によればダンジョンの封鎖はすでにされているのでしょう?」


「そう聞いてはいるけど……」


「ならこのことは頭の片隅にとどめておく程度にして、後のことは協会に任せましょう。考えすぎで怖い顔になっていましたよ?」


 澪葉の言う通りだ、これは少なくとも俺の手に負える話ではない。

 それに星剣かもしれない、というのも推測に推測を重ねた末の仮説にすぎないのだ。


 結局のところ、何もわかっていない、その一言に尽きる。

 なら調査を始めとして全て協会に任せておこう。


「そろそろ授業も始まるので戻りましょう。まずは自分たちのことからしっかりしないと」


 そうだな、勉強にお金稼ぎに、俺には俺のやるべきことがある。

 それにあの件に関しては手は尽くしたし、その結果多くの人命が守られた、今はそれで十分だ

 よし、自分のことに集中しよう。


「あ、でも……」


 あと一人だけ、今回のことを共有すべき人がいる。

 俺は急いで桜さんにスマホでメッセージを送り、それから教室へと戻った。

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