第20話 凰真の過去

「うーん、今日はこんなもんでいいかな」


 ギルドに入ることになった次の日の放課後、俺は江莉香と翼の二人を連れて近くのDランクダンジョンに来ていた。

 江莉香の正体がバレたら困るので配信はしていない、普通にモンスターを倒して素材を集め、そろそろ1時間経とうとしている。


 二人の協力もあってか、いつもより大きめのカバンを持ってきたというのに、それもはち切れそうなほどに素材が詰まっている。

 これだけあれば10万円くらいにはなる、はず。


 というかこの二人、当たり前といえば当たり前だけど、普通に強すぎるな。

 わざわざ(本人曰く)窮屈な格好になって貰わずとも、この程度のモンスターなら簡単に蹴散らしている。


 俺は戦闘には参加しておらず、二人が進んだ後に残った素材を拾っていただけだ。


「凰真よ、ここは少し退屈だ。もう少し強いモンスターと戦えんのか?」


「相変わらず貴女は戦うことばかり。あのね、冒険者とダンジョンにはランクというものがあって、自分のそれより上のダンジョンにはいけない仕組みになってるの」


「そう、だから今の俺が入れるのはこれが限界なんだ。Eランクダンジョンだけは誰でも入れるけど」


「なるほどな、前のようなことが起きぬ限りは戦えぬというわけだ」


「縁起でもないこと言うなよ、あんなこと二度も起こってたまるか」


 結局あの件についても協会に報告しておいたけど、結果は何も出てないな。

 中に出てくるモンスターは今も強力なものばかりなので、立ち入り禁止の措置が取られている、というのは噂に聞いた。


 しかしいまだに原因は不明。


「そういえば、翼はこの前“あれは『神代三剣』のせいだ”って言ってたよな」


「あくまで推測に過ぎぬがな」


「その『神代三剣』ってヤバいのか?」


「うん、言葉では言い表せないくらいにね。私と翼、それにあともう一人星剣がいたとしても勝てないよ。つまり敵対したらどうしようもない、ってことだね」


 え、何それ、さすがにおかしくないか?

 この前翼と澪葉の二人の力を借りた時、直前でギリギリまで力をセーブしたのにあんな威力が出たんだぞ。

 それなのに星剣が三人、それが全力を出しても勝てない?


 会ったら100%死ぬじゃないか。

 しかも何が恐ろしいかって、最近の俺はやけに星剣に出会うのだ。

 一歩間違えたら神代三剣と鉢合わせ、なんてことになるかもしれない。


「怖くなってきた……もうダンジョン潜るのやめようかな」


「ダンジョンか……凰真くん、一つ聞いてもいい?」


「ん?どした?」


「凰真くんは何でダンジョンで稼ぐことを選んだの?高校生ならアルバイトもできるし、その方が稼ぎも安定で何より安全だと思うんだけど」


 確かに江莉香の言う通りだ。

 ダンジョンの稼ぎなんて安定しないし、Eランクなら雀の涙、普通にバイトした方がずっとマシだ。

 それにダンジョンは危険でモンスターは恐ろしい、そんなこと、奴らに襲われた俺たちが一番よく知っている。

 それでもダンジョン稼ぐことを選んだのには理由がある。


「単純なことだよ、強くなりたかったんだ」


「ほう、其方にそんな願いがあったのか」


「何があっても美沙を守れる強さが欲しかったんだ……もう二度と、大切なものを失いたくはなかったからな」


「もしかして、昔何かあったの?」


「二人は覚えてる?10年前のこと。空から再び星が落ちてきたあの日、俺は家族と友人を失ったんだ」




 50年前、空から無数の隕石が地球に降り注ぎ、各地に深刻な爪痕を残すと同時に、星域ダンジョンとモンスター、そして魔法の力を人類にもたらした。

 初めはただただ困惑し、怯えるしかなかった人類も、やがて魔法の力を利用してダンジョンに挑み、モンスターを倒してそこにしかない資源を活用するようになった。


 人々は未曾有の災厄を乗り越えたかに思えた。


 だが10年前、俺がまだ6歳だった時、再び地球に星が落ちてきた。

 一度目に比べれば数は多くなかったものの、それでも多くの人が命を落とし、被害を受けた。


 俺もその一人だ。

 普通の家庭の平凡な子供として生きていた俺は、学校からの帰り道、星が落ちてくるのを見た。

 何が起きたのかはよく覚えていない、だが奇跡的に俺と一緒にいた友人、ばん来夢くるむは生きていた。

 だけど俺たち以外は家族や当時のクラスメイトも含めて、ほとんどみんな死んでしまった。


 すっかり崩壊して焼けた街を、俺と来夢は二人で走り続けた。

 それから少しして、周辺にモンスターが現れるようになったのだ。


 必死に逃げようとしたけれど、子どもたちの足では限界があって。

 そんな時、来夢は言い出したのだ、『オレがオマエを守ってやる、だからここはオレに任せてオマエは逃げろ』と。


 当時の俺は幼くて弱くて、臆病で、だから来夢の言う通り逃げ出した。

 それから一人でうずくまっていたところを孤児院に拾われ、美沙と出会ったのだ。




「弱かった俺はアイツを助けられなかった。むしろ助けられて、アイツの命を犠牲にしてしまった。もうあんな思いはしたくない。今度こそ、美沙だけは絶対に俺が守る。だからお金を稼ぐために、そして強くなるために、ダンジョンで生きることを選んだんだ」


 少し重たい話になってしまった。

 翼も江莉香も申し訳なさそうに目を逸らしている。


「そんなに気にしないでくれ、気持ちの整理はできてるから。暗い雰囲気にしてごめん、そろそろ──」


「待て」


 帰ろうか、そう言おうとしたところで翼は俺の言葉を遮った。

 二人ともやけに真剣な眼差しを俺に向けていた。


「安心しろ、もう二度と其方にそのような思いはさせぬ」


「うん、私たちが守るよ。美沙ちゃんも、凰真くんも」


「翼、江莉香……ありがとう」


 そうだな、今はこんなにも頼もしい二人がいるんだ。

 二人の力があればどんな困難も乗り越えられる、全てを守ることができる。

 だからもう心配なんて──


「いたっ!」


 足元に不注意だったのか、足を滑らせてしまった。


「どうした、大丈夫か」


「大丈夫、ちょっと滑っただけ。ってあれ、何だろ、なんか濡れてるような……」


「何これ……気をつけて、凰真くん!翼!」


 突然江莉香がそう叫んだ。

 翼もすぐさま警戒体制に入り、ピリピリとした圧を放っている。


「一体何が……って、これ……⁉︎」


  自分の手のひらを見て、俺はようやく異変に気がついた。

 俺が足を滑らせたものの正体、それは血だ。

 ダンジョンの地面が大量の血に塗れ、10人以上の人が倒れていたのであった。

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