第14話 孤児院へ

「おっす、お前見たことあると思ったら噂の配信者か」


 クラスでの挨拶を終えて用意された席に着くと、隣に座っていた男子がいきなり声をかけてきた。


「知ってるのか」


「お前は有名人だからな。あ、俺は藍守あいもり龍斗りょうと、よろしくな。ところで今日の放課後暇?」


「悪い、今日はもう予定があるんだ」


「さすがは有名人。まあ気にすんな、暇ならお近づきの印にカラオケでもどうかなってだけだからよ。また空いてる時に言ってくれ」


 めちゃめちゃ気さくに距離を詰めてくるな。

 といってもそれに対する不快感はなく、むしろ話しやすいとすら感じる。

 今までは忙しすぎてそんな余裕はなかったが、これからはたまにでいいから放課後にクラスメイトと遊ぶ、そんな多分普通であろう高校生活を送ってみたいとも思う。


「楠葉さんってどこ出身?」


「あのもう一人の転校生と知り合い?」


「歓迎会やるから来てよ!」


 ふと見ると少し離れた席の江莉香も周囲の生徒から質問攻めにあっていた。

 どこにいっても人気が出るんだな、まあ不思議はない。

 

「あの子は楠葉さん、だっけ?また可愛い子が来たよな、澪葉がいるだけでも奇跡に近いってのに」


「確かに、このクラスのレベルが一気に上がったかもな」


「眼福眼福、高校生活はこうでなきゃ」


 今のところは俺も江莉香も馴染めてると思う、ひとまずは安心だ。

 これで万が一前のように何かが起きた時も、江莉香が近くにいてくれればすぐに対処できる。

 何も起きないのに越したことはないが。


「あ、もう授業か。もし内容分からなかったり違ってたりしたらまた聞いてくれな」


「そうするよ、ありがとう」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ここに来るのも久しぶりだな」


「うん、みんな元気かな」


 放課後、俺は美沙とともにかつてお世話になっていた孤児院に来ていた。

 今日の放課後の用事とはこれのことである。


 特例でDランクに昇格させてもらった後、何度かダンジョンに潜って一週間分の生活費は稼いできた。

 それにもう少ししたら配信の収入も手元に入ってくるはず。


 これなら生活にだいぶ余裕が生まれるぞ、ということで近況報告も兼ねて顔を出しておこうということになったのだ。

 一応事前に連絡はしていたが、いつも忙しそうにしていたイメージしかないし、邪魔になりそうならすぐに帰るつもりだが。


「二人とも!」


「あ、お姉ちゃんだ!」


 孤児院の正門の前で手を振る女性を見つけた途端、美沙は彼女の元へと走り出し、その胸に勢いよく飛び込んだ。


「久しぶりだね、美沙!元気だった?」


「うん!お姉ちゃんも元気そうで良かった!」


「当たり前だろ?アンタも元気そうじゃん、凰真」


「おかげさまでね。久しぶり、ルカねぇ」


「ただいま、でいいよ。おかえり、美沙、凰真」


 女性の平均を上回る170cmの長身に、つり目が特徴的な強さと美しさを併せ持つ整った顔立ち。

 赤く綺麗なロングヘアを風に靡かせる彼女の名は神国かんぐに瑠夏るか、俺たちがお世話になっていた孤児院のスタッフの一人である。


「しかしアンタは随分話題になってるね、ウチの子達も大騒ぎだよ」


「はは、おかげさまで」


「後ろの二人が星剣、ってことでいいんだよね?アタシの記憶だと一人だった気がするけど」


「色々あってね、今は二人になったんだ」


「そっか……っと立ち話もあれだから入りな、お茶を用意してるよ。二人の分もすぐに出すから少し待っててくれ!」


 ルカねぇは俺たちを応接間に通すと、慌ただしく奥の部屋に走っていった。


「あの人が二人のお母さん代わりだった人なの?」


「お母さん、というよりは姉だったかな」


「うん、みんなお姉ちゃんって呼んでたね」


「一目見ただけで只者ではないと理解した。なるほど、其方の姉を務められるだけのことはある」


「すみません、お菓子をお持ちしました」


 そうして部屋に入ってきたのは見たことのない女性だった。


「初めまして、大学に通いながらここでお手伝いをしています、大平おおだいら栞奈かんなといいます。お二人のことはいつも瑠夏さんから聞いてますよ」


「栞奈は本当に働き者なんだ、おかげでなんとかやれてるよ」


 どうやら俺たちが孤児院を出た後、さらにスタッフも増えたらしい。

 辺りを見回しても昔に比べてところどころ綺麗になったような気もする。


「見ての通りこっちの心配はいらないよ、お金だって大丈夫なんだよ?気持ちさえあればね」


「そうはいかないかな、散々お世話になったわけだし、今度は俺たちが助ける番だ」


「ずっと気が気でならなかったんだよ、大丈夫かなって。立派に成長した姿を見て一安心したけどね」


「安心してよ、お兄ちゃんのことは私が支えてるから!」


 2年前、ダンジョンから這い出たモンスターにここが襲われた際は本当に存続の危機にまで陥り、親のいない子どもたちがみんな路頭に迷いかけることにもなった。

 だが今ではそれも乗り越え、みんなが伸び伸びと過ごせる環境が作られているらしい。


 それがわかっただけでも、今日まで苦しい思いを乗り越えて頑張ってきた甲斐があるというものだ。


「凰真、せっかくの機会だ、しばらくは思い出を振り返りゆっくりと過ごすがいい」


「うん、私たちは席を外してるね」


「そんな気を遣わなくたっていいよ、アンタたちも凰真を助けてくれてるんだろ?」


「心遣い感謝する。だが今は水入らずの時間を過ごしてほしい、それは我らの願いでもある」


「それじゃあまた後で!」


 そう言って翼と江莉香の二人は部屋を出ていってしまった。


「それじゃあ私もお邪魔でしょうか」


「大丈夫だって。それにアンタ、ずっとこの二人に会いたいって言ってたじゃないか」


「そうなのか?」


「はい、色々とお話を聞いてみたくて」


「うーん、それじゃあ昔の話しよっか!かくれんぼでお兄ちゃんが消えた話!」


「ああ、あれは焦ったね。崖から落ちかけてたやつだろ?」


「なっ、その話は──

 



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 凰真たちが思い出話で盛り上がっている頃、孤児院の外で翼と江莉香は神妙な面持ちであった。


「ねえ、翼。貴女はどう思ってる?」


「何の話だ」


「モンスターの進化、凶暴化、そして外界への侵攻。滅多に起こることのないはずのこれらの事象が短期間で、しかも同地区で起きていることについて」


「ふん、我に聞かずとも既に答えは出ているのであろう」


「一応貴女の意見を聞いておきたくて」


「決まっておる、あの子の封印が解かれた、それだけの話だ。我が目覚めたのが何よりの証拠であろう」


「やっぱりそうだよね。貴女は自分ごと彼女を封印していた、だけど時間の経過か、或いはそれ以外の要因によるものか、ともかく封印が解かれてしまった」


「一応目を覚ました際に辺りを探ってはいたのだがな、見つからなかった。考えたくはないが、誰かが持ち出したのかもしれない」


「その話は凰真くんに……言ってるわけないよね」


「当たり前だ。凰真と美沙に要らぬ心配はかけたくない」


「わかった。それじゃあこれは私と貴女で対処する、それでいいよね」


「貴様と協力するのは癪ではあるが、二人のためなら仕方あるまい」


「神代三剣が一振りにして星剣随一の問題児、“布都御魂ふつのみたま”か……」


「あの子は秘めたる力の大きさとは裏腹に精神が未熟だ。その純粋さで周囲に大きな被害をもたらすやもしれぬ、何かあれば必ずや我らで封印するぞ」


「わかってる。今できるのは祈ることくらいだね、あの二人が今みたいにずっと笑っていられるように……」

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