第10話 二人目
「ただいまー」
「おかえり、お兄ちゃん!翼さん!」
「いい匂いだ、今日の夕飯はなんだ?」
「肉じゃがだよ!」
翼の言う通り、部屋に帰るとしっかりと煮込まれた肉じゃがのいい香りが鼻腔をくすぐる。
しかしもう貯金はそこまでなかったはず、さっき換金してきた素材で今日は質素な夕飯を、と思っていたのだが。
「まだお金があったのか?」
「ううん。でも
「あの子か、またお礼を言っておいてくれな」
希梨ちゃんというのは美沙と同じ学校に通う女の子で、一番の親友だ。
昔から仲が良くて美沙の話にもよく出てくるのだが、俺たちの家の事情を知っているからか、時々こうして援助をしてくれているのだ。
まだ顔を合わせたことはないのだが、普段から美沙と仲良くしてくれていることや助けてくれることも含めて、いつかは直接お礼が言いたいと思っている。
「何を喋っておる、我は腹がすいた」
翼は先に今に向かい、ちゃぶ台の一角に腰を下ろしている。
まだ家に来て数日しか経っていないはずなのに、随分と馴染んでいるな。
こんなボロい部屋に長身のモデルみたいな美女がいる光景にも随分慣れてしまった。
「翼さんの言う通りだね、冷める前に食べよ!」
「そうだ、早くしろ。冷めたら美沙に失礼であろう」
そして翼と美沙も部屋が狭いこともあって二人で寝ているからか、あっという間に仲が良くなったらしい。
突然翼と出会ってどうなることかと思ったが、今のところは何もかもうまくいっている。
さらに俺が昇級試験を受けて高ランクの冒険者になれれば完璧だ。
明日の学校が終われば早速準備をしよう。
そう心に決め、美沙が作ってくれた美味しい肉じゃがを口いっぱいに頬張った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、教室に入ると異質な空気が流れていた。
「おい、来たぞ……」
「お前秀太と仲良かったろ、ヤバいんじゃないの?」
「はぁ⁉︎俺はなんもしてねぇっての!」
ヒソヒソと、と言っても俺の耳にも届く声での会話が教室の各地で行われている。
自分の席に向かう途中もなんか避けられてる気がする。
これまでは『いてもいなくても変わらない』という扱いで、俺に突っかかってくるのは夏目秀太くらいのものだったのに、何があったのだろうか。
「おはよう、雨宮くん」
「ああ、おはよう」
そんな中でも楠葉さんはいつも通りであった。
この際だから何があったのか聞いてみよう。
「様子がおかしいけど何かあったのか?」
「みんな雨宮くんが夏目くんを一瞬で倒しちゃったからびっくりしてるんだよ」
「あの配信みんな見てたのか……」
「そりゃそうだよ!今の雨宮くんは一番話題の人なんだから!」
配信に人が来るようになったのは感じていたが、まさかそれがリアルの生活の方にまで影響していたとは。
別に今までも変な配信はしていなかったけれど、俺をよく知る人からも見られていると認識すると次の配信からは緊張してしまいそうだ。
「もしかして怖がられてたりする?」
「うーん、そんなことはないんじゃないかな。昨日もたくさんの人を助けてたし、むしろ──」
「雨宮くん!昨日の配信見てたよ!」
「すごいカッコよかった、あんな凄いなんて知らなかったなぁ」
「そっか、見てくれてたんだ。ありがとう」
「また今日も配信するの?私楽しみにしてるんだけど!」
突然違うクラスの女子二人組が会話に割り込んできた。
今までに喋ったことはなく、顔と名前くらいしか知らない程度の関係性なのだが、なぜかグイグイ距離を詰めてくる。
「今日は多分しないかな」
「じゃあもしかして放課後は暇?それだったら遊びに行かない?」
「いや、暇ではなくて用事はあるんだよ。冒険者の昇級試験を受けようと思ってて」
「ええー、雨宮くんならいつでも受かるよ。それより駅前の──」
よくわからないがなんか面倒くさい。
いつも夏目秀太に絡まれた時はすぐに助け舟を出してくれていた楠葉さんも、なぜかいまはそっぽを向いている。
早く会話を切り上げてしまいたいな、と思っていたその時であった。
「うわぁぁっ!」
「も、モンスター!」
すぐ近くで爆発音と共に悲鳴が上がった。
窓から外を見ると、空から翼の生えたモンスターがこちらに向かってきている。
どこかのダンジョンからモンスターが外に出てきたらしい、俺たちの孤児院が襲われた2年前のあの日のように。
「ヤバい、逃げろ!」
「誰か通報しろ、すぐに冒険者が来てくれるはずだ!」
学校中がパニックに包まれた。
ある者はその場でうずくまって怯え、ある者は逃げ惑う。
同じモンスターの戦闘でも、ダンジョンの中と外では全く違う。
自分で難易度を選べるダンジョンと違い、何が相手かわからないからだ。
必ず勝てる、自分より格下、そんな保証はどこにもない。
一歩間違えば簡単に命を落とす。
「お願い雨宮くん、何とかして!」
そんな緊迫した状況の中、一人の女子がそう言った。
「そうだ!秀太にも勝てるお前ならアイツらだって倒せるだろ⁉︎」
「頼む、俺たちを助けてくれ!」
その声は瞬く間に広がり、教室中の視線が俺に集まる。
横目に外を見ると、空は大量のモンスターで覆い尽くされていた。
そのどれもが見たことのない個体ばかり、少なくとも俺が普段から行っているEランクダンジョンには現れないモンスター。
どれも格上、その心づもりでいたほうがいいだろう。
「雨宮、お前だけが頼りなんだ!」
「嫌だよ、私まだ死にたくない!」
翼がいるならまだしも、一人でどうにかできるとは思えない。
「みんなは、ここで待っていてくれ」
勝算はどこにもない、むしろ死ぬ可能性の方が高いだろう。
一番確実なのは急いで家に戻り、翼と合流して戦うこと。
そうわかっていながら、俺は一人で戦うことを選んだ。
もし翼と合流しようとすれば、それまでの間に犠牲者が出る。
そんな見殺しにするような真似はできない。
「本当に大丈夫なの?」
恐怖を必死に押し殺し、たった一人で戦うためにグラウンドに出た、そのはずだった。
だが背後から声が聞こえてきた、いつも俺を気にかけてくれていた
「楠葉さん、どうして」
「それは私のセリフ。今の雨宮くんは星剣を持っていないから勝てないはず、それなのにどうして戦うの?」
「俺がやらなきゃみんな死ぬ。俺一人じゃ大したことないかもしれないけど、それでもみんなよりずっと長くダンジョンで戦ってきたんだ、みんなよりは上手く戦えるはずだ」
「それで自分が死ぬかもしれないんだよ?」
「わかってる、俺だって死にたくない……でも、俺のせいでたくさんの人が死ぬのを見るのはもっと嫌なんだ」
「そっか……」
いくつかの問答を繰り返したあと、楠葉さんはそう短く答え、俯きながらこちらに歩み寄る。
そして俺の手を取ったかと思うと、微笑みを浮かべながら顔を上げた。
その身体は淡い光に包まれていた。
「やっぱり私の目は間違ってなかった。貴方の心は強さと優しさ、その両方を秘めている。雨宮凰真、貴方こそが私を振るうにふさわしい人」
「この感覚⁉︎まさか楠葉さんは⁉︎」
星剣は人の姿と心を持つ伝説の剣、そう言われている。
俺の配信にて翼の存在が明らかになってからというものの、誰もがその剣を追い求めるようになった。
世界中にいる冒険者がこぞって星剣を探し求めた、だというのに未だ一つも発見報告がない。
それはなぜか、答えは簡単だ。
彼女たちは人として存在しているのだから。
『大丈夫。これからは私が貴方を守る、だから貴方はその心に秘めた強さと優しさ、そしてこの力でみんなを守って』
俺の手に握られた美しい剣から、聴きなれたいつもの声がした。
『私は聖剣エクスカリバー、貴方の“道を切り開くもの”』
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