第8話 異変

「真贋すらも見極められぬからこのような醜態を晒すのだ」


 仰向けになったまま気を失った夏目秀太を見下しながら翼は言う。

 俺はと言うとまたまた盛り上がっている配信に困惑していた。


〈やっぱり強すぎる!〉

〈相手もそれなりに強いんじゃなかった?〉

〈本物の星剣は格が違うってこった〉

〈てか昨日星剣探しに行った人からの報告は何もないな〉

〈最高の配信!爽快!!〉


「あー、なんというか見てくださりありがとうございます。今からダンジョン攻略もするつもりなので、できればこのまま見ていただけたら幸いです」


 なぜかお金付きのコメントまで幾つか見られる。

 まあ盛り上がっているのはいいことなので、今はこのままにしておこう。

 夏目秀太の方はどうしようか。


「これ、大丈夫か?」


「放っておいて良いだろう。ついでにこの男の配信もそのままにしておけ」


 翼はそう言っていたが、さすがに放置するのは気が引けるので、ダンジョンから出してその辺の端に放置する。

 配信の方は俺が操作するのも申し訳ないしつけっぱなしでいいだろう。


 できるだけ顔がドアップになるように調整しておいて、コレでよし。


「無駄な時間を食ったな、早く先に進むぞ」


「なんかやる気だな」


「美沙の美味い飯を食うためだ。そのためには金がいるのだろう?」


「そうだな。もしかしたら前みたいに強力なモンスターが出るかもしれない、その時は頼んだぞ」


「愚問だな、我を誰だと思っている」


 実に頼もしい一言だ。

 前までの俺ならこのダンジョンにSランクモンスターが現れたなんて知った日には二度と来ていないだろう。

 だが今は違う、翼がいればどんなモンスターが相手でも何とかなる。


 今の戦いで自信がさらについた。


 どいつもこいつもかかってこい。

 そう意気込みながら俺たちはダンジョンの中に進んで行った。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「なんか静かだな、人の気配が全然ない」


 ここはEランクダンジョン、最も危険性の少ないダンジョンの一つということで、普段ならば初心者やエンジョイ勢で溢れかえっている。

 

〈なんか雰囲気怖くね〉

〈誰もいないとかそんなことある?〉


 コメント欄でも異変を感じ取っている人は多い。


〈星剣を探しに冒険者が集まってるはずなんだが〉


 そして何よりも昨日の配信を受けてやってきたはずの星剣を追い求める者の姿すらない。

 彼らにとってこんなダンジョンは簡単すぎるあまり、さらに奥の方へと潜っているのだろうか。

 それとも──


「……凰真」


「わかってる」


 その時だった。

 僅かではあるが、明らかにこれまでとは違う異質な雰囲気を感じ取った。


 それ以外は何もない。

 コツコツと鳴る足音は何重にも反響し、行手にはどこまでも深い闇が広がっている。

 その中には確かに危険な何かの香りが潜んでいるのだ。


 そしてそれは突然近づいてきた。


「翼!」


「グガォォッッ!」


 眼前に現れたのはSランクモンスターのキマイラ。

 それを視界に捉えた時には既にティルヴィングを振り上げている。

 そしてすれ違い様に首から先を切り落とせば、その亡骸は霧散して魔石を落としていった。


「またこんなモンスターが……」


「やはり何かがおかしいようだな」

 

「た、助けてくれっ!」


 聞こえてきたのは男性の悲鳴。

 続けて豪快な破壊音も響き渡る。


「どうなってるんだ、まさかこんなのがウヨウヨいるのか?」


 突如として現れるようになったSランクの強力なモンスター。

 全く感じることのできない人の気配。

 奥から聞こえてくる戦闘音と助けを求める声。


 これらから導き出される結論は。


「思ったよりヤバいかもしれない、急ごう!」


 走りながらティルヴィングを構え、視界に捉えると同時にミノタウロスを仕留める。

 今のも確かAランクモンスターだったはず。


「す、済まない……助かった」


「他の人の行方は知りませんか?」


「ここに来る途中では何人にも会った、でもどうなったかは……」


 事態は想像よりも深刻だ。

 恐らく星剣を探し求めてやってきた冒険者は、突然現れた強力なモンスターに襲われて窮地に陥っている。

 これは星剣を手にする瞬間を配信してしまった俺にも責任がある、できる限り助けなければ。


「わかりました、貴方はひとまず帰還してください。俺は他の人の救出に向かいます」


「わかった、ありがとう……」


 運良く怪我はなかったらしく、その男はそそくさと出口に向かって走り出した。

 あの調子なら大丈夫そうだ。


「これは思った以上に大変かもしれない、かなり力を借りることになるけどいいか?」


「何を今更。我が力を存分に振るうが良い、それが美沙のためになるのならば」


「美沙のため、か。どうだろう……まあでも、お兄ちゃんとしてカッコいいところは見せたいかな」


〈盛り上がってまいりました〉

〈カッコいいぞ、お兄ちゃん!〉

〈かなりやばそうだけど星剣なら何とかなるのか?〉


 普段通り稼ぎに来たはずなのに、大変なことになってしまった。

 それでもこの状況で逃げ出すわけにはいかない。

 俺は翼の力を信じ、冒険者救出のために一歩を踏み出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る