第3話 魔剣の力
「
「世に溶け込むための人としての仮の名前だ、ティルヴィングなどと呼べば目立つであろう?」
そうどこか得意げに言うものの今のティルヴィング、翼は長身でスタイルが良く、100人中100人が口を揃えて認めるほどの絶世の美女の姿をしている。
多分名前なんて関係なく街中を歩いているだけで目立ちそうなものだが、それについては黙っておこう。
「しかしこうも暗い場所で長話をしても気が滅入るな、話の続きは後にするとしよう」
「そうだな、でも帰るには……」
顔を上げると頭上高くに先ほどの崩落によってできた穴がある。
目測にして15mくらいだろうか、よくもまああの高さから落ちてきて打撲程度で済んだものだ。
そしてどうやってあそこに戻ろうか。
生憎俺は基本的な魔法しか身につけていないので、自由に空を飛ぶことはできない。
かといってこの広い空洞の壁や天井を這って出ていくのも難しい、現実的なのは救難信号を出して救助を待つくらいか。
「何をボーッとしている、跳んで戻れば良いではないか」
「跳ぶって……見ろよあの高さ、どう考えても無理だろ」
そんな俺の答えに対し、翼は呆れたようにため息をつく。
「我を何と心得る。この程度、その辺の段差と変わらん。それは無論、我と契約を交わした凰真にも言えることだ」
翼はそう言い残すと、軽々とジャンプして上層に戻っていってしまった。
「凰真も早く来い、我は気の短い方だ、待つのは好きではない」
無茶なことを言うなよ、と心の中で愚痴をこぼしつつ、ダメで元々その場でジャンプしてみる。
「うぇっ⁉︎」
次の瞬間、俺の体は超高速で舞い上がり、頭上の穴を超えてその先の天井へと激突……する前に翼が手を掴んでくれた。
「危なかった……これが星剣が与えるという人智を超える力?」
「この程度で驚かれては困る、まだ我の力のほんの一部に過ぎないのだからな」
今になってようやく自分が星剣を手にしたのだと実感してきた、と同時に手も震え出してきた。
自分の両手を見つめ、手にした力の大きさに僅かばかり恐怖しながらも、大きく息を吐いて気持ちを整える。
それから顔を上げると、翼は周囲の地面を見渡していた。
何か探し物をしているようだった。
「どうかしたのか?」
「いや、何でもない、杞憂であったようだ。それより凰真の家に帰るとしよう、我は随分と腹が空いた」
「わかったよ……って、今日のご飯どうしよ」
このハプニングの影響で今日は何もできてない。
昨日の稼ぎの残りはまだ少しある、それでどうにかするしかない。
なんて考えていたその時だった。
「キャァァッッ!」
「なんだ⁉︎」
ダンジョンの奥から誰かの悲鳴が聞こえてきた。
しかしここは全7区分の中でも一番下に位置 するEランクダンジョン、生命が脅かされるような危険な罠やモンスターと遭遇することはないはず。
だとしたら今の悲鳴は一体何なのだろうか。
「いや、今はそんなこと考えている場合じゃないな」
俺なんかが行ったところで何もできないかもしれない、だからといって無視するわけにはいかない。
「行こう、ついてきてくれ!」
「仕方がない、さっさと終わらせるとしよう」
俺は翼を連れて悲鳴のした方へと走り出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから少しして、地面にへたり込む少女と、燃え盛る炎を身に纏う巨大なドラゴンの姿が見えてきた。
「なんだ、あのモンスターは!」
今まで何度もこのダンジョンに来ているが、あんなモンスターは見たことない。
少なくともEランクダンジョンなんかにいていいモンスターではないことは確かだ。
「危ない!」
ドラゴンは大口を開けて少女を喰らわんとしていたが、済んでのところで間に合った俺は、走りながら少女を抱え上げてそれを避けた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます……」
「良かった、ギリギリ間に合ったみたいだな」
これも翼と契約を交わして普段とは比べ物にならない速さで走ってこれたおかげだろう。
しかし問題はここからだ。
このままではただ犠牲者が一人増えただけ、ドラゴンを何とかしない限り俺たちに未来はない。
そのためにできることはただ一つ。
「翼、力を貸してくれ」
「よもや我が人助けに使われようとはな。しかしなかなかどうして面白いではないか。良いだろう、我を存分に振るうが良い、我が
「ごめん、少しだけ待っててくれ」
俺は少女をその場にゆっくりと下ろし、それから翼の手を取る。
すると先ほどのように翼の身体は淡い光に包まれ、俺の手には魔剣・ティルヴィングが握られていた。
『一振りだ、それで事足りる』
「わかった」
身体の奥底から力が溢れてくるのを感じる。
俺は意識を研ぎ澄ませ、その全てを両腕に集中させる。
「ハァッ!」
そうして放った一撃は、豆腐に包丁を通すかの如く、ドラゴンの巨体を軽々と両断してしまった。
「う、嘘……」
背後で少女がそう呟いたのが聞こえた。
かくいう俺も信じられない、本当に今のは俺がやったのだろうか。
目の前の光景に呆気に取られていると、ティルヴィングは一人でに姿を変えた。
「いつまで我を剣の姿でいさせるつもりだ、あれは窮屈で敵わん」
「け、剣が人になった⁉︎」
それを見た少女は驚きの声を上げる。
「まさか伝説の星剣⁉︎」
「見られたからには仕方あるまい。いかにも、我は其方らが星剣と呼ぶものの──」
「待ってくれ!」
俺は翼の言葉を遮ると、改めて少女の全身を見渡す。
歳は俺と同じくらいか。
ブラウンの綺麗な髪は後ろに束ねられており、大きな目が特徴的なその顔はアイドルと言われても納得できるほどにはとんでもなく可愛い。
スタイルもとても良く、大きな胸と細い腰は間違いなく男たちから人気だろう。
そして近くには自律式の浮遊カメラ。
「もしかして、配信者……?」
「う、うん」
〈レイちゃんが助かって良かった!〉
〈それよりコイツは何者だよ、フレイムドラゴン一撃で倒すなんて〉
〈これ本物の星剣だろ!!〉
〈CGとかやらせじゃないよな?〉
〈生放送だぞ、今回はガチだ!〉
どうやら配信中だったらしく、ここまでの様子も映されていたらしい。
しかもかなりの人気配信者なのだろう、コメントの勢いもすごい。
「あれ、ていうか俺も……」
ここでようやく俺も配信をつけっぱなしであったことを思い出した。
そうは言っても俺は底辺配信者、いつも過疎ってるので大した問題はない、はずだったのだがそこには目を疑う光景が広がっていた。
「は?」
〈やっと気づいた!〉
〈記念コメ〉
〈コイツが聖剣の持ち主?なんか地味だな〉
〈伝説が見られると聞いて来ました〉
知らないうちに俺の配信に数万人が集まり、これまでのやり取りを見られていたのだ。
これが全ての始まり。
この日『世界で唯一星剣を持つ者』として、俺の存在は瞬く間に世界中に知れ渡ったのであった。
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