第4話 帰宅

 数万人の視聴者、絶えず流れるコメント欄。

 そんな現象が自分のチャンネルで起きていると理解するまでに数秒を要した。


「え?いや……えっ?」


〈狙って配信してるわけじゃなかったのか?〉

〈Sランクモンスターを瞬殺って星剣ヤバすぎる〉

〈残りの星剣の争奪戦が始まるな〉


 どうやら俺が翼の力を借りてモンスターを倒すところが配信にバッチリ映り込んでしまったらしい。

 そして伝説の星剣が実在することが判明したので、コメント欄はお祭り騒ぎだ。


「すいません、今日の配信はここで終わります!」


 これ以上は手に負えないと判断して配信を終了する。

 登録者の数も1万人を超えていた、ついさっきまでは一人もいなかったはずなのに。


「あの……」


 呆然としていた俺は助けた少女に声をかけられて我に帰る。


「助けていただきありがとうございます」


「大丈夫、それより怪我はない?」


「はい、おかげで何ともありません。ところでお名前を伺ってもよろしいですか?」


「俺は雨宮凰真、冒険者兼配信者……といってもどっちも底辺だけど」


「底辺、ですか?あのモンスターを一撃で倒したのに?」


 コメントによるとあのモンスターはSランクだったらしいが、俺自身はEランク冒険者なのでまあ間違ってはいないだろう、多分。


「その辺はおいといて……ところで君は?」


「私も同じくレイという名前で配信をやっています、手引てびき澪葉みおはです」


「手引さんか。さっきチラッと見えてしまったんだけど、もしかして結構有名?」


 先ほど彼女を助けた際に自律式のカメラから配信画面が見えたのだが、そちらにも数万人の視聴者がついていた。

 俺は他の人の配信を見る余裕がない生活をしているから知らないだけで、実は超人気配信者なのかもしれない。

 だとしたら俺と翼の存在が一瞬で広まったのにも納得がいく。


「どうなんでしょうか。あ、私のことは澪葉と呼んでください。私も凰真さんと呼ばせてもらいますので」


「凰真よ、用も済んだのだ。そろそろ帰るぞ」


 俺が澪葉と話していて退屈だったのだろうか、翼は不機嫌そうに言った。

 そういえばだいぶ前からお腹が空いたとも言っていたしな、って今思えば星剣も食事は必要なのだろうか。


 まあその辺の話も後で聞けば良いか。


「とりあえずさっさと帰るか、気づけば良い時間だしな」


「私もご一緒していいですか?」


「もちろん、出口まで送るよ」


「ありがとうございます!」


 時刻を確認するともう17時を回っていた。

 今頃美沙は夕食の準備をしてくれているだろう、半日も家を空けたのに何も収穫がないなんて申し訳ないが、今更嘆いてもどうしようもない。


 せめていらぬ心配をかけぬためにも早く帰ろう。


「それじゃあちょっと失礼して」


「えっ、きゃっ!」


 澪葉の頭と膝裏に手を入れて抱えあげる、いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

 すぐに帰るなら澪葉を抱えた方が早いだろう。


「舌噛まないように気をつけて」


「どうするつもりですか⁉︎」


「帰るだけだって。それじゃあ行こうか」


 俺と翼は一陣の風となり、猛烈なスピードでダンジョンを駆け上がった。

 自分でも驚くことに、普段なら1時間はかかるはずの距離だったが、2,3分で入口に戻ることができた。


「す、すごい……」


「ここまで来ればもう大丈夫だな。それじゃあ俺も帰るから、澪葉も気をつけて」


「はい、重ね重ねありがとうございます!」


 ダンジョンを出たところで澪葉と別れ、翼と共に美沙の待つ家へと戻った。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「ただいま」


「ここが其方の住む場所か。随分と狭いな」


「しょうがないだろ、こちとら極貧生活をしてんだからよ」


「お兄ちゃんおかえり!」


 部屋の奥からお玉を片手に、エプロンを身につけた美沙が駆けつけてきた。

 どんなに大変なことがあってもこの笑顔に癒される、と同時に今日の成果がないことに申し訳なくなる。


「ほう、其方の言っていた妹か。なかなか愛いではないか」


「悪い、美沙。びっくりしたよな。この人は」


「大丈夫、お兄ちゃんの配信見てたからわかるよ!」


「そうなのか?」


「だってすごい騒ぎになってたんだもん。あ、早くご飯の用意しないとだね。ちゃんと3人分作ってあるんだよ、すぐ済ませるから待っててね!」


 とてとてと可愛らしい足音を立て、美沙は調理場へと戻っていった。


「何ともよくできた妹ではないか」


「だろ?俺の自慢の妹だよ」


「さて、それでは食事にしようか。先ほどからいい匂いがしてたまらん」

 

「そんな大したものじゃないからお口に合うかな……」


 今日の夕食は豚の生姜焼きだった。

 いつもは俺と美沙で小さなちゃぶ台を挟んでいるのだが、今日はそこに翼もいる。

 そして料理を口に運ぶや否や──


「美味いではないか!」


 翼はそう言って用意された分をあっという間に平らげてしまった。


「確か美沙とか言ったな。今でも十分魅力的ではあるが、将来はもっと楽しみだ」


「あ、ありがとうございます……?」


「凰真よ、美沙のためにも悠長な真似はしてられん。我も力を貸してやる、必ずや目的を果たすのだ」


 よくわからないが翼もやる気になってくれたらしい。

 言われなくとも初めから美沙のためなら命すらも投げ出す覚悟はあるが、翼が力を貸してくれるならこれ以上心強いものはない。


 ただ、問題はあの配信。

 俺が気づいた時にはかなり大きな騒ぎになっていた、これから面倒なことにならなければ良いのだが。

 そんなことを考えながら、俺は生姜焼きを口いっぱいに頬張るのであった。

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