第19話 女神②

 涙をこらえるラサナにラミーシャが近付き優しく微笑みかけて、男に視線を向ける。


「何があったのじゃ?余に話してみよ」

「し、しかし……」

「構わん。その様子を見るにかなり困っておるのじゃろ?」


 男はラミーシャにそう言われ御者台に座ったまま、隣に座るラサナの体を擦りながら話してくれた。



 男の名前はマウロンと言い、ラサナは孫だそうだ。彼らはログロンドの冒険者ギルドにクエストの依頼をしに行った帰りだという。


「何のクエストなんだ?」

「……村を襲う魔獣の討伐です」


 視線を落としたマウロンが小さく答えた。

 どうやらこの様子からして……


「ギルドに依頼を断られたか?」

「はい。クエストの危険度と用意した報酬が釣り合わないと……」


 

 クエストを依頼する依頼者は冒険者に支払う報酬を用意する必要がある。そうでなければ冒険者ギルドは依頼を受け取ってくれない。

 更にギルドに依頼内容が査定され、その危険度と報酬額が釣り合っているか判断される。

 マウロンが出した依頼の危険度はその報酬額と釣り合っていないと判断されたのだろう。


 依頼が断られた悲しみと悔しさでラサナはマウロンの膝の上でずっと泣いていた。その頭を撫でながらマウロンが続ける。


「この子の両親……母親はワシの娘なんですが……。両親ともその魔獣に大怪我を負わされて……」


 マウロンが悔しそうに歯を食いしばった。

 静かに聞いていたラミーシャが口を開く。


「どんな魔獣なんじゃ?」

「大きな灰色の熊……のような魔獣です。二頭います。たぶん村の近くに巣を作ったのか、度々村の家畜を……」


 熊か……。熊系の魔獣は何種類か知っているが……灰色の熊か


 ラミーシャが馬車の側まで行って、ラサナの頭を撫でる。


「辛かったの。余に任せよ。余とリグスがその魔獣を討伐してやるのじゃ」

「えっ!?」


 驚いたラサナが顔を上げてラミーシャを見つめる。隣でマウロンが驚きの声を上げた。


「な、お、お嬢さん達が!?」

「そうじゃ!なっ!リグス!」


 振り返ったラミーシャの長い髪が揺れる。

 屈託のない笑顔が俺に向けられる。


 俺一人なら間違いなく断って……いや、関わろうともしなかっただろうな。だがラミーシャは素直だ。損得勘定など無しでこの二人を助けようとしている。

 俺も強さがあればこんな風に助けたいという感情に素直になれただろうか?

 俺がすぐに答えなかったからか、ラミーシャが力強く声を上げた。


 

「大丈夫じゃ!余が隣についておる!」


「そうだな……分かった」


 俺のその答えにラミーシャが満足そうな笑みを浮かべる。

 その横でラサナが嬉しそうな反面、不安そうな目をラミーシャに向けている。


 まあ、自分より少し年上の少女にしか見えないラミーシャだ。心配になって当然か。


「……お姉ちゃんが魔獣と戦うの?」

「そうじゃ。でも安心せい。余はこう見えても凄い魔法使いなんじゃぞ?」

「そうなの?」

「うむ。魔獣など恐るるに足らんぞ」


 薄い胸を張って答えるラミーシャに、マウロンはラサナとは別の意味で不安そうな目を向ける。


「討伐してくれるというのはありがたいんだが、報酬はあまり用意出来ないんだが……」

「報酬?そうじゃな…………美味いご飯をくれんか?最近は保存食ばっかりで美味い物をあまり食べておらんのでな。報酬はそれだけで良いのじゃ」

「え?食事ですか?」

「そうじゃ。出来るか?」

「え、ええ。大丈夫だと思いますが……」


 マウロンが心配そうに俺の方にも目を向ける。


「そうだな。最近は塩味の濃い保存食ばかりだったからな。久しぶりに美味い飯を食べさせてくれるんなら……」


 俺のその答えにラサナが嬉しそうに答える。


「ホントに?だったらおばあちゃんが美味しいご飯作ってくれるから!」

「おお!本当か!それは楽しみじゃの」


 ラサナが俺達に会って初めての笑顔を見せた。そして俺達はマウロンの馬車に乗せてもらい、彼らの村へと向かった。


 ◇◇


 マウロンの村は更に東に進んだ森の奥にあった。十数軒の家が密集している小さな村。それぞれの家には鶏や豚、牛などの家畜が飼われていて柵で仕切られていた。

 しかしいくつかの家の柵が無惨に破壊された跡が見受けられる。


 魔獣の被害の跡だな……。

 それらの形跡を横目に、やがて馬車は一軒の家の前に停まった。

 マウロンの家に入ると、ターレイと名乗るマウロンの妻が迎えてくれた。マウロンがターレイに事情を話すと、ターレイはすぐに俺達の食事を用意しにキッチンへと向かった。


「ラミーシャちゃん。こっち」

「うむ」


 ラサナに案内されて、俺とラミーシャは家の奥の部屋に向かう。その部屋には二つのベッドが置かれていて、それぞれに人が横たわっていた。


「あら。ラサナ。おかえり」

「ただいま、お母さん。あ、寝てなきゃダメだよ」

「大丈夫よ。そちらの二人は?」


 ベッドに寝ていた一人が俺達に気付き、上半身を起こす。頭や顔に包帯が巻かれた痛々しい姿の女性はラサナの母親エミナと名乗る。


 ということはもう一つのベッドで寝ているのはラサナの父親か。父親の方が重症のようで俺達の訪問にも気付かずに深く眠っているようだ。


 俺達は自分達が魔獣討伐を請け負った冒険者だと名乗ると、ラミーシャがエミナに近付いて目線を合わせる。


「ちょっと傷を見せてもらっても良いかの?」

「え、ええ。構いませんけど……」


 マウロンからこの村には治癒師も医者もいないと聞いていた。ログロンドに行けば二人の怪我を治すことも出来るが、高いお金がかかる。

 二人はお金を自分達の治療に使うよりも村を襲った魔獣討伐の報酬に使うように言って、マウロンにログロンドに行ってもらったらしい。


 ラミーシャがその母親の傷の状態を確かめながら回復魔法を施していく。頭や顔、腕と背中。やがて全てにかけ終えると、


「どうじゃ?まだ痛む所はあるか?」

「……嘘……ありません。治ってますっ!」

「そうか。なら良し」

「お母さん!」


 驚きの表情から涙を浮かべるエミナの胸にラサナが飛び込んだ。


「じゃあ、次は父親の方じゃの」


 ラミーシャは続けて向かい側のベッドで眠る男に回復魔法をかけていく。回復魔法をかけ終えたラミーシャが振り返るが、男は目を覚まさない。


「お父さんは?治らなかったの?」


 ラサナが不安そうにラミーシャに尋ねる。ラミーシャは優しく微笑むと、


「大丈夫じゃ。もう傷は治っておるはずじゃ。じゃが、だいぶ体力を使ったようじゃの。深く眠っておるが、じきに目覚めるじゃろう。目覚めたら腹を空かせてるはずじゃから、食べ物をたくさん用意してやると良い」

「ホントに?」

「うむ。もう心配ないぞ」


 ラミーシャが優しくラサナの頭を撫でる。涙を浮かべてラサナを抱き締めるエミナがラミーシャを見上げる。


「あ、ありがとうございます……」

「ありがとう。お姉ちゃん」

「ふむ。言ったじゃろ。余は凄い魔法使いなんじゃよ」


 ラミーシャがいつもより少し控えめに薄い胸を張った。

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