第18話 女神①

 オリベルトの追撃を退けた三日後、俺達は追い付かれる可能性を考慮して大きく回り道をしながらログロンドが視界に入る地域まで辿り着いた。

 ログロンドの側にある山の中腹。馬車を森の中に隠し、俺達は周りに気を付けながらログロンドの町が見下ろせる場所を見つける。


 

「どうじゃ?リグス」

「やっぱり町の中には軍人の数が多いな。この分だと恐らくオリベルトも俺達を追い抜かしてあの町にいるんじゃねえか?」

「そうなるとあの町から国境を越えるのは難しくなるの」


 双眼鏡から目を離し、ラミーシャと目が合う。


「して……どうするんじゃ?強行突破するか?」

「そりゃ無理だ。どうやらこっちからファルノアスに行くのはかなり制限されてるみたいだ」

「制限じゃと?」


 ログロンドの町から少し北には大きく深い渓谷が東西に走っている。この渓谷はその昔、神の化身である龍が通った跡だと言われているらしいが、そんな事は今の俺達には関係ない。

 その大きな渓谷が今はフォートン王国とファルノアス王国との国境となっている。


 その渓谷には幅数十メートルにもなる石造りの立派な橋が架けられている。そしてその橋のフォートン王国側とファルノアス王国側の両方に大きな門が建てられている。

 その門が国境を越える為の関所となっている。その門には当然、軍人や憲兵が常にいるのだが、今見えているフォートン王国側の関所にはかなり多くのフォートン王国軍人が見えた。

 そしてその門に向かう旅人や商人達の多くが軍人達に追い返されている様子まで確認出来る。


 つまりこちら側フォートン王国から向こう側ファルノアス王国へ渡る警備がかなり厳しくなっているということだ。

 仮に門を強行突破して橋を渡ろうとしても、恐らく向こう側に辿り着く前にファルノアス王国側の門が閉じられるだろう。

 そうなれば渓谷の橋の上という袋小路で、文字通り袋のネズミという運命しか持っていない。


 俺は足元に地図を広げると、ラミーシャも地図を覗き込む。


「どのみち、あの渓谷が国境なんだ。何処か渓谷を越えられる場所を探さねえと……」

「むぅ……そうなると、こちらの方か?」

「んー。やはりそうなるな…」


 渓谷は東西に走っている。

 西の方に行けば渓谷はそのまま海に繋がっている。そして東の方は大森林地帯と山岳地帯になっている。

 ラミーシャが指差した所は東の大森林地帯の方だ。少なくともそこは地図上ではファルノアス王国とは陸続きにはなっているが……。


「その辺りはかなり険しい地域らしいぜ。正直ちゃんと地理が調べられていないから、この地図もかなり曖昧らしい」

「何とな……。しかし、海に向かうよりは可能性があるじゃろう?」

「まあ確かにそうだな……」


 俺達は山を下り、ログロンドの町には入らずに渓谷沿いを東に向かう進路をとった。

 渓谷沿いは深い森が続くので身を隠しやすいが、道らしい道がほとんどないので、俺達は山を下りた所で馬車の馬を放して、徒歩で移動することにした。


 移動速度は遅くなるが、見つからない事が最優先だ。オリベルトにも馬車を使っていることはバレているんだから、徒歩の方がいいかもしれない。



 渓谷沿いを二人で歩くこと半日。

 王国軍人はおろか、旅人ともすれ違わずに渓谷沿いの森を移動することが出来た。

 そしてそろそろ今晩の寝床を探そうとした時に小さな街道が俺達の前に現れた。


「ここに道があるな……」

「あるのぉ…」


 道があるということは王国軍人も見回りに来る可能性がある。まだこの場所はログロンドからはそれほど離れていない。

 周辺まで捜索していれば、ここまで来る可能性は充分高い。


「ラミーシャ。この道から離れた場所で寝床を探すぞ」

「うむ。分かったのじゃ。今晩の愛の巣探しじゃな」

「……愛の巣じゃねえよ。真面目に探せ」

「余はいつでも大真面目じゃぞ?」

「はいはい。じゃあいい場所見つけたら、探知結界頼むぞ」

「了解じゃ!」


 二人で道から離れて森の中に戻ろうとした時に、微かに馬車の音が聞こえた。


「ラミーシャ!馬車が近付いてくる。身を隠せ」


 その声に反応したラミーシャが俺の腕にしがみつくが、俺はラミーシャの首根っこを掴み、猫のように引き剥がすと、そのまま側の木陰に二人で身を隠す。


 街道を近付いてくる馬車は一台。

 早歩きぐらいの早さでこちらに近付いてくる。こっちの存在には気付いていないようだ。

 俺は双眼鏡を覗き、馬車の位置を確かめた。


 御者台には初老の男。その隣に小さな十歳位の女の子が座っている。

 馬車の荷台に幌はなく、中が見えるが人が隠れている様子はない。


「王国軍じゃねえ、大丈夫だ」

「……ふむ……」


 俺が引き剥がしたのが気に入らなかったのか、ラミーシャが不貞腐れるように応えた。


 ……あの馬車はログロンドの方向から来ているな。町の情報が聞けるかもしれない。旅人にも見えないから、もしかしたらこの辺りの村か、集落の住人かもしれん。

 もしそうだったらファルノアスへの国境辺りの情報も何か知っているかもしれねえな。


「ラミーシャ。あの馬車から情報を聞くぞ。変化魔法で顔を変えてくれ」

「了解じゃが、大丈夫か?」

「俺一人なら警戒されると思うから、お前も来い。女性がいると向こうの警戒心も多少は薄れるだろう」

「なるほど……では余が前に出て声をかけよう」

「そうだな。その方がいいかもしれん」


 ラミーシャと馬車に尋ねる内容を軽く打ち合わせして二人で道に出る。馬車に乗った二人はすぐに俺達に気付き、驚きの表情を見せたが、


「驚かせてスマンのじゃ!ちょっと尋ねたい事があるんじゃ!」


 ラミーシャの呼びかけに反応した男が馬車を停めた。男がラミーシャと俺に交互に目を向けて、隣の女の子はその男の後ろに隠れるようにしてこちらを覗いている。


「何だろうか?お嬢さん?」

「す、すまぬ。余達は北のファルノアスに渡りたいのじゃが、ログロンドの町の国境が厳重に警備されてると聞いての。実際はどうなんじゃろうか?」

「君達は旅人かい?」

「そ、そんなところじゃ」

「確かに町の中は軍人が多くて物々しかったが……すまんが国境の門の所までは行っとらんから警備までは詳しくは分からんの」

「そ、そうか…」


 俺がラミーシャの後を引き継ぐ。


「二人はこの辺りの住人なのか?」

「ああ。この先にワシらの村がある」

「そうか。邪魔して悪かった。ありがとう」

「いや、大した役に立てんですまんの」


 男が鞭を入れようとすると、隣の女の子がその手に止める。


「あ、あの!おじさんは冒険者ですかっ?」


 おじさん……あ、俺の事か。


 女の子が真剣な眼差しを向けて声を上げた。

 俺とラミーシャが顔を見合わせる。


「まあ一応、冒険者だけど?」

「こ、これ!ラサナ!」

「あの……私の村を助けてくれませんか?」


 男はラサナと呼んだ女の子をたしなめたが、女の子は目に涙を溜めて俺達に訴えかけた。

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