第17話 デッドヒート②
飛翔魔法で宙を駆けるオリベルトとダンツが俺達の馬車に迫る。
飛翔魔法の持続時間は熟練者でも数十秒だ。このまま走り続ければ振り切れるはず!
俺のその読み通り、数十秒ほどでダンツの高度が下がり、地面へ降り立った。
しかしオリベルトはまだ飛行して、ついに馬車の幌の上に舞い降りた。
「気を付けろ!ラミーシャ!」
「分かっておる!」
俺は手綱を握っているから手が離せない。ラミーシャにオリベルトの相手をしてもらうしかない。ラミーシャはオリベルトに視線を向け、お互いが牽制状態になる。
突然オリベルトが握っていたサーベルを納刀し、両手の平を俺達の方に向けた。
「取引をしないか?」
取引? 一瞬何を言われたか解らず、オリベルトの方に振り返る。
俺とラミーシャを交互に見ながらオリベルトが答えを促す。
俺は更に馬車の後方の方に目をやり、ダンツや他の王国軍が追いかけて来ないのを確認してから馬車の速度を緩めた。
ラミーシャが俺に尋ねる。
「奴の話を聞くのか?」
「一応聞くだけだ」
緩やかに走る馬車の御者台の上に立ち上がり、オリベルトに視線を向ける。
ラミーシャに変化魔法を解くように伝え、俺の十字傷が現れ、ラミーシャの髪色が銀色に戻る。
その様子を感心したように眺めるオリベルトが不敵な笑みを浮かべる。
「なるほど。それで人の目を欺いていたわけだな」
「そんな事はどうでもいい。取引とはどういうことだ?」
両手を挙げたまま、オリベルトが答える。
「リグス……だったな?」
「……名前もバレていたか」
「少し時間がかかったがね。やはり国境を越える為に北へ向かっていたな」
「まあな。お前達のあんなでっち上げの罪で捕まるわけにはいかねえからな」
「まあ、それに関しては謝罪させてもらおう。こちらも上からの命令だったものでね」
「軍人だから上の命令は絶対ってか?そんな事で命を狙われるこっちの身にもなってみやがれ」
俺の皮肉にもオリベルトは表情を変えず、揺れる馬車の上で変わらず両手を挙げている。
「気の毒なことだ。それで取引の話をしてもいいかな?」
「一応聞いてやる。何だ?」
「リグス。お前を見逃してやる」
見逃す?ここまで追いかけて来て、目の前に俺がいるのに見逃す?
「……で、要求は何だ?」
「その女を置いていけば、王国軍はもうお前を追いかけない」
驚いた顔でラミーシャが俺の方に顔を向ける。ラミーシャの方には向かず、オリベルトに問い掛ける。
「何故
「その女……ソレイナ山の魔導師だな?」
ラミーシャが目を細めてオリベルトに冷やかな視線を向ける。
「そうだとしたら?」
「あれ程の魔法の使い手だ。すぐに分かる。どういう秘法を使ったか分からんが、あの時お前のメルトスピアで撃ち抜かれたソレイナ山の魔導師は偽物か?それとも何かの魔法で魂だけその体に入れ替えたのか?」
「答える義理はないな」
「まあいい。
それを聞いたラミーシャがフッと笑みを浮かべる。
「確かにそこいらの人間には簡単には解明などできまいじゃろうな」
「そういうことだ。来てくれるかね?」
ラミーシャの銀色の髪が風になびいた。そして薄い笑みを浮かべる。
「オリベルトとか言ったの?余がそのような取引に応じると思ったか?」
「君の意思は関係ない。私はリグスに問うている」
「何じゃと?」
ラミーシャの語気が強くなる。
俺はラミーシャの肩に手を置き、馬車の幌に片足を乗せた。
「あー、まあ一応聞いてはみたが、やっぱ
ため息をついてオリベルトが両手を下げる。
「そうじゃ。余はリグスの妻じゃぞ。リグスが余を残して行くわけがなかろう」
「……妻じゃねえけどな。けど王国に連れて帰らせるわけにもいかねえ」
「そうか。では力づくで連れ帰らせてもらおうか」
オリベルトがサーベルに手をかけて体勢を下げた。それと同時に俺は腰袋に入った玉を掴み、オリベルトに向かって放り投げた。
「また目眩ましか!それは見飽きたぞっ!」
オリベルトがそう叫んで俺の投げた玉を躱す。それと同時に俺は御者台から馬車の横に向かって飛び降りる。
オリベルトは俺の投げた玉を
だが俺が投げた玉は
それが俺の狙いだった。
オリベルトの視線は石を追いかけ、そしてその向こう側に映った俺が馬車から飛び降りたのを見て、反射的に俺の姿を目で追いかける。
俺は山道を転がり、すぐに起き上がると腰の剣を抜いてオリベルトに投げつける。オリベルトはその剣を今度はサーベルで弾き飛ばし、荷台の床に突き刺さる。
俺とオリベルトの視線が交錯した。
……狙い通りだ。
ラミーシャの手から生まれた緑の光源から光の筋がオリベルトの体に吸い込まれる。
「しまったっ!ぐっ……」
オリベルトが俺に意識を向けた刹那に放たれたラミーシャの昏睡魔法。
オリベルトが急激に襲いくる睡魔に抗う。
片膝をついて苦悶の表情で耐える。
「ぐおぉぉっ!」
気合いと共に立ち上がるオリベルト。その顔は真っ赤に紅潮していた。そしてカッと見開いた目でラミーシャを睨みつける。
「ふふはぁ!耐えたぞ!魔導師っ!」
冷たく見下ろすラミーシャ。
「さすが王国軍大佐殿。大した精神力だ」
「なっ……ぐがっ」
オリベルトの背後に回り込んだ俺は、長剣の鞘でオリベルトの後頭部を横殴りに殴りつけた。
脳を激しく揺らされたオリベルトが大きくよろける。俺がオリベルトの体を蹴って馬車から落とそうとした瞬間、オリベルトの体が馬車の後方の方へ大きく吹っ飛んでいった。
「こんな感じかの?奴が使っておった打撃魔法というのは?」
「お前…………よくやった」
ラミーシャの打撃魔法で吹っ飛ばされたオリベルトが地面に落ち、大きく跳ねた。それでもオリベルトの体はピクリとも動かない。
「あれ……死んでないよな?」
「あの程度では死なんじゃろ。それよりも……」
ラミーシャが俺の腕にしがみつく。
「リグス!『連れて帰らせるわけにはいかねえ』って、あれはプロポーズと受け取って良いのか?」
顔を寄せるラミーシャの頭を掴んで、体から離れさせる。
「ちゃんと聞いてたか?その前に妻じゃねえって言っただろ?都合のいいとこだけ切り取るんじゃねえ」
「むぅ……そうなのか……」
肩を落とすラミーシャ。
そのまま頭をわしゃわしゃと撫でる。
「国境まであとちょっとだ。それまでは頼むぜ……うーん、えっと……
「……相棒か……まあ良い。いずれ愛妻になるのじゃからな」
「……………………前向きだな」
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