第16話 デッドヒート①

 馬車を貰ってから二日後、俺達はログロンドへ向かう最短ルートから少し回り込むルートを選んで進んでいた。

 というのも、徒歩で移動していた時にログロンド方面に向かう数十人のフォートン王国軍を見かけていたからだ。

 その時は茂みに隠れてやり過ごせたが、馬車に使っている今はそういうわけにはいかない。

 王国軍と遭遇しない為にわざと山道を遠回りしていた。


 だが、そんな動きも王国軍随一の切れ者と呼ばれる男に読まれてしまうんだが……。



 

 陽も傾き出した頃、俺達は道行く先で小さな集落を見つけた。十数軒の家が軒を連ねる小さな集落だ。


「おっ、運がいいな。あんな所に集落があるな。今夜はあそこで寝る所を借りるか」

「本当じゃな。余は別に同じテントでも一向に構わんのじゃがな」


 隣でお花畑なことを言っているラミーシャを無視して腰袋から双眼鏡を取り出し、その集落の方へ向ける。そしてある物を見つけ、俺は馬車を停めた。


「どうしたんじゃ?リグス」


 不審に思ったラミーシャが尋ねてくるが、俺は口に人差し指を当て、静かにするように制すると、御者台を立ち上がり更に集落の様子を探る。


 ……馬だ。六頭もいる。しかも一箇所につけられている所を見ると、馬で来た訪問者があの集落にいる?


「ラミーシャ。あの集落に馬がいる。もしかしたら王国軍かもしれねえ」

「何じゃと?」


 とりあえず集落を避ける山道を探して、馬車がギリギリ通れる獣道のような道を見つけて、そちらに馬車を向けた瞬間、


 ピィーーーッ!


 甲高い警笛の音が、木々で覆われた山深いこの辺り一帯に響いた。

 反射的に双眼鏡を集落の方へ向ける。


 物見台!しまった!馬に気を取られて見落としていた。


 集落から少し外れた背の高い木に細い梯子をかけただけの簡易的な物見台。森の中だが集落の周りを見渡せるように設置されている。その一番上にいた王国軍の軍服を着た軍人がその警笛の主だった。


「マズい!ラミーシャ!逃げるぞっ」

「な、逃げ、逃げる!?」


 ラミーシャは戸惑ったが、構わず馬に鞭を入れる。物見台のすぐ下。小さな家から数人の王国軍人が飛び出し、次々に馬に乗り込む姿が見えた。


 俺の顔はラミーシャの変化魔法で変えてある。手配書の顔とは違うからバレることはない。だが、魔獣が活性化している危険な地域を馬車で国境へ向かおうとしている俺達。

 たとえ手配されている人間とバレなくても、怪しさ全開で連行か、拘束される可能性は高い。


 ログロンドまではあと少し。だったら逃げる方が勝算がある。幸い、まだあいつら王国軍と俺達の馬車は距離がある。それなら……。


「ラミーシャ!魔法だ!辺りの木を倒しまくって、奴らの馬がこっちに近付けないようにしろ」

「了解じゃっ!」


 ラミーシャが風魔法と土魔法を使い、やたらめったに辺りの木をなぎ倒していく。俺はそれとは反対方向へ馬車を走らせ、追いかけて来る軍人達との距離を広げる。


 ここからは‘逃げ専’の本領発揮だ!そう簡単に捕まえられると思うなよっ!

 俺達の馬車と奴らの騎馬の間に倒れた大木群が行く手を阻む。


 よしっ!これで時間は稼げ……


 ブボォンッ! バギバキーッ!


 俺達の馬車の後ろで、山道を塞ぐ大木群に馬一頭が通れる位の風のトンネルが開いた。


「はぁ!?何だぁ?」

「凝縮された風属性の魔法じゃ!じゃがあれは風魔法というより……切れ味よりも衝撃を特化させた打撃の魔法じゃな」

「打撃……魔法」

「あれ程の風の凝縮……使い手はそうはおらんじゃろ」


 打撃魔法……。そうか、アレの正体は風魔法だったのか。あの打撃魔法の使い手なら一人知っている。

 つい数日前にこの体で喰らって半殺しにされたばかりだ。忘れるわけがねえ。


 大木に開いた風のトンネルを王国軍人の騎馬が駆けてくる。その先頭を走る騎馬を駆る銀髪の男が俺達の方を睨みつける。


 オリベルト!やっぱりアイツかっ!


 オリベルトとその後に続く王国軍人の騎馬の風魔法がラミーシャがなぎ倒す大木と土壁を切り裂き、俺達の馬車との距離を縮めてくる。

 前を向く俺は必死に馬車を操作して山道を疾走していく。


 御者台の隣にラミーシャが立ち上がり、俺の肩を持ちながら荷台の後方に体を向けた。


「余に考えがある!やるぞ、リグス!」

「あ?な、何を……」


 ラミーシャの顔を見上げ、その表情を見た瞬間に嫌な感じがする。肩に置かれた手の袖を掴む。


「ラミーシャ!聞け!」

「ん?何じゃ?」


 激しく揺れる馬車の上でラミーシャが俺の顔に耳を近付ける。


「お前に任せるけどよ……絶対にあいつらを殺すなよ?」


 一瞬驚いた表情かおをしたラミーシャだったが、薄い笑みを浮かべて俺から視線を外し、馬車の後方へ向ける。


「安心せい。足止めをするだけじゃ!」

「ならいい!頼んだぜ」


 俺達は王国軍に追われているが、それは俺が国王暗殺未遂の疑いを掛けられているからだ。ここで王国軍人を殺してしまうと、俺達は本当の犯罪者になってしまう。

 いくら逃げ切る為とはいえ、これ以上あいつら王国軍が俺達を追いかけて来る理由を作る訳にはいかない。


 ラミーシャから顔を離し、前に向き直った瞬間、

 

 バキィッ!


 追いかけてくるオリベルト達の風魔法が荷台の一部を弾き飛ばした。

 ラミーシャが身を屈めながら魔法の詠唱を始める。ラミーシャの手の平の上で緑の光源が出現する。


 昏睡魔法?しかし……この状況で?


 一般的に、かけた相手を眠らせる昏睡魔法はかかりづらい魔法だ。相手を完全に昏睡させるにはいくつの条件が重ならないと難しい。

 その一つが相手に昏睡魔法だと認識させないことだ。

 昏睡魔法が来ると判れば、相手は気持ちで抵抗してくる。かけられた相手が精神力の強い者だったら、この時点でほぼ昏睡魔法は効かない。


 俺が前にラミーシャに助けてもらった時に発動させた昏睡魔法は軍人達にこの昏睡魔法を認識させていなかった。オリベルトに至ってはラミーシャを視界にも入れていなかったはずだ。

 だから屈強な王国軍人達にも面白いように昏睡魔法がかかったのだ。

 だが今はオリベルト達はラミーシャを視界に捉えているし、魔法の発動もハッキリと見えている。つまり魔法に対して。この状態では如何にラミーシャの昏睡魔法が強力でも昏睡させるのは難しい。昏睡魔法とはあくまで相手の意識外から放たないと成功しにくいのだ。


 何か成功させる勝算でもあるのか?


 後方から迫るオリベルト達にラミーシャが昏睡魔法を放った。緑の光は分散しながらオリベルト達の体に吸い込まれていく。

 追いかけてくる軍人達は一瞬意識が飛んだようになったが、皆すぐに持ち直してそれぞれの騎馬に鞭を入れる。


 くそっ!やっぱり失敗か。だったら他の手で……。


 ラミーシャが後方を見据えたまま舌打ちをして呟く。


「なかなかしぶといの、あの男……」


 俺は身をよじって後方の様子を窺った。オリベルト達の馬の速度が明らかに鈍っていた。


 コイツラミーシャ、馬にも昏睡魔法をかけたのか!


 動きの鈍った馬達の目が虚ろになって、ふらふらと蛇行し始めた。昏睡魔法が効いている。

 足止めは成功したはずなのにラミーシャはまだ視線を後方に向けたまま、まだ警戒していた。


 もう一度後方を確認してみる。


 !?先頭の馬にオリベルトが乗っていない?

 何処に行った!?


「ようやく見つけたぞ!その女っ!」


 オリベルトとダンツが馬を捨て、飛翔魔法を使って俺達の馬車に迫ってきていた。

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