第15話 異人達の夜④

 土壁の残骸から飛び降りたラミーシャが仕留めた猪型に近付いて来る。


「リグス。怪我はないか?」

「ああ。問題ない」

「これは確か……ギガントボアじゃったかな?」

「ギガントボア……ね。俺は初めて見るな」


 串刺しになったギガントボアの側にいると、背後から馬車の足音が近付いてくる。それぞれの馬車に乗っていた二人の御者はランプを手に馬車から降り立つ。


「本当にありがとうございました。貴方がたがいなければ俺達は今頃……」


 二人の若い男の御者がまだ青ざめている顔をお互い見合わせる。


「でも何でまたこんな夜中に馬車で移動してたんだ?この先の地域は魔獣が活性化してると聞いたが?」


 二人の御者は気まずそうに俺とラミーシャの顔を覗き込む。


「あ……あの俺達、ログロンドからフォートンへ配達を頼まれて……。この時期だから無理だって断ったんですけど……」

「相場の五倍の配達料出すからどうしてもって言われて……」


 もう一人の男が続けた。

 高い報酬に釣られたってわけか。欲に目が眩んだか……って、俺も人の事は言えねえな。


「人からの願いを受ける事は良いと思うが、己の命と天秤に掛けねばならんものを軽々しく受けるのは感心せんな」

「うっ……すいません。俺達の考えが甘かったです……」


 見た目完全に歳下のラミーシャにピシャリと言われて小さくなる二人の男。

 男の一人が俺とラミーシャを交互に見ると、


「あの……お二人は冒険者ですか?」

「……んー、まあそんなところだ」

「徒歩で旅しておられるんですか?」

「ああ。ファルノアスに向かっているんだが、馬車が手配出来なくてな。泣く泣く徒歩で移動している」

「それは大変ですね……」


 

 二人から離れて俺とラミーシャはギガントボアに目をやる。


「なあ、ラミーシャ。コイツの肉って食べられると思うか?」

「うむ。猪は食べられるからの。コレも大丈夫ではないのか?」


 その声が聞こえたのか、御者の一人が俺達に寄って、


「ソイツの肉は止めておいた方がいいですよ。寄生虫だらけですから。きちんと調理出来る設備なら大丈夫かもしれませんけど……」

「……そうか。ならコイツの肉は諦めよう」

「そうじゃな。勿体ないが、そんな肉は余も食したくないな……」


 どんな寄生虫を想像したのか分からんが、ラミーシャが体を震わせた。

 俺達は振り返り、野営していたテントの方に向かい、御者の二人に声をかける。


「じゃあ、俺達はこの辺で。お前達も気を付けてな」

「あ、あの!な、何かお礼をさせてくださいよ。命を助けてもらったのに…」

「気にすんな。別にそういうのじゃねえから」

「いや!そういうわけにはいきませんよ」


 真っ直ぐに俺とラミーシャに見る二人に根負けして、


「二人の気が収まらんようじゃから貰っておけば良いのではないか?」

「……分かった。そうするか」


 ラミーシャにそう言われて、礼を受け取ることにした俺達は二人に連れられて馬車の方に向かった。二頭の馬で引く、さほど大きくない馬車が二台。一台はさっきのギガントボアに頭突きを喰らいまくって後部がかなり破損していた。

 少し待つように言われた俺達が見ている前で、男の一人がその傷だらけの荷台に乗り、中から次々と荷物を出して、もう一人がもう一台の荷台に詰めていく。


 何をしてるんだ? 


 やがて全て移し替えて、二人が俺達の前に戻って来る。


「あの……結構ボロボロになったんですけど、良かったらこの馬車を受け取ってもらえますか?」

「えっ?この馬車を!?いいのか?」

「見ての通り後ろはかなりやられたんですけど、走るのは問題ないと思うんで」


 馬車の周りを調べてみるが、外側は傷だらけだが足回りはほとんど無傷だった。小ぶりだが、元々しっかりした作りだからだろう。


「でもお前達が一台だけになっちまうぞ?いいのか?」

「はい。荷物はそれほど多くなかったですし、行程も明日中にはポドギアには着けるので俺達は大丈夫です」


 そう言われて俺はラミーシャに目を向けると、何とも言えない渋い顔をしている。二人の男がそのラミーシャの表情に気付く。


「やっぱりこんなにボロボロなのは失礼ですよね……」

「あー、気にしないでくれ。こいつは”嬉しい“を顔に出すのが苦手なだけだ。ありがたく使わせてもらうよ」

「すみません。こんな物しか渡せなくて……」

「いや、充分だ。ありがとう、助かるよ。コイツもこんな表情かおをしているが、内心では喜んでいるから」


 ラミーシャの頭を掴んで無理矢理、頭を下げさせる。むぅと唸りながら俺の顔を見上げる。


「可愛らしいお嬢さんですよね。妹さんですか?」

「むぅ……余は妻なのじゃ……」

「えっ?妻…?ご夫婦だったんですか?」

「いや、違う。俺の妹は俺の嫁になりたいぐらい俺に懐いているだけだ。ただ仲が良いだけだ」

「そ、そうですか。仲が良くていいですね。それでは俺達はこのへんで。お二人も気をください」

「ああ。お前達もな」


 二人は馬車に乗ると、山道を下って行った。

 馬車を見送った俺達は早速貰った馬車を引いて、テントの方に戻る。


「いつまで不機嫌なんだ?」

「別に不機嫌ではないぞ……」

「いや、不機嫌だろ。馬車でファルノアスに行くことになって日数が短縮するのがそんなに嫌か?」

「うっ……そんな理由ではない……」

「なら、どうした?」


 駄々っ子のように口を尖らせたラミーシャが俺と馬車を交互に見る。

 やっぱり図星じゃねえか。


「俺達は追われてるんだぜ。少しでも早く国外へ出なきゃならねえんだ」

「分かっておる……」


 ため息をつきながらラミーシャの頭を撫でる。

 全く世話のかかる大魔導師だ……。


「国外へ出れば急ぐ必要はなくなるんだ。そっからゆっくり旅すりゃいいじゃねえか」


 ラミーシャが顔を上げて俺の顔を見上げる。表情に驚きと喜びが混じる。


「リグス、フォートンを出ても余と旅をしてくれるのか?」

「追われてないって確信するまではな。国外へ出れば王国軍は大っぴらに追いかけてこないと思うが、全く追いかけてこないってこともないだろう」

「そ、そうじゃな。奴ら王国軍は何処まで追いかけて来るか分からんしな」

「ああ。だからそれまでは頼むぜ。大魔導師」

「ふっ、任せよ。リグス。余が必ずお前を追手から守ってやるぞ」


 すっかり機嫌が戻ったラミーシャが薄い胸を張った。


「じゃあ、まだ夜明けまでは時間がある。それまで少し休むぞ」

「そうじゃな。賛成じゃ」


 そう言ってテントに向かうラミーシャと別に俺は馬車の荷台に向かう。


「何処へ行くのじゃ?リグス。テントはこっちじゃぞ?」

「せっかく馬車の荷台があるんだ。俺はこっちで寝るわ」

「ええー!何でじゃ!そんな固い荷台ではしっかり眠れんぞ?」

「それなら大丈夫だ。そういうのは慣れてる。それよりも寝ている間、ジロジロと顔を見られる方が落ち着いて眠れん」


 ラミーシャの顔がみるみる赤くなった。


「す、すまんのじゃ!つ、つい……。もう見ないから、テントで寝るのじゃー」


 子供みたいに喚くラミーシャを放って、俺は馬車の荷台の中で横になった。


「じゃあな。ラミーシャ。おやすみー」

「あああー!リグスのイケズー!オヤスミー!」


 ラミーシャが頭を抱えながらテントの中へと入って行った。 

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