第14話 異人達の夜③

 深夜、何か物音がした気がしたので目が覚めた。野営中のテント内のロウソクの色を確認するが変化はない。

 布越しにラミーシャが小声で話しかけてくる。


「リグス。何か聞こえるな?」

「ああ。お前も聞こえたか」


 二人でテントから出て、音がする方向を探る。どうやら山道の上の方から聞こえてくる。


「馬車の走行音だな。しかもかなり飛ばしてるな」

「ふむ……」


 ラミーシャが隣で目を細めるが、月明かりだけの山道は遠くまでは見渡せない。腰袋から双眼鏡を取り出して、音のする方を見てみる。


「やっぱり馬車だ。それも二台。こっちに向かって下ってきている。あれは……?」


 薄暗い山道だったが、二台の馬車が上げる二つの土煙が見えた。更にその馬車の少し後ろに続く黒い影に気付く。


「ラミーシャ!あの馬車、魔獣に追われてやがる!すぐに身を隠すぞ!」

「何じゃと!?」


 ラミーシャが俺の双眼鏡を引ったくる。俺はそのままテントの方に戻り、荷物をまとめ始めた。

 テントを仕舞ってるヒマはねえな。一旦身を隠してやり過ごしてからテントは回収するか。


 荷物をまとめている俺の肩をラミーシャが後ろから叩いた。


「リグス。あの馬車を助けるぞ」

「あぁ?冗談だろ?巻き添えはごめんだ」


 これまでも一人で旅をしている時に何度か魔獣に追われている冒険者や旅人に出くわした事があった。俺まで追われる羽目になって怪我したこともあった。

 しかも今は王国軍から逃亡中だ。こういう厄介事は出来るだけ避けていかなきゃいけねえ。

 

 ラミーシャを無視して荷物を鞄に詰めていく。すると俺の横に並んで座ったラミーシャが俺の肩に手を添える。


「リグス。余は昇華して賢者になる為にあの山に籠もっておったのじゃ」

「?何を今さら……それがどうしたんだ?」

「リグスよ。賢者とはかしこき者。その賢き者は助けられる命を見過ごしたりせん。そうは思わんか?」

「言ってる意味が……って、おい!」


 ラミーシャはすくと立ち上がり、山道の方へと歩き出す。そして俺の方へと振り返った。


「臆するな。リグス。余が隣におる」


 振り返ったラミーシャの長い銀色の髪が夜風に揺れる。そして薄く笑みを浮かべたラミーシャの顔を月明かりが照らした。緋色の瞳が俺の心を優しく突き刺すように見つめる。

 その幼さを残した微笑みは神々しくもあり、妖艶でもあった。

 彼女はその麗美な顔を俺に向けたまま、右手を差し出す。


「さあ行くぞ、リグス」


 ラミーシャに見とれてしまっていた俺は荷物を詰める手を止めていた。


 ……ったく。だから誰かと一緒行動するのはイヤなんだよな……。

 腰袋に入った煙幕用の玉などを確認した俺が腰を上げる。


「……分かったよ。やりゃあいいんだろ?」

「ふむ。それでこそ余の将来の伴侶じゃ」

「伴侶じゃねえよ」


 満足気な笑顔でラミーシャが俺の腕にしがみつく。それをなおざりに振り解くと、


「で、助けるって何か作戦はあるか?」

「ふむ………………ない」

「……だろうな」


 予想通りの答えに小さくため息が出る。

 ラミーシャを連れて山道に向かって歩き出す。


「じゃあ、俺の指示通りに動けよ。たぶん大型の魔獣だ。お前に仕留めてもらわねえと俺の実力じゃどうにもならねえ」

「了解じゃ!任せるのじゃ!」



 

 山道を下ってくる二台の馬車が肉眼でもハッキリと見れる距離になった。馬車の荷台は魔獣の突進を何度も食らったのか、かなり損傷している。

 山道の真ん中に立ったラミーシャが視線の先に疾走する馬車を捉える。


「ラミーシャ!今だ!照らせ!」

「了解じゃ!」


 ラミーシャが左手を高々と掲げ、その指先に強烈な光が灯る。


「こっちだ!光に向かって走れっ!」


 ありったけの大声で叫ぶと、闇雲に走っていた馬車の進行方向がラミーシャの光の方に向いた。馬車を追いかけている魔獣の姿が俺の位置から見えた。

 猪型の魔獣。体高は俺の背よりも高い。


 姿勢を低く下げた猪型は、走りながら眼前を走る馬車の荷台に頭突きを繰り出す。猪型の頭突きが荷台に当たる度に木くずが舞い上がっていた。


「た、た、助けてくれーっ!」


 御者の一人の悲痛な叫びが聞こえた。恐らくラミーシャの光と姿が見えたんだろう。


 ラミーシャが光を灯した左手を上に掲げたまま、右手を前に突き出した。


 ドゴォンッ!


 馬車と猪型の間に土の柱が勢いよくせり出した。猪型は一瞬、面食らったように頭を上げたがすぐに頭を下げて柱に頭突きを喰らわせて土柱を破壊する。


 よし!これで馬車と魔獣の間に距離が出来た。

 猪型は再び目標を馬車にすると、一直線に駆け出す。

 俺達の近くまで来た馬車に向かって叫ぶ。


「そのまま光を通り過ぎろ!」


 二台の馬車は速度を落とさずにラミーシャの横を通り過ぎる。そしてその後ろから猪型がラミーシャに向かって勢いを増す。


「ラミーシャ!今だ!」


 ラミーシャが突き出した右手の指先を上に向ける。それと同時に猛進する猪型の目の前に巨大な土壁が地面から生える。

 猪型はそのまま土壁に突進し、土壁を突き破った。だが、そのすぐ目の前に二枚目の土壁が現れた。二枚目は一枚目の倍ほどの分厚さがあった。


 ゴォンッ!


 分厚い土壁に突っ込んだ猪型の足が止まった。土壁には大きな亀裂が入り、猪型の魔獣の唸り声が聞こえてくる。

 猪型は土壁に頭をめり込ませたまま、ジタバタと体をよじらせる。やがて土壁をこのまま突破するのは無理と判断したのか、頭を土壁から引き抜くと数歩後退った。


 パァンッ!


 木の上で待機していた俺は眼下にいる猪型の顔面に向けて刺激剤入りの目眩ましを投げつける。目眩ましは助走をつけるために下がった猪の顔面に当たり、赤い噴煙が上がった。


「グモォォォオーッ!」


 刺激剤が目に入った猪型の咆哮が響く。同時に俺は猪型の足元に飛び降りた。素早く腰の長剣を抜くと、頭を振りまくって悶絶している猪型の左前脚を水平に斬りつける。

 猪型が痛みで再び咆哮を上げた。

 後ろに回り込み、次は右後ろ脚を斬りつけた。

 対角の足のけんを斬られた猪型がバランスを崩して横向きに倒れた。


 猪型が倒れたのを確認して、後ろを振り返ると崩れた土壁の上にラミーシャがいた。


「ラミーシャ!仕留めろ!」

「了解じゃ!」


 短い詠唱を終えるとラミーシャがくいっと指を上に向けた。

 倒れて暴れる猪型の下から鋭い土の円錐が勢いよく突き出して、猪型の巨体を射貫く。

 猪型が咆哮を上げたが、四本目の円錐が猪型の体を貫いたところで咆哮は途絶え、ダラリと四肢が垂れ下がった。


 道の脇に避けていた俺は猪型に近付き、死んだことを確認してラミーシャの方に振り返る。


「もう大丈夫だ。死んでる」

「うむ」


 ラミーシャが満面の笑みで応えた。

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