第12話 異人達の夜①

 俺達は次の目的地に向かう為の馬車を探しに乗合い場に向かっていた。宿場町だけあって、朝から多くの人達が行き交っていた。


 昨晩、俺とラミーシャはこれからの予定を打ち合わせした。

 俺達がいるフォートン王国の北側にはファルノアス王国という国が隣接している。俺達はそのファルノアス王国との国境を目指す。

 その国境近くにはログロンドという町があり、このポドギアから馬車で数日かかる距離にある。俺達はまずそのログロンドまで行ける馬車があるかを探しに来ていた。



「……定期便はない?」

「ああ。この時期はログロンドまでの道のりで魔獣が活性化する地域があるんだ。だから向こう二ヶ月、ウチではログロンドまでの便は一切出さねえんだよ」


 対応してくれた乗合い所の受付の男がそう説明してくれた。


「他の馬車でログロンドに行く方法はないのか?」

「この時期はみんな北への馬車移動は避けているからなあ。どうしてもって奴は個人で馬車を買うか、借りるかしかねえわな。高くつくけどな」

「買うか、借りるねえ……」

「あとはダメ元で別の乗合い所を当たってくれ。他も難しいとは思うけどよ。とにかくウチは今時期はログロンドには走らせてねえんだわ。すまねえな」

「わかった。他を当たってみるよ、ありがとう」


 乗合い所を出て、ラミーシャが歩きながら俺の顔を覗き込む。


「どうするんじゃ?リグス」

「とりあえず馬車を買うなんてのは論外だ。間違いなく金が足りねえ。ひとまず他の乗合い所でログロンドまで行く馬車がないか聞いて回るぞ」

 

 それから俺達は他の馬車の乗合い所を回っていくことにする。

 ……こうしていくつかの乗合い所を回ったが、


「……ダメだ……。馬車は諦めるか……」

「うむ……仕方ないの。予は徒歩でも全然構わんぞ」

「徒歩ね……」


 町の広場で二人でベンチに腰掛けながら俺は頭を抱えた。

 おそらく馬車で行くより三倍以上の日数がかかるだろうな。急いではいるが、徒歩移動は仕方のない選択なのかもしれない。単独での徒歩移動はかなり危険だが、今回はラミーシャがいる。

 単独での旅と違って、二人なら夜は交代で見張りを立てられるので身の危険度はかなり減る。単独の旅の時は安全な寝床探しが一番苦労するからな。


 あと懸念があるとすればラミーシャの体力だ。新しい肉体とはいえ、二百年以上の引き籠もりだ。何日もの徒歩移動にこいつの体は耐えられるのか?

 そんな不安をよそに、当の本人ラミーシャは実に楽しそうに俺の隣を歩いている。


「なあ、これから何日も歩くことになるんだぞ?何でそんなに嬉しそうなんだ?」

「え?えっ……?余、嬉しそうに見えるか?」

「ああ。だいぶ嬉しそうに見える」

「そ、そんなことはないぞ。タイヘンダナー。コレカラ、ナンニチモ、アルカナイト、イケナイノカー」


 わざとらしい…………棒読みにも程がある。

 こっちは早く国境を越えたいってのに…………、こいつ、……。


 ラミーシャは俺とは目を合わさないように反対側を見て歩く。


「な、なあ、リグス。色々と、旅の準備品を買い揃えねばならんの………」


 振り返ったラミーシャと目が合い、俺のジト目を見てラミーシャの言葉が止まる。


「ど、どうしたんじゃ?急に」

「お前……移動が徒歩になって日数が長くなるから喜んでいるな?」

「そ、そんなことは……ない……ぞ?」


 そう言いながらもラミーシャの顔がどんどん赤くなっていく。


「わ、分かった!そうじゃ!リグスと二人きりで行けるのが嬉しいんじゃ!文句あるか!」

「別に文句はねえけどよ……」

「余はお前の妻になるのじゃぞ?一緒に居たいと思うのは当然じゃろ!」

「分かった、分かった……けどよ」

「何じゃ?」


 開き直ったラミーシャが俺の顔を睨みつける。


「魔獣が活性化してるって言ってたからよ。気を付けねえと俺もお前もやられちまうぞ?」


 ラミーシャが俺の顔から視線を外して前を向いた。


「リグスは弱いのか?」

「ああ。弱い。『逃げ専上等!生き延びた奴が強者』が俺のモットーだ。自分より強い相手ならまず逃げることを選択する。立ち向かうなんてことはしねえ。そうやって十年以上、冒険者やってきたからな」

「そうか。じゃが安心しろ。今は余がお前の隣にいる。余は『ソレイナ山の大魔導師』じゃぞ?魔獣ごときに遅れは取らん」


 ラミーシャが俺の方に向き直り、優しい笑顔を向ける。


「それにリグス。お前は弱くない。余を討ち取ったのじゃからな」

「へっ、それはまぐれだ」


 実際、このラミーシャはどのくらい戦闘が出来るのか?王国軍人に囲まれた時に数人の男達を一瞬にして眠らせた昏睡魔法に、俺の怪我を回復させた回復魔法。

 あの時の俺の左腕はおそらく骨が砕かれていただろう。なのにラミーシャはあっという間に回復させた。

 それだけでも相当な魔法の使い手というのは分かるが、魔獣相手の戦闘の経験はあるのだろうか?


「なあ、ラミーシャ。お前は魔獣と戦ったことはあるのか?」

「魔獣?もちろんじゃ。召喚魔法を使用するには魔獣の体の一部を触媒にしないといかんからな。かなり前じゃが、触媒集めの時には相当倒したぞ」


 ラミーシャが勝ち誇ったように胸を反らした。


「けど今の体になって使えなくなってる魔法があると言ってなかったか?」

「うむ。確かにな。火と水と雷属性の魔法はほとんど使えん。しかし風と土、それに光と闇属性の魔法はほとんど問題ないから安心せい」

「お、おい。お前……全部の属性の魔法が使えたのか?」

「ふふふ、そうじゃ。伊達に長く生きておらんぞ?」


 ラミーシャが当然とばかりに目を細めた。

 これなら魔獣と遭遇してもなんとかなりそうだな。あとは歩く体力の問題だが、それはやってみないと分からねえだろう。

 馬車移動の手段が途絶えてしまった今、するべきことは気持ちを切り替えて徒歩移動の準備だ。


 立ち上がると、ラミーシャに振り返る。


「よし。じゃあ今から徒歩移動の為に必要な物を買い揃えに行くぞ。それで明日の日の出と共に出発するぞ」


 ラミーシャが俺の袖を掴んでベンチから立ち上がる。


「心配するでない、リグス。魔獣と遭遇しても余がお前を死なせない」


 ラミーシャが力強く宣言した。

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