第11話 NOT found

 フォートン王国城下町フォートンにある王国軍本部。その中の一室。

 その部屋の前を訪れたオリベルト大佐とその部下ダンツが部屋にいる男に許可を受け、中へと入り、部屋の奥に控える男に敬礼する。


「失礼します。オリベルトとダンツ。参りました」

「うむ」


 部屋の主は椅子に腰掛けたままオリベルトに鋭い目を向ける。


「あの男はまだ見つからんのか?」

「申し訳ございません。ニーデル大臣。現在、奴の手配書を町に撒き、在留する全軍を持って捜索しております」

「しかし……お前が取り逃がすとはな……。油断したのか?」

「いえ、そのようなことは……」

「まあ良い……」


 オリベルトは内心で舌打ちをする。

 あの魔導師を討ち取った後、オリベルトは入念にリグスを軍に懐柔する計画を立てていた。始末する予定ではなかったのだ。しかし、それはニーデルの鶴の一声でご破算となった。


 “奴のメルトスピアは危険だ。奴を犯罪者に仕立て上げて、直ちに始末しろ”


 計画は変更され早急な結果を求められ、予想外の邪魔が入るという不運があったとはいえ、結果リグスを取り逃がしてしまった。


 もう少し時間があれば入念な計画も立てられ、あの男を自分の手持ちの駒に出来るはずだった。

 その後悔の念は舌打ちと共にぐっと奥にしまい込んだ。


 直立不動のオリベルトにニーデルが話題を変える。


「それで、あの屋敷から回収した物の解析は進んでおるのか?」

「はい。回収した物は軍の研究機関に回し、現在も作業が進められております。解析が完了した物は随時大臣に報告させていただきます」

「うむ。あの三つの死体も調べておるか?」

「はい。ですがあの死体につきましては、厳密には可能性が高いと報告を受けております」

「死体が死んでいない……?」

「はい。全く腐敗していないとの報告を受けております」

「何か魔法でもかけられているのか?」

「まだ解明は出来ておりませんが、その可能性があるとの事です」

「ふむ……なるほどな。それは引き続き解明を急がせろ。もしかしたら国王様が求めている物に近しい物かもしれん」

「承知いたしました」


 ニーデルは一息入れ、再び目を細める。

 

「それと、あの男を助けたという女の方はどうだ?」

「今はまだ何の手掛かりも得ておりませんが……あれ程の魔法の使い手です。いずれ情報は掴めると思います」

「男と行動しているのではないか?」

「その可能性も考慮して現在捜索しております」


 そこまで話し終えると、ニーデルが席を立ち上がる。


「うむ。もし抵抗するようであれば、その女も男と共犯として始末すれば良い」

「はっ!」

「国外へ逃げられると流石に大っぴらには追えんからな。何としても王国領内に居るうちにカタをつけろ」

「はっ!心得ております!」


 

 オリベルトとダンツの敬礼に見送られたニーデルが部屋を後にする。部屋に残った二人、オリベルトがダンツに目を向ける。


「ダンツ。あの男、まだこのフォートンにいると思うか?」

「分かりません。ですが流浪の冒険者のようですから、真っ先に国外への逃走を考えると思います」

「うむ。私も同感だ。では国外を目指すとして、何処へ向かう?」


 ダンツがオリベルトから視線を外し、少し思案する。


「奴がフォートン国外に潜伏出来る場所があるならそこへ向かうでしょうが……」

「いや、奴は流浪だ。恐らくその可能性は低いだろう」

「そうですね。であれば……」

「国境までの距離が一番近い北……ファルノアス王国方面に向かうのではないかと私は読んでいる」

「裏をかいて別方面に向かうとは?」

「確かにその可能性もある。しかし奴は自分が王国軍に追われていることを理解している。可能な限り早く国外へ出て、我々が手出し出来ないようにするのではないかと思う」

「言われてみれば……確かにそうですね」


 オリベルトがダンツに目を向ける。


「ダンツ。北側の国境付近に人員を増やせ。奴は我々を出し抜いて既に北に向かっているかもしれん。フォートンの巡回に当たっている者も北へ向かわせろ」

「はっ!」

「それと、の中身はまだ見つからんのか?」

「はい。隠し部屋はいくつか見つけたのですが、それらしき物は……」


 コンコンコン。

 部屋の扉がノックされ、外から若い男の声が聞こえる。


「オリベルト大佐。こちらにおられますか?」

「ああ。私ならここだ。入れ」


 ノックした若い軍人がオリベルトとダンツに敬礼して部屋に入ってくる。


「先ほど魔導師の屋敷を捜索している班から連絡があり、新しい隠し部屋を見つけたと報告がありました」

「何か見つかったか?」

「はい。魔道具らしき物と魔導書……それに飲み終えたカップがテーブルに置いたままだったそうです」

「飲み終えたカップ……?」

「その部屋には扉はなく、本棚が隠し扉になっておりました」

「カップはいくつあった?」

「報告では二つとなっております」


 オリベルトの口角が上がり、視線がダンツに向かう。


「ダンツ。あの男がメルトスピアで射抜いた老婆のむくろ。おかしいと思わなかったか?」


 質問の意味が解らずダンツが困惑する。


「大佐。死骸はあの男が射抜いた魔導師ではないのですか?」

「あの骸は確かに魔導師だ。いや、魔導師としたら?」

「というと?」

「考えてもみろ。何百年も生きてきた魔導師だぞ。我々の想像もしない方法で生き長らえてきたと思わないか?」

「ただ長命なだけでは?」

「ふっ。そうかもな。だがあの老婆の骸は既にかなり朽ちていた。そして屋敷の中にの棺。中に死体が入っていたのはだけ」


 そこまで言われてダンツが気付き、はっとなる。信じられないといった表情でオリベルトの顔を見返す。


「魔導師は体を入れ替えたのかもしれん。あの男を助けたあの銀髪の女……奴が魔導師だったかもしれん」

「そ、そんなまさか……」


 にわかには信じられない憶測を聞いてダンツが息を飲んだ。対照的にオリベルトは楽しそうな笑みを浮かべる。


「二人組だ。ダンツ。男女二人組を徹底的に注意して探させろ。私もログロンドへ向かう。準備にかかれ!」

「はっ!」


 ダンツと若い軍人はオリベルトに敬礼で答えると、足早に部屋を後にした。


 どんな魔術を使ったか分からんが、あの魔導師はまだ生きている。そしてあの男と共に行動している可能性が高い。


 オリベルトの表情が自嘲したような残忍さを増した笑みに変わる。


 ふっ……魂を別の体に入れ替えるなど、魔導師というよりまるで魔女だな。

 国王様やニーデル大臣があの魔道士の何を必死に探しているか興味はないが、殺すと決めた相手が自分を出し抜いて生き延びているのは気分が良くないな。


 彼の表情から笑みが消えると、踵を返して部屋を後にして行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る