第10話 Reborn③

 ポドギアの馬車乗合い場に降りた俺達は周りの様子を窺いながら町の方へ向かった。

 フォートンほどじゃねえけど、ここにもかなりの王国軍人がいる。変化魔法が解けたままだったらここで見つかっていたかもな。

 乗合い場の周りをうろつく軍人達は声こそ掛けてこないが、俺達を含めて乗合い場にいる旅人達をジロジロと見て、町に入ってくる人間を確認しているようだった。

 フォートン王国領内全域でもう俺はお尋ね者になっていると考えた方が良さそうだな。

  

 俺達は出来るだけ自然な旅人を装い、乗合い場を離れて大通りへと出て行く。大通りにも軍人の姿は見えるが、町の壁に手配書はまだそれほど張られていなかった。額の十字傷は消してあるとはいえ、それだけでも気持ちはかなり楽になる。


「ラオミリシャ。とりあえず何か食べ物を買ってから今日の宿を決めるぞ。それから宿でこれからの行き先を決めるぞ」

「了解じゃ」


 宿場町というだけあって大通りには宿屋が多く軒を連ねていた。食べ物や飲み物を売る露店も多く出ていて、旅道具を取り扱う商店もこの時間まで開いている所も多い。

 俺達は適当な露店で串焼きなどを買い、大通り沿いの宿屋に決めた。

 この頃には既に陽は完全に落ちて辺りは真っ暗になっていた。


 昨日と同じく一人部屋を二つでチェックインしたが、昨日と違ってラオミリシャはすんなり受け入れて部屋に荷物を置きに行った。


 そして俺の部屋に集まり、まずは二人で腹ごしらえをする。

 満足気な表情を浮かべながらラオミリシャは次々と色々な串焼きを平らげて行く。俺の視線に気付いたラオミリシャが少し恥ずかしそうに食べる手を止めた。


「何じゃ?あまりじっと見られると恥ずかしいんじゃが……」

「いや、昨日から思っていたけど、いつもすげえ美味そうに食べるなと思ってな」


 ラオミリシャは手に持った肉の串焼きを全て口に入れると、


「美味しいんじゃよ。前の肉体は朽ち果てて、もう味も分からなくなっておったからの……。味わって食べるのは百年以上ぶりじゃ」

「どうりで……。良かったじゃねえか。また味が分かるようになって」

「よく食べる女子おなごは嫌いか?」

「いや、いいと思うぞ。特に美味しそうに食べるとこっちも気分が良い」

「そうか?」


 ラオミリシャが嬉しそうに顔を赤くして次の串焼きに手を伸ばした。


「なあ、それはそうと、さっきの変化魔法が解けた件だが……何で解けたんだ?」

「はっきりとは分からんが、余が完全に寝てしまったからかもしれん」

「寝ると解除されるのか?」

「普通はしないはずじゃが……まだこの肉体に余の魂が完全に馴染んでおらんのじゃ。前は使えたはずの魔法でもまだいまいち上手く使えんものがある」

「そうなのか?」

「まだ全部試してはおらんがな」

「変化する魔法が解けるかもしれねえんだったら注意しないとだめだな。他にどうなったらこの変化魔法は解けるんだ?」

「うむ。通常は術者から距離が離れると効力が弱くなるんじゃ」

「つまり離れるなってことか」

「そうじゃ。だから変化している間は余とくっついておれば問題ないぞ」


 ラオミリシャがニンマリと笑う。


 こいつ、本当のこと言ってんだろうな?


 どちらにしても不意に顔の変化が解ける可能性がある以上、すぐにかけ直してもらう為にラオミリシャからあまり離れないように行動しないといけないのは間違いないな。

 それと、もう一つ気になっていたことをラオミリシャに尋ねる。


「あと、ラオミリシャって名前……かなり珍しいが、その名前はこの辺りではかなり浸透してるのか?」


 串焼きの肉を咥えたラオミリシャの動きが止まる。


「どれだけ知れ渡っておるか?ということか?」

「そうだ」


 肉を咀嚼しながらラオミリシャが宙を見上げる。


「あの山に籠もっている魔導師がいるというのは結構有名だったかもしれんが、名前まではもう皆知らんのではないか?」

「けどあのオリベルトの上官はお前の名前を知っていたぞ?」


 俺がラオミリシャをメルトスピアで射抜いた時、あのフードの男がラオミリシャの名を呼んでいた。それで俺はラオミリシャの名前を知ったからな。オリベルトもそれまでは一度もラオミリシャの名を口にはしていなかった。

 

「それを余に言われてもな……」

「まあ確かにそうだな。どっちにしてもお前の名前は王国軍には知られてると思っておいた方がいいな」

「うーむ。別に名前くらい良いではないか?」

「いや、良くねえよ。万が一、軍人に聞かれたら一発でバレてしまう」

「じゃあ、どうするんじゃ?」


 食べ終えた串を置いてラオミリシャが俺に向かって首を傾げる。


「とりあえず偽名を使おう。念には念を入れておかねえとな」

「うーむ……偽名かぁ」

「これも上手く逃げる為だ。我慢しろ」

「う〜ん…………」


 頬を膨らませたラオミリシャが不満そうに天を仰いだ。そして何か閃いたように俺に視線を戻す。


「リグス!それならこういうのはどうじゃ!ソレイナ山の魔導師ラオミリシャは死んだ。そして余は新しい肉体に生まれ変わった!だから新しい名前になるのじゃ!」

「つまり完全に名前を変えるってことか?」

「そうじゃ!」

「偽名を使うのと一緒じゃねえの?」

「全く違うぞ。もう余はラオミリシャとは二度と名乗らん」

 

 人との交流はずっと断っていたから使い分ける必要もないということか。本人に名前への未練はないみたいだし、俺はその案に乗ることにした。


「よし。じゃあなんて名前にする?」

「それはリグスが名付けてくれ」

「え?何で俺が名付けるんだ?自分で考えろよ」

「嫌じゃ!リグスが余に可愛くて新しい名前を名付けてるのじゃ!」

「え〜……めんどくさ……」


 ラオミリシャが顔を近付けて俺の顔を覗き込む。まるでおやつを待っている子供のように。


「う〜……ん。じゃあ……ラミーシャってのはどうだ?」

「ラミーシャ……。なんかラオミリシャをただ短くしただけみたいじゃの」

「あんまり違う名前だと呼ばれた時に気付かないだろ?似たような響きにしておけばすぐに慣れるだろ?」

「おお、そういうことか。理解したぞ。よし!余は今からラミーシャじゃ」


 新しい名前に納得したようで、ラオミリシャ改め、ラミーシャが座ったまま薄い胸を張った。


「これで体も名前も生まれ変わったわけだな」

「そうじゃな。で、式はいつにするのじゃ?」

「結婚するとまでは言ってねえ!」

「ちっ。引っかからんかったか」


 俺とラミーシャはコップに残っていた飲み物を一気に飲み干した。

 

「じゃあ新しい名前も決まった所で、明日からの予定を決めていくぞ。ラミーシャ」

「了解じゃ!」


 食事を終えたテーブルの上の片付け、鞄からフォートンの町で買った大陸地図を広げた。

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