第9話 Reborn②
馬車の乗合い所の受付カウンターに並び、順番が来るのを待つ。そして順番が来ると中年の男の従業員が対応してくれる。
「いらっしゃい。定期便のご利用ですかい?」
「ああ。北に向かってるんだが、今日中にどこかの町に到着する便は空いてるか?」
「お二人かい?」
「ああ」
男が手元に台帳に視線を落とす。
「北かぁ……それならポドギアに行く今日の最終便が残っておるが……」
「ポドギア……」
このフォートンから北に位置する宿場町だな。フォートン周辺の宿場町では一番近くにあり、距離はあまり稼げないな。
だが、今はもう昼になろうとしている。日没までに到着するのならこのポドギアが最適か。
「分かった。じゃあその便で頼む」
「すまねえがダンナ。荷物用の荷台になっちまうが構わねえか?どうしてもイヤだっつうんなら更に北に向かう便で空きがあるけどよ。野営する便だが」
「荷物用か……」
荷物用とはその名の通り荷物を乗せる荷台だ。荷物を積んだ荷台の空いた隙間に座る事になる便だ。通常の馬車より安いが、乗り心地は最悪のやつだ。
「俺達以外にその荷物用には乗っているか?」
「いや、おたくら二人だけだけだな」
「ならそれで構わない」
「あいよ!毎度あり。乗車券を出すからちょっと待ってな」
荷物用は乗り心地は最悪だが、他の人間と乗り合わないのならその方がこっちとしては好都合だ。尻の痛みには日没まで我慢すればいいだけだ。
「というわけだが、構わないな?」
「余は問題ないぞ?」
男から乗車券を受け取り、馬車が並ぶ乗合い場に向かう。すぐに目的の馬車を見つけ近付いて行くと、近くを歩いていた二人の王国軍人が俺達に近付いて来る。
「そこの二人。馬車を使うのか?」
「ああ。そうだが?」
「この男を探している。ちょっと額を見せてみろ」
「あー。はいはい。どうぞ」
俺は平静を装ってその二人の軍人に額を見せる。軍人が少し顔を寄せて、手に持った手配書と俺の額を確認すると、
「よし。行っていいぞ」
「そりゃどうも。ご苦労さま」
軍人の確認を終えた俺達は目的の馬車に向かって歩き出した。ラオミリシャが俺だけに聞こえる小声で、
「何じゃ?あの偉そうな態度は?若造が」
「しーっ!静かにしろ。愚痴は馬車で町を離れてからにしろ」
御者に乗車券を見せて、荷物用の馬車の荷台に乗り込む。木箱や麻袋が積まれた荷台の中で木箱の一つに二人で腰掛ける。
「思ったよりも快適そうじゃな。もっと狭い隙間に詰め込まれると思っとったぞ」
「走り出しても快適と言えるかな?」
荷台の前方の小窓が開き、御者の男が俺達に声を掛ける。
「それじゃ、出発しますよ。少し揺れますんで荷物に挟まれんように気をつけてください」
そう伝えるとすぐに小窓が閉じられた。
ギィと音を立ててゆっくりと馬車が動き出す。予想外の大きな揺れにラオミリシャが思わず俺の腕を掴む。俺の顔を見ると、
「えへへ。これは不可抗力じゃ」
「へいへい。ずり落ちんなよ」
「分かっておる」
走り出した馬車の後部は幌が開いていて外を見ることが出来た。そして馬車はフォートンの門をくぐり、街道へと抜けて行った。
脱出できたか……。一時はどうなることかと思ったが、とりあえず第一関門突破だな。
まずはフォートンの北にある宿場町ポドギア。そして更に北上していけば隣国のファルノアス王国との国境がある。城下町フォートンからフォートン王国の領外へ脱出するにはこの北上ルートが最短だ。
追ってくる王国軍の裏をかいて別の方角へ逃げるという手も考えたが、最短で抜けられるこのルートを選択することにした。
ガタガタと揺れる馬車は快調に街道を進んで行った。俺の隣では幌の隙間に首を突っ込み外の景色を眺めるラオミリシャが一人ではしゃいでいた。
陽も完全に昇り切り、俺達が乗る馬車は休憩の為に街道の脇で停まっていた。
「昼飯にするか」
「おー!そうじゃな」
俺はさっき乗合い所に着く前に露店で買ったパンマモを取り出した。
パンマモとは二つに切った丸いパンの間に焼いた挽き肉や野菜を挟んだ軽食だ。そのパンマモを一つ、ラオミリシャに渡す。
「おー!美味そうじゃな」
受け取ったラオミリシャが歓喜の声を上げる。
「じゃが、せっかく美味しそうなのにすっかり冷めてしまっとるの」
「あーそれなら……ちょっと貸してみろ」
また俺の手元に戻したパンマモを軽く両手で挟む。そして魔法を詠唱する。熱を持った両手の手の平がパンマモに温かさを蘇らせた。
「おーー!何じゃそれは?」
「火魔法の出力を極限まで弱めてるんだよ。そうすれば火が出ずに高熱だけが手に宿るんだよ」
「そんな使い方も出来るのか」
「ほらよ。温めてやったぜ」
「おー!本当じゃ!」
喜びの声を上げてラオミリシャがパンマモにかじりついた。俺も自分のパンマモを口に入れる。
「リグスは器用じゃな。しっかり魔力を制御出来とる」
「まあな。デカい出力を出すだけが攻撃魔法の使い方じゃねえってことだ」
「皆、大きい魔法を放とうとするからの。こういう使い方が出来るということは、リグスはよほど器用なんじゃな」
「よく言われるよ」
軽い昼食を食べ終え、馬車が再び動き出した。少し走り出したところで、ラオミリシャの顔がトロンとなっていることに気付く。
「大丈夫か?ラオミリシャ?」
「大丈夫じゃ……。じゃが少し眠くなってきた。寝ても良いか?」
「…………お前、この揺れで寝れんのかよ。凄いな」
「ふぁぁ……」
大きな
……もう寝たのかよ。ホントすげえな。
スヤスヤと眠るラオミリシャを見てると、こっちも眠くなってきた。振動にもだいぶ慣れてきたし、俺も少しだけ眠ることにした。
「お客さん!もうすぐに着きますぜ!」
御者の声で俺は目を覚ました。思ったよりも深く寝てしまったみたいだ。小窓から覗く御者と目が合った。
「ああ。ありがとう」
俺がそう答えると小窓が閉じられた。
「おい、ラオミリシャ。もうすぐ着く……!?」
隣でまだ寝ているラオミリシャに声を掛けようとして、俺は思わず息を飲んだ。
ラオミリシャの髪色が銀色に戻ってる!
俺はすぐに腰袋から鏡を取り出し、自分の顔を確認する。
くっ……、俺の顔も髪色も戻ってやがる。
鏡には俺の十字傷がハッキリと見え、髪色も元に戻っていた。すぐにラオミリシャの肩を揺らして起こす。
「おいっ!起きろラオミリシャ!顔が戻ってる!」
「ん、んあ?着いたのか?」
「ああ。もうすぐ到着だ。だが顔と髪が戻ってる!何とかしねえと」
そう言われたラオミリシャがはっとなり、一気に覚醒する。そして俺の顔を見ると、
「本当じゃ。寝ている間に解けてしまったのか?」
「原因探しは後回しだ!とりあえず早くまた変える魔法をかけてくれ」
「りょ、了解じゃ」
ラオミリシャが俺の顔に向かって魔法を唱える。
「よ、よし。戻ったのじゃ」
鏡で確認すると、十字傷は消えて髪色も戻っていた。
「お前もだ、ラオミリシャ。髪色を変化させろ」
ラオミリシャは自らに変化の魔法をかけて再び濃灰色の髪になった。
「はぁー……焦った……」
「す、すまんの」
二人でホッと胸を撫で下ろすと、また小窓が開いた。
「そろそろ到着するんで降りる準備をしてくださいよ」
御者にそう言われ、俺達は幌の間から荷台の外を確認した。
宿場町ポドギアはすぐ目の前に迫っていた。
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