第8話 Reborn①
店で朝食を済ませた俺達は食後の紅茶を啜っていた。店内は朝のピーク時間も過ぎ、客はまばらだった。俺達の座る席は外の通りから見えにくく、かつ出入り口も近い。
周りに誰も居なくなったのを見計らってラオミリシャに切り出す。
「なあ、いくつか聞いてもいいか?」
「うむ。何じゃ?」
「お前はその……ずっとその見た目なのか?」
これはラオミリシャがソレイナ山の魔導師と聞いた時から気になっていたことだった。二百年以上生きている魔導師の見た目が十代半ばの少女だとは全く予想していなかった。
それに俺のメルトスピアで完璧に胸に風穴を開けてぶっ倒れるのも見ている。いくら大魔導師といえど、あの状態から回復するのは考えにくかったからだ。
カップをテーブルに置いたラオミリシャがにっこり微笑む。
「ふふ。気になるかえ?」
「教えたくないなら、別に構わねえ」
「あー!嘘じゃ!これは…………この前の体はとうに朽ち果てておった。今のこの体はお前に心臓を射抜かれた体から別の体に乗り移った新しい体じゃ」
「乗り移った新しい体……?」
ラオミリシャが顔を寄せて小声で答える。
「そうじゃ。魂転移の秘法と言ってな……」
ラオミリシャは魂転移の秘法と、今の見た目になった説明を続けた。
彼女の元の体は百年以上前に朽ち果てており、秘法を使い魂を肉体に繋ぎ止めていた状態だった。そして彼女は新しい肉体に魂を移す為、魂転移の秘法の研究と実験を繰り返していたらしい。
しかしそれはなかなか上手くいかなかった。
半ば諦めかけていた時、突然その秘法が完成した。
「それがお前に心臓を射抜かれた瞬間だったんじゃ。まさか心臓を射抜かれる事で成功する秘法だったとは思わんかったがの」
「俺が前の体を撃った事で成功したのか」
「そうじゃ。新しい肉体はいくつか保存していたのじゃ。その内の一つが今のこの肉体じゃ」
「なるほどな……」
更にラオミリシャが続ける。
「そして前の肉体を失ったと同時に山の結界も喪失し、召喚しとった魔獣達も消え失せたのじゃ。余の魔力の性質が変化したからじゃろうな。じゃが新しい肉体になって余は山の外に出られるようになったんじゃ」
「え?お前はあの結界に籠もってたんじゃなくて、出られなかったのか?」
「ふむ。自分の意思で籠もってはいたが、出ることも出来なかったんじゃ」
「結界を解けば良かったんじゃないのか?作ったんなら解くことも出来るだろ?」
「出るにはいつでも出れたんじゃ。じゃが前の肉体は結界の外では瞬く間に崩れてしまうんじゃ」
「そういうことか」
「うむ。前の肉体は結界の外では形を保てんくらい朽ち果てておったから……」
そこまで話すと、ラオミリシャはぼんやりと遠くを見るように外の通りに目を向けた。
その後もラオミリシャには気になったことを尋ねてみた。
今の肉体は召喚魔獣を触媒に作り上げた物で、同じような肉体がいくつかあの屋敷に保存してあったらしい。
人間の遺体とかを使った肉体とかじゃなくて良かった……。もしそうだったら何か気持ち悪いし……。魔獣もそんなに変わらんか?
昼時が近付いてきて客が入りだしてきたので、俺達は旅に必要な物を買い揃える為、店を後にした。
商店に向かいながら町を歩く人々に目を向ける。王国軍の軍人が歩き回っている様子はないが、所々で俺の顔が描かれた手配書を目にした。今は別の顔になって気付かれる事はないと分かっていても落ち着かない。
町行く人達を見て俺はあることに気付き、隣を歩くラオミリシャに目を移す。そしてそのまま脇の路地に入って立ち止まった。
「?どうしたんじゃ?リグス」
「ラオミリシャ。お前、自分の顔に俺みたいな変化させる魔法はかけられるか?」
「ん?やってみた事がないから分からんが……。でも昨日は暗かったし、軍人共に余の顔はハッキリとは見られてなかったと思うぞ?」
「ああ。顔はな。だが……その髪だ」
「髪?」
「そんな綺麗な銀髪、町中じゃほとんど歩いていねえ。もし昨日の……いや、あのオリベルトだったら間違いなくお前の銀髪を覚えているはずだ」
「そんな綺麗な髪だなんて……」
ラオミリシャが毛先を弄りながら頬を染める。お花畑な頭は放っておいて話を進める。
「とにかく一度試してくれ。最悪、髪の色だけでも変えられないか」
「わ、分かったのじゃ」
ラオミリシャは自分の顔の前に手をかざし、詠唱を始める。すると、銀色だった髪の根元から濃灰色に変化していく。ラオミリシャの顔も覗き込むが、顔は全く変化していなかった。
しかしこれならさっきまでの銀髪よりは目立たない。
「どうじゃ?リグス」
「髪色は完璧だ。顔は変化してねえな」
「そうか。なら仕方ないの」
「誰でも変えられるってワケじゃないんだな」
「そうじゃな。この肉体の魔法抵抗が異常に高いんじゃよ。そのように作ったからの」
「なるほど、そういうことか」
顔はそのままだが、目立たない髪色に変わったのでひとまずは安心だ。俺達は通りに戻って、目的の商店や武器屋など順番に回って買物を済ませると、町の北門の近くまでやって来た。
門の近くには馬車の乗合い所がある。
俺の予定ではここで別の町まで出ている定期便に乗り込めれば最高なんだが……。
建物の影から乗合い所を覗き見ると、
「いるな……」「おるのぉ……」
馬車の乗合い所の側には十数人の王国軍人が歩き回っていた。馬車に乗り込む奴の顔はもちろん、荷物しか入っていない馬車の荷台の中まで丁寧に調べていた。
俺の顔は今、別人に変わっている。そしてさっき立ち寄った商店では二人とも服装も変えていた。
見つかる要素は無いはずだ。
ラオミリシャに目を向ける。緊張した面持ちだが、こいつの髪色も昨日とは全く違う。
「よし行くぞ、ラオミリシャ。自然に堂々とな」
「……分かっておる」
俺達は馬車の乗合い所に向かって歩き出した。
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