第7話 月下の麗少女④

 フォートンの町に戻って来た俺達はまず宿屋へ向かった。

 俺が今朝まで使っていた宿屋はオリベルトにバレているから使えない。なので別の宿屋を探す。

 俺は念の為フードで顔を隠し、特徴的な額の十字傷を見られないように注意する。

 隣を歩くラオミリシャは初めてなのか、久しぶりなのか分からないが、夜の町の賑やかさに目を白黒させながらしっかりと俺の腕を掴んで歩いていた。


 こういう場合は町外れの宿を選ぶよりある程度宿屋が密集した場所を選んだ方が見つかりにくい気がする。

 なので町の中心地に近い宿屋に泊まる事にした。


 

「え〜〜!?何で別々の部屋なのじゃ!?」

「あったりまえだ!」


 宿屋の受付でチェックインしようとすると、一人部屋を二つ取ろうとした時にラオミリシャが不満を漏らした。


「とりあえず部屋に行け!」

「ぶぅ〜〜……分かったのじゃ……」


 ラオミリシャは俺から部屋の鍵を受け取ると、すたすたと一人で部屋に向かって歩き出した。

 その様子を見ていた受付の女性がにこやかな笑みを浮かべて、


「お兄さん好きの可愛らしい妹さんですね」


 と、一言。


 「余は妻なのじゃ!」


 階段を登りかけていたラオミリシャが振り返って叫んだ。驚いた表情で受付の女性が俺の方を見る。


「なかなか兄ちゃん離れしなくて困ってるんですよ」

「そうでしたか。でも仲がよろしくていいですね」


 なんとか誤魔化せたか? とりあえず俺もそそくさと自分の部屋へ向かって行った。


 部屋に入ると、腰袋に入っている物を検めた。旅に必要な物はほとんど前の宿屋に置いて来てしまっているので手持ちの荷物はこの腰袋に入っている目眩ましなど、戦闘や逃走に使う物ばかりだった。剣も置いて来てしまっていた。取りに行くのは危険過ぎるな。待ち伏せされている可能性が高い。

 勿体ないが諦めるしかねえな。とりあえず明日の朝一に最低限必要な物を買い揃えて、ラオミリシャが持ってきた魔道具とかを換金しねえと旅どころじゃねえ。


 上手く馬車を捕まえられればいいが、無理なら徒歩で町を出るしかねえな。


 俺は明日からの脱出計画を色々と考えてからベッドで横になった。



 翌朝、俺はラオミリシャから預かっていた魔道具などを持って一人で宿屋を出た。一人の方が行動しやすいし、あいつラオミリシャといると町でボロを出してしまわないか気が気でないからだ。


 額の傷跡は包帯で隠しておいた。朝はフードで隠す方が目立つ気がしたからだ。

 宿屋から近い道具屋を見つけ、カウンターに魔道具たちを並べる。


「これらを換金したいんだが、お願いできるか?」

「買取りですね。分かりました。鑑定させていただきますので、しばらくお待ち下さい」


 俺が出した物は魔石が二つと、込める魔力によってインクの色が変わるという魔道具。価値は全く想像出来ないが、少なくともこういった魔道具を俺は今まで見たことがなかったので、様子見で出してみた。


 ラオミリシャの屋敷からはまだいくつかの魔道具を持ち出しているので、もしあまりにも買取り額が低かったら追加で別の魔道具も買取ってもらおう。

 鑑定を待つ間、何気に店内を見回して見る。

 すると、店の壁の目立つ所に一枚の張り紙を見つけた。


 張り紙か。新しそうだけど何だろうか?

 その張り紙を見た瞬間、驚きのあまり俺は声を上げそうになった。


 その張り紙には、


『手配書。大臣暗殺未遂及び国王暗殺未遂。見かけた者は即座に王国軍に通報されたし』


 という恐ろしい文言と共に額に十字傷の傷跡がバッチリと描かれた俺の人相書きがあった。


 て、手配書!?マジかよ!何でこんなに早く準備出来てんだよっ!?それに大臣暗殺未遂と国王暗殺未遂って……そんなことしてねえよ!


 動揺を抑えていると、道具屋の店員がカウンターに戻って来た。


「お待たせいたしました。こちら三点で、百万ギールでいかがでしょうか?」


 !予想以上だ!それだけあればしばらく宿にも食い物にも困らねえ。


「ああ。それで頼むよ」

「かしこまりました。それではお金を用意しますので、しばらくお待ち下さい」

「ああ」


 店員がまた奥へと引っ込む。


 まさか裏で王国軍に通報してるとか……ねえよな? 俺は不自然なぐらい顔を下に向けて、店員が金を用意する時間をとてつもなく長い時間に感じながら待った。

 戻った店員からお金を受け取ると、誰とも顔を合わせないように一直線に店から出ていった。


 店を出てからは更に周りの目を気を付けながら宿屋へと戻る。戻った俺は身支度を整えるとすぐに部屋を出る。


 必要な物は次の町で買い揃えるしかねえ。とにかく手配書が町に張り出されている以上、一刻も早く町を出ねえと!


 部屋を出た俺はラオミリシャの部屋をノックするが中からはまだ寝ているか、小さな声で生返事が返ってくるだけ。扉のノブに手をかけると扉が開いたのですぐに中に入る。

 鍵も掛けずに寝てるなんて何て不用心なんだ!


 部屋に入ると、膨らんだベッドでラオミリシャがモソモソと動く。布団を剥ぎ取ると、眩しそうな顔をしたラオミリシャが俺の顔を見上げる。


「ん、んあ?起こしに来てくれたのかぁ?」

「んあ、じゃねえ!さっさと起きろ!」


 寝起きのラオミリシャは眠そうに目を擦りながら上体を起こした。薄い肌着しか着ておらず、透き通るような白い肩、腕、足が丸見えになる。


「んー?そんなに慌ててどうしたのじゃ?」

「どうしたじゃねえ!すぐに町を出るぞ!さっさと支度してくれ!」


 ベッドに座っていたラオミリシャを無理矢理引き起こす。フラついた拍子にラオミリシャが俺の体に抱きついてくる。薄い肌着しかつけていないラオミリシャの薄い胸の感触が昨日よりもリアルに俺に伝わる。


「えへへ……ごめんなのじゃ」

「……いいから準備してくれ」


 ラオミリシャは服を着て、濡れた手拭いで軽く顔を拭くと、再びベッドに腰を下ろした。

 しっかりと覚醒したようで、ふぅと大きく息を吐き出すと、俺に視線を向けた。


「で、何をそんなに慌てておるのじゃ?」

「俺の手配書が町に張られてんだよ。これじゃ呑気に道も歩けねえ」

「手配書?」


 俺の人相書きが描かれた手配書をラオミリシャに見せた。道具屋から帰る時に道端の壁から剥がした一枚だ。

 その手配書をラオミリシャがまじまじと見つめる。


「うむ。良く描けてるではないか」

「感心するんじゃねえ!これが色んな所に張られてんだよ!しかも大臣と国王の暗殺未遂だとよ!あいつら王国軍めちゃくちゃだぜ……」


 ふむと唸ったラオミリシャが俺に目を向ける。


「リグス。ちょっと余に顔を近付けてくれんか?」

「え?何するんだ?」


 俺がベッドに座るラオミリシャに顔を近付けると、ラオミリシャが俺の顔を手をかざす。そして小さく詠唱すると、温かい何かが俺の頭を包んだ。


「よし。包帯を取ってちょっと鏡を見てみるのじゃ」

「?鏡?」


 包帯を外し、腰袋の中から手の平ほどの鏡を取り出して覗いてみる。


「!?傷跡が無い!髪の色も違う!?顔も何か……ちょっと違う?」

「どうじゃ?これならリグスとバレんじゃろ?」

「何の魔法だよ、これは?」

「そのままじゃよ。見た目を変化させる魔法じゃ。もちろんいつでも解除することも出来る。これなら堂々とこの町を歩けるじゃろ?」


 ベッドに座ったまま、ラオミリシャがドヤ顔で薄い胸を張った。

 確かにこれなら俺だとバレねえ。ありがたい。でも……、


「こんな便利な魔法があるならさっさと教えてくれりゃ良かったのによ」

「えっ……だって……」


 視線を落としたラオミリシャが口を尖らせる。


「余は……元のリグスの顔の方がいいのじゃ……」


 …………まあ小娘とはいえ、こんな美少女にそう言われると悪い気はしないが、今は緊急事態だ。本音を言うと、本当にさっさと教えて欲しかった。


「とりあえずこれなら堂々と移動出来る。ありがとな、ラオミリシャ」

「えへへ~」


 笑顔になったラオミリシャの手を取り、ベッドから立ち上がらせる。すると、ラオミリシャがくいくいと俺の手を引っ張った。


「?何だ?」

「リグス。余はお腹が空いた」

「あーそうだな。それじゃ、とりあえずどっかで朝飯食ってから必要な物を買いに行くか」

「了解じゃ!」


 ご機嫌になったラオミリシャと、別人の顔になった俺は足取りも軽く宿屋を後にした。

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