第6話 月下の麗少女③

 足裏に地面の感覚と、真っ暗だった視界に光が戻ってくる。

 そこは石造りの部屋だった。窓は無く、壁の一面には書棚が並び、光源の魔道具の明かりが部屋全体を照らしていた。

 部屋の真ん中には年代物のしっかりしたソファとテーブルが置いてあった。


「適当に座ると良いぞ」


 俺の隣で腕を掴んでいたラオミリシャが腕を離してソファに腰掛けた。俺は立ったままラオミリシャに尋ねる。


「ここはどこだ?」

の屋敷じゃよ」

「あの山にあった屋敷か?」

「そうじゃ、屋敷の隠し部屋の一つじゃ」


 辺りを見回しながらラオミリシャの向かい側のソファに腰掛けた。ラオミリシャが満足気な笑顔を見せる。


「ところでお前、名はなんと申す?」

「リグスだ」

「リグス……か。良い名じゃな」

「で、こんな所に連れて来てどうするつもりだ?」

「まあ、とりあえずこれを見るがよい」


 ラオミリシャが指を鳴らして部屋の壁を指差すと、その壁に映像が映し出される。

 数人の男達が見える。見た事のない部屋の中で男達は何かを探しているようだった。


 あの服装……男達は王国軍人か?どこで何を探してるんだ?

 ラオミリシャの方に視線を戻す。


「これはどこの映像だ?」

「今この屋敷の中の映像じゃよ。奴ら、まだ何かを探しているようじゃな」

「この屋敷って……お前。……あいつら、この部屋にも来るんじゃねえのか?」

「そう簡単にこの部屋は見つからん。ま、いずれ見つけるとは思うがの」

「あいつら何か探してるみたいだぞ?」

「そう取り乱すな。そうじゃ、飲み物を入れてやろう」


 ラオミリシャはそう言うと、立ち上がって部屋の片隅から飲み物を入れたコップを持って戻って来る。


「随分と余裕だな。で、この映像を俺に見せてどうすんだ?」

「この軍人達の目的はおそらく余が研究していた魔術や秘法じゃろう」

「大丈夫なのか?そんな物取られて」

「心配いらんよ」


 コップに入った温かい飲み物を口に運んでラオミリシャが微笑む。


「たかが人間ごときにすぐに扱えるような物は置いとらん。それに大事な事はこの中に詰まっておる」


 そう言ってラオミリシャは自分の頭を指差した。また軽く微笑むと、


「つまり余とお前は同じ立場じゃということじゃ」

「同じ立場?どういうことだ?」

「余は住み家を奪われ、帰る場所が無くなった。お前も奴らに追われる身になったのだろう?」


 確かにオリベルト達が目を覚ませば、真っ先に俺を探すだろう。見つかったら捕まる……いや、いきなり殺そうとしてきた奴らだ。まず殺しにくると思って間違いない。

 これ以上このフォートンにいるのは危険だろう。明日にでも町を出なければならねえな……。


 ラオミリシャは無邪気な笑顔を向けながら更に続ける。


「なっ?同じじゃろう?そこで……じゃ。余と一緒に旅に出んか?」

「はっ?何でお前と旅なんだよ!」


 ラオミリシャが背筋を伸ばし、膝を揃える。そして頬を赤らめて真っ直ぐに俺に目を向けた。


「余はお前の妻になるからじゃ!」

「………………へっ?」


 真っ直ぐに俺を見つめるラオミリシャの顔が更に赤くなる。凛々しい表情とは裏腹にどんどん赤くなっていった。


「余はお前の妻になるのっ!なるんじゃ!」

「聞こえてるわっ!何で俺がお前と結婚しなきゃいけねえんだよっ!」

「余がお前…………リグスに惚れたからじゃっ!」

「は〜〜〜〜??」


 何を言ってるんだ、この小娘は!

 山に籠もって人と関わりが無さ過ぎて頭の中がお花畑になってんのか?


 ラオミリシャは視線を落とし、服の膝辺りを触りながら、か細い声で続ける。


「よ、余はな、真剣、なのじゃぞ。そ、その、ほら!家事とかはこれからちゃんと覚えるし……」

「……そういう問題じゃねえ……」

「それに、ほら!か、顔とか見た目も……か、か、可愛いと思わんか?なっ?」

「……はぁ……」


 思わず頭を抱えてタメ息をついてしまった。

 冗談じゃない!結婚は論外として、これまで俺は単独ソロの冒険者で一人でやってきたんだ。今更誰かと一緒に旅?

 たとえ相手がすごい昏睡魔法や回復魔法を使える大魔導師だとしてもまっぴら御免だ。

 チラリとラオミリシャの方に視線を向ける。まだ顔は赤いが、俺に向かって真剣な眼差しを向けている。


 どうやら本気なのは間違いないようだ。だけど何故結婚なんだ?とりあえず真意だけでも確認しておくか?


「なあ、ラオミリシャ」

「な、何じゃ?リグス!」

「惚れたからすぐに結婚って……何でだ?」

「お、おかしいか?」

「いや、普通に考えればおかしいだろ!まあそういうのも場合によっては有りなのかもしれんが……」

「じゃ、じゃあ……」

「ちょ、ちょっと待て!けど俺にも相手を選ぶ権利があるだろうが」

「ん、むぅ……まあ、そうじゃが……」


 駄目だ……こいつは。どう言いくるめられるかすぐに思いつかねえ……。とりあえず話題を変えよう。


「それはともかく、旅に出るって何処に行くんだ?何かアテでもあるのか?」

「む、そうじゃな。余はエルフの里に行こうと思っておるのじゃが……」

「エルフの里?」


 大陸の果ての大森林の中にあると言われているエルフの里。噂には聞いたことあるが、本当にあるのか?

 最近はエルフすらあまり見なくなってるが……。


「エルフの里はあるぞ、リグス。余は一度行ったことがあるからの」

「マジで!?何処にあるか知っているのか?」

「正確な場所までは覚えておらんが、近くまで行けばエルフ達の気配や魔力を探知すれば行けるはずじゃ」

「あまりアテにならねえな」

「そ、そんな事はないぞ!大陸の北の果てにある森林の中じゃ!その森林まで行けば正確に分かるんじゃ!」

「大陸の北か……」


 俺は頭の中で考えを巡らせる……。

 この小娘との結婚は置いておいて、王国軍の奴らを出し抜いてこのフォートン王国から脱出するには俺一人の力ではかなり難しい。

 王国軍が俺を見つける為にどのくらい本気になるのか分からない今、このラオミリシャの昏睡魔法や回復魔法があればかなり心強い。


 まずはフォートン王国からの脱出だ。他の国に行けば奴ら王国軍も無茶は出来なくなるはず……。

 一緒に旅じゃなくてフォートンを脱出するまでなら……。


「じゃあ、ラオミリシャ」

「な、何じゃ?リグス」

「このフォートン王国から無事に脱出できたら……結婚を少〜〜〜〜しだけ考えてやってもいい」

「ほ、ほ、本当か!?リグス!」

「ああ。本当だ。だからこの国を脱出するのを手伝って欲しい」

「お安い御用じゃ!!」


 ラオミリシャが勢い良く立ち上がった。

 俺はさっきから壁に映っている屋敷の映像に目を向ける。


「しかしあいつら……。この三日間ずっとこんな感じなのか?」

「そうじゃな。昼間はもうちょっと人が多いぞ」

「マジか……。それじゃこの部屋にいるのも危険だな」

「簡単には見つからんと思うが、数日の間にはこの部屋も見つけられるじゃろうな」

「それじゃあゆっくりしてられねえな。すぐにでも離れるか」

「そうするか?」


 俺も立ち上がり、辺りを見回す。今気付いたがこの部屋には扉がなかった。

 そうか!さっきの転移魔法か!


「ラオミリシャ。ここから一気にフォートンの町に転移出来るか?さっきみたいに」

「それは無理じゃな。魔法陣で定点を作らんと正確に転移出来ん」

「じゃあ、他に安全に町まで戻る術はあるか?」

「山の麓に昔作った定点魔法陣が残っておる。そこから町まで歩きじゃな」

「使えるのか?」

「今日も余はそれを使って町まで行ったのじゃ。問題ない」

「よし」


 町までのルートは大丈夫だな。するとあとは……。


「ラオミリシャ。お前、金は持っているか?」

「金か……。金はないが、金目の物ならいくつかあると思うぞ?」


 そう言ってラオミリシャは書棚の隣にある棚に向かう。その棚には水晶やら石やら魔道具が整理して置かれていた。


「このへんの魔石や魔道具なら売れば多少の金にはなると思うが……」

「うむ。そうだな。だが、出来るだけ身軽にして動きたい。かさ張らなくて値打ちがありそうな物をいくつか持って行くぞ」

「了解じゃ」


 ラオミリシャはいくつかの品物を袋に詰めると、俺の方に振り返る。


「よし!リグス。準備出来たぞ」

「分かった。じゃあ、山の麓まで転移してくれ」


 すぅっとラオミリシャが俺の隣に寄り添う。さっき転移してきた時よりも体を密着させて俺の腕を掴む。あまり厚みのない胸が腕に当たる。


「えへへ……じゃあ、転移するぞ?リグス」

「…………さっさと頼む」


 ラオミリシャが小さく詠唱を始め、俺達の体は部屋から消え失せた。

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