第5話 月下の麗少女②

 剣が振り下ろされるのを待つ俺の耳にオリベルトの部下の怒声が聞こえた。


「お、おいっ!お前!この先は立入禁止だ…………ふへっ!」


 声のした方に目を向ける。俺の側で剣を振り上げていた男も動きを止めて、そちらに目を向けていた。

 オリベルトが声を荒げる。


「おいっ!何をしている?誰もこの区画に入れるなと言っただろう!」


 なるほど……この辺りの人払いをしてたわけか。どおりであの建物の周りに人が少なかったわけだ。俺やオリベルト達の視線の先には薄暗い路地を悠然とこちらに向かって歩く長い髪の女の姿が見えた。その女の前にオリベルトの部下が立ちはだかる。


「すみません、お嬢さん。この先で今、犯罪者を捕らえているのです。危険ですからお戻りいただけますか?」


 立ちはだかった部下の男よりもかなり小柄な女はその男の顔を見上げた。

 月明かりに照らされたその女は鮮やかな長い銀髪に緋色の瞳、透き通るような白い肌。

 美少女と言える整った顔をその男に向ける。

 少女の小悪魔のような笑みを受けた男が、一瞬たじろいだかと思うと、男は無言でそのまま膝から崩れ落ちた。


「おいっ!そこの女!何をしたっ!?」


 オリベルトが声を上げ、周りの部下達がその少女の前に立ちはだかる。

 俺は何が起こっているのか分からないまま、その様子を見つめる。


「やっと見つけたのじゃ。はその男に用があるのじゃ。道を開けよ」

「ん?何を言ってい…………」


 少女は俺を指差し、そしてそのまま手をかざした。ほのかに光る緑の光源がその手に宿り、一瞬で弾けた。弾けた小さな光の粒がオリベルト達に当たり、オリベルトを含む男達がバタバタとその場で倒れだした。


 !?な、何をした?こ、殺したのか!?


 俺はすぐ側に倒れた男を見ると、男の胸はゆっくりと上下している。呼吸があるということは寝てる……のか?

 強力な昏睡魔法の類か?


 少女は男達を避けて側まで来ると、俺の顔を覗き込むように屈んだ。

 かなりの美少女。歳は十五、六ぐらいだろうか?華奢とも言えるくらいに細い体をしている。

 少女は手を伸ばし、俺の額の十字傷に軽く触れる。


「この魔力……そしてこの傷……。間違いない。お前が余の心臓を射抜いた男じゃな」


 え?こいつ?誰だ!?


 少女は俺の体を見渡して、


「じゃが、かなり手酷くやられたみたいじゃな。どれどれ……」


 少女は俺の左腕、右足と、順に回復魔法を施していく。高レベルの僧侶や治癒士並の回復魔法に左腕の感覚が徐々に戻っていき、矢で射たれた右足の痛みも引いていく。

 感覚が戻った左腕の感触を確かめて、俺は座りながら目の前にいる少女に問い掛ける。


「君は一体誰だ?」

? 余が誰か分からんか? ほれ?」


 一瞬驚いた表情をした少女は立ち上がると、くるっと一回転して俺に全身を見せた。そして満足気な笑顔を見せる。


「どうじゃ?分からんか?」

「…………すまんが、分からん」

「ええ〜〜……。ま、しょうがないかの。体は別人だからの」


 少女は背筋を正すと、


 「余は……ラオミリシャじゃ」


 ……ラオミリシャ。……あの山の魔導師!!

 こんな女の子だったのかっ!?


「ラオミリシャって、あの山に籠もってた魔導師か?」

「そうじゃ!そうじゃ!余がそのラオミリシャじゃ」


 ラオミリシャと名乗った少女はえっへんと薄い胸を張った。

 俺は壁にもたれながら立ち上がった。


 殺す目的なら俺に回復魔法など使わないだろう。何か別の理由があるとは思ったが、念の為に聞いてみる。


「ここに何しに来た?俺を殺しに来たのか?」

「殺す?とんでもない。それよりもお前の顔をもう少しよく見せてくれんか?」


 ラオミリシャは更に俺に近付き、俺に顔を寄せる。かなりの美少女だとは思うがまだ子供のような幼い表情だ。本当に二百年以上も山に籠もっていた魔導師なのかと考えながら、彼女の全身を見渡してみた。体つきもまだまだ発達途中といったところか。

 ラオミリシャがまた手を伸ばし、俺の額の十字傷に触れる。


「お前……余に使った魔法はメルトスピアじゃな?」

「ああ。そうだ。よく知っているな」

「そりゃ知っている。余がかなり前に作ったゴミ魔法じゃからな」

「お前が作った?」

「うむ。全く使えんから魔導書に刻印と共に封じたはずじゃがな。よく見つけたものじゃ」

「ああ。あの魔導書はお前だったのか。昔、依頼達成のおまけで貰った魔導書にあの魔法メルトスピアが封印されてた。誰も刻印が開けられなかったみたいでな。それで俺に押し付けられた」

「そのメルトスピアが使えるということは相性が合って、刻印が開けたんじゃな?」

「そうみたいだな。かなり特殊属性だったみたいだな」

「うむ。単純な風属性にしたがったんじゃが、失敗したんじゃよ。えへへ」

「えへへじゃねえよ」


 ラオミリシャが周りに転がるオリベルト達に視線を移した。


「こいつらは軍人か?」

「ああ。そうだ。このフォートン王国の軍人で、お前を殺すよう俺に依頼してきた依頼主様だよ」

「なるほどの……」

「こいつら、まさかこのまま目が覚めないのか?」

「ただの昏睡魔法じゃ。じきに目覚めるじゃろうて。それよりも……」


 ラオミリシャは急にモジモジしだして上目遣いで俺の顔を覗き込む。


「お、お前は独り身かの?」

「ん?ああ。そうだが?」


 ラオミリシャが歯を見せて笑顔になると、


「そうかそうか。よしよし。では少し場所を変えるぞ?良いな?」

「あ、ああ?えっ?」


 ラオミリシャは俺の腕を掴むと、何か短く詠唱を始めると、俺は視界と重力の消失を感じた。

 数秒後、俺はそれが転移魔法によるものだと気付いたのだった。

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