第4話 月下の麗少女①

 フォートンの町に戻った俺はオリベルト達と別れて、簡単な食事をとった後すぐに宿屋に向かった。そして部屋に着いて腰の剣だけを外すとベッドへ飛び込んだ。


「あーー!疲れたぜー!ったく。何であの魔法メルトスピアは魔力調整が全然出来ねえんだ!一発撃っただけで歩くのも精一杯だわ。馬車で行ってなかったらマジで帰れんかったぜ」


 ベッドで横たわりながら腰袋を外し、部屋の窓から外を見る。もう外は完全に夜になっていた。

 夜になったらあの魔導師の山に登るのも時間がかかるだろうな。だとしたら魔導師の生死確認は明日以降だろうな。

 あの魔導師……ラオミリシャとか言ったか?

 最後に俺に向かって笑いかけてなかったか?

 まさか俺に……呪いとかかけたりしてねえだろうな?


 呪いなど分かるはずもないのに両手を眺めてみるが、俺の体は特に今の所は異変は無さそうだ。


 しかし一億ギールか……。王国軍への特別入隊は考えるとして、それだけの金があれば当分何もせずに暮らしていけるな。

 さて……何して遊ぶかな……。


 そんな妄想をしていたら、俺はいつの間にか眠ってしまっていた。



 

 そして朝の日差しと部屋の扉をノックする音で俺は目覚めた。どうやら朝まで眠りこけてしまったようだ。

 昨日のままの格好だからそのまま起き上がって扉の前に向かい、ノックしてきた相手に問いかける。


「どちらさん?」

「大佐より手紙を預かっております。扉の下から入れますので、ご確認下さい」


 いかにも軍人口調の男から返事があった。そして扉の下から一通の手紙が滑り込んでくる。


「では自分は失礼致します」


 男ほそう言い残すと、足音が扉から離れて行った。手紙を拾い上げて早速中身を検める。

 文面はオリベルトの名前で、報酬を三日後に渡すので指定の場所に取りに来いと記されていた。

 どうやら魔導師は無事に討ち取れていたらしい。


 一億ギールっ!よしっ!これで手に入るっ!

 俺は手紙を握り締め、思わずその場で小躍りしていた。




 三日後、俺は手紙にある町外れに近い指定の場所に向かっていた。時間も夕方に指定されていて、既に陽はかなり傾いていた。

 手紙にあった建物らしき物を見つけ、少し離れて様子を窺うと建物の前には魔道士討伐の時についてきていたオリベルトの部下が二人、見張りのように建物前に立っていた。


 二人の前に近付いていく。


「オリベルト大佐に指定された場所はここで合っているか?」

「はい。どうぞ中にお入り下さい。中で大佐がお待ちです」


 男の一人が扉を開けて、俺は建物の中に入って行った。

 王国軍の建物なのだろうか?木造の建物はかなり傷んでいてかなり古い物のようだった。廊下を歩くたびに足元で木の擦れる音が響く。


 建物の中にいた別の男が俺を奥の部屋に案内する。そして廊下の一番奥の部屋へと通された。

 中にはテーブルと椅子が置いてあり、正面にオリベルトが座っていた。両脇にはダンツと別の部下が控えていた。


「わざわざお越しいただき、ありがとうございます」

「いや、別に構わねえよ」


 俺は部屋に入った瞬間……いや、建物を見た瞬間から何か違和感を感じていた。しかしその違和感は、この後に高額の報酬を受け取れるという嬉しさで抑え込んでしまっていた。


「どうしました?とりあえずお掛け下さい」


 オリベルトが俺に促すが、何か嫌な予感がしたので、立ったままやんわりと拒否する。


「いや、今日は報酬を受け取ったらすぐに帰るから構わねえよ」

「そうですか……」


 いつの間にか俺を案内してきた男が俺の背後に移動する。オリベルトがテーブルに肘をついて頬杖をつく。


「報酬はどこだ?」


 俺の問い掛けにオリベルトは答えない。やはり違和感……嫌な予感が的中しそうだ。


「メルトスピア……。貴方のその魔法は非常に強力だ」

「ああ。ありがとよ。あんなクソ魔法でこんないい稼ぎが出来るとは思わなかったぜ。感謝するよ」

「そして非常に危険だ」

「……どういうことだ?」

「私が貴方に仕事を依頼した時に話した内容……その中に嘘が含まれているんですよ」

「嘘……?」

「ええ。貴方に仕事を確実に受けてもらうための嘘です」


 この部屋には俺以外に四人の男がいる。オリベルトと他に三人。一人は既に俺の背後にいる。頭の中で色々シュミレーションしながらオリベルトに問い掛ける。


「へえ?どの部分だ?」

「あの魔導師……ラオミリシャについてです」

「魔導師がどうした?」

「実はあの魔導師の魔獣は人間を襲ったりしていないんです。ただ山にいるだけ。ただそれだけの存在だったんです」

「ということは旅人や行商人が襲われたっていうのは……」

「はい。嘘です」

「なるほど……。じゃあ何故、王国……いや国王はわざわざ山に籠もっているだけのその無害な魔導師を殺そうとしたんだ?」


 オリベルトが腕組みをして首を傾ける。


「それを知ったら貴方……いや知らなくてもここで死んでもらいますけどねっ!殺れっ!」


 背後にいた男が剣を抜き、斬りかかってくる。上体を倒して躱す。切っ先が左肩を掠めるが、俺は右に大きく跳んで床に転がった。右手を腰袋に突っ込んで二つの玉を引っ掴むと力一杯放り投げた。

 床と壁に当たった玉が小さな破裂音と共に大量の黒い煙を吐き出し、部屋はあっという間に真っ黒な煙で充満する。


「ぐっ!お前達!その男を逃がすなっ!」


 焦ったオリベルトの声が部屋に響く。視界が利かない中、俺は入って来た扉の方に向かって走り、最初に斬りかかってきた男を体当たりで吹き飛ばすと、扉から廊下に転げ出た。


 建物の入口の方から、こっちに向かって二人の男が剣を持って廊下を走ってくる。俺は更に腰袋から玉を取り出し、二人の男に向かって投げつけた。

 男に直撃した玉が弾けて赤い噴煙が上がる!


「ぐあっ!」「うおっ!??……目がっ!!」


 赤い噴煙の正体は刺激剤だ。細かい粉末状の刺激剤が男達の目や口に焼けるような痛みを与える。二人の男は剣を取り落とし、目を抑えながらその場でのた打ち回る。

 腰袋から噴煙避けのゴーグルを目に押し当てて、俺はのた打ち回る二人をすり抜けて建物の外へと飛び出した。


 何処へ逃げる?町か?それとも外か?

 道に飛び出した俺に気付いた二人の男がこちらに向かって走り出して来た。

 どうやらまだ別に見張りがいたみたいだ。


 俺はその男達とは反対方向、町の外の方へと駆け出した。


「痛っ!」


 右足のふくらはぎに激痛が走った。追いかける軍人が放ったボウガンの矢が刺さっていた。

 俺はその矢に構わず足を引きずりながら走った。その間もオリベルトの部下が放つボウガンの矢が俺の側を掠めていく。

 俺は射線から外れる為にすぐ脇の路地裏へと駆け込んだ。


 足を引きずりながら、路地の角を曲がろうとした瞬間、左側からまるで走る馬にでもぶつかったかのような衝撃を受けて俺は吹っ飛び、壁に打ち付けられた。


「がはっ!」


 壁に打ち付けられた俺はそのまま地面にずり落ちる。地面に座り込んでしまった状態で衝撃波が来た方に視線を上げると、そこには悠然とこちらに向かって歩いてくるオリベルトの姿があった。


「予想通りこちらに向かって逃走してくれましたね」

「……お前の……魔法か?」

「ええ。私の打撃魔法です」


 俺はオリベルトの魔法で壁に吹き飛ばされたようだ。頭を強く打ったせいか、視界がくらくらする。斬られた上に衝撃を食らった左腕は痺れて感覚がなかった。

 オリベルトが俺の数歩前で立ち止まる。追い付いてきた部下達が俺を取り囲んだ。

 刺激剤で目をやられた二人はいないようだが……。


「大人しく殺られていれば良いものを……」

「ぐっ…………」


 部下の一人が俺の側に来て、目の前で剣を振り上げた。


「……一つ聞いていいか?」


 俺は座ったまま右手を小さく挙げた。

 オリベルトが部下を制止して短く答える。


「いいだろう。何だ?」

「何故、俺は殺される?金が惜しくなったか?」

「ふははは。金は最初から払う予定ではなかったよ。残念だったな。お前のメルトスピアは危険と判断された。だから殺されるんだよ」

「……へっ、使えねえクズ魔法だぜ?」

「だがソレイナ山の大魔導師を倒した。そしてそのメルトスピアの超遠距離攻撃は国王の命も奪う事が出来る。違うか?」

「……ま、出来ねえこともねえかな?」

「だから危険なのだよ。なので消す事にしたのだ」

「……何だそりゃ?……考え方が極端過ぎるだろ……」

「国王の危険を排除する為だ。冒険者一人の命など取るに足らん」

「……そうかよ…………」


 俺は項垂れて……目を閉じた。


 俺の冒険者人生が人間の手で終わらせられるとは……。


 

「……逃げ専上等。生き延びた奴が強者……」

 

 何もかも中途半端だった俺もこれで終わりか……。

 自分の冒険者としてのポリシーを呟きながら俺は完全に観念した。

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