第3話 Bullet in the heart②

 朝日が差し込む城下町フォートンの東門。

 その傍らに数人の男達がいた。その一団に向かって一人の男が歩いて近付いてくる。


 短めの長剣を差し、腰の前後に腰袋ポーチを下げた額に十字傷のある男。

 リグスは男達の一団に知った顔を見つけ、片手を挙げる。


「おー。オリベルト大佐。待たせたか?」

「いえ。問題ありません」


 リグスはオリベルトを含めて六人いる男達を見回す。その中には前に会ったダンツの顔もあった。


「大佐。これは軍の人達か?」

「はい。全て私の部下です。任務ではありませんが、万が一に備えて同行させます」

「へぇ〜」


 軍服こそ着ていないが、皆精悍な顔つきをしていた。体つきも冒険者の剣士のようにガッチリしている。

 オリベルトがリグスが腰に下げている剣に目を向ける。


「おや?剣を使われるので?」

「ああ。一応な」

「古代魔法を使うので魔法使いと思っていましたが、違うのですか?」

「まあ一応剣も魔法も両方使える。他の武器もひと通りは使えるけどな」

「ほほう。器用な方なのですね」

「へっ。色々と中途半端なだけだ。ま、器用貧乏って奴だ」


 リグスとオリベルトが話す一団に一台の馬車が近付き、側で停まった。


「ではこちらの馬車でソレイナ山の頂上が見える場所まで案内します」

「ああ」


 乗り付けられた馬車にリグスが最初に乗り込むと既にフードを被った一人の男が荷台に乗っていた。リグスに続いてオリベルトや彼の部下達も乗り込むと馬車は静かに動き出した。


 リグスは向かい側に座るフードの男に胡乱げな視線を向けていると、オリベルトが口を開いた。


「ああ、こちらは私達の上官です。理由あって紹介は出来ませんが、今回の見届人になってもらっています」

「ふーん。なるほどね……」


 リグスはフードの男の顔を見るがフードに隠れて口元しか見えない。



 そんなに若くはないな。上官と言ってるから四十代ぐらいか?まあ見たところでこの町に知り合いなんているわけもないけど……。


 馬車は街道から山道に入り、徐々に山の頂上へと近付いていた。

 そして陽もかなり高くなったところで馬車の進みが緩くなり、やがて停まった。

 そこから更に徒歩で狭い山道を進むと、拓けた広場のような高台に到着した。

 高台からは周りの山岳地帯が見渡せる。

 そしてその真正面には今リグス達がいる山よりも少し低いが整った円錐状の山が見通せる。

 その山は緑に覆われているが頂上近くにこの場所と同じような広場があった。そしてその広場の真ん中に石造りの家が見える。


「この正面の山がソレイナ山。そしてあの石造りの家が魔導師の屋敷です」


 オリベルトはソレイナ山を指差しながらリグスに伝えた。リグスは腰袋から双眼鏡を取り出しソレイナ山全体を見回す。



 あの家が魔導師の屋敷……。窓は多いな。周りに比較出来る物がないから分からんが、結構大きい建物みたいだな。それとこれが……?


 円錐状のソレイナ山の上部をすっぽりと包むように薄い球体の膜のような物が見えた。

 まるでソレイナ山に巨大なシャボン玉が突き刺さっているような形だ。


「あの球体の膜が魔導師の結界です」


 オリベルトが双眼鏡を覗くリグスに話しかけた。オリベルトも自らの双眼鏡を覗いていた。


 結界はソレイナ山の頂上と魔導師の屋敷をすっぽりと包みこんでいた。

 双眼鏡から目を離すとオリベルトに向き直る。


「で、あの屋敷の中にいる魔導師を俺がここからメルトスピアで撃つ、というわけだな」

「ええ。そうです。出来ますか?」

「距離は問題なさそうだ。だが結界が分からねえ。あれが魔法を弾いたらお手上げだ」

「そうですか」

「まあ、撃ってみないと分からないからな。とりあえず撃ってみるけどよ」

「お願いします」


 再びリグスが双眼鏡で屋敷に目を向ける。


「けど……。魔導師は姿を見せるのか?」

「はい。一日の間に何度か姿を見せます。屋敷の前をウロウロと歩き回ることもありますから」

「随分よく知っているな」

「結構観察しましたから」


 リグスは双眼鏡から目を離すと、腰袋から皮のベルトを取り出して双眼鏡に取り付ける。


「それは?」

「見てれば分かるよ」


 リグスが双眼鏡を目にあてて、ベルトを耳の上から頭に一周させた。これにより両手を離しても彼の双眼鏡は目に当てたまま固定された。


「双眼鏡ゴーグルってとこだな」

「なるほど。何故両手が?」

「片手じゃメルトスピアが撃てないんだよ」


 リグスは双眼鏡ゴーグルを着けたまま片膝をつき、視線を魔道士の屋敷に向ける。彼の周りはオリベルトや彼の部下達が取り囲む。

 その中にはフードの男もいて、フードの男も無言でリグスの後ろから自らの双眼鏡を覗き込む。

 リグスが周りの男達に聞こえるように声を発する。


「さあ、こっから持久戦だな。魔導師が早く姿を現すように祈っててくれ」


 リグスは片膝を地面についた姿勢のまま両手を前に突き出した。



 

 男達が固唾を呑んで見守る中、リグスは魔導師の屋敷の入口に異変を感じた。屋敷の木製の扉がゆっくりと開いていく。

 隣で同じように双眼鏡を覗いていたオリベルトが声を上げる。


「あれです!魔導師です!」

「出て来たか!」


 屋敷から姿を表したのはフードを被り、深い紫色のローブに身を包んだ人物だった。顔は影になって見えず、背丈もこの距離では正確には分からない。全身を包むローブで男か女かすらも分からなかった。


「あれだっ!あれが魔導師だ!」


 リグスの後ろにいたフードの男も声を上げた。

 リグスは詠唱を始めた。



 アンタに恨みはねえけど……悪く思うなよっ!


 

「メルトスピアっ!」


 リグスの周りの空気がそよ風になり、ソレイナ山に向かう。そしてその風は周りの空気を取り込みながら加速し収縮していく。

 どんどん加速する風は小さく一点に集約していく。

 鋭い風の槍と化してソレイナ山に向かっていき、結界に接触すると、何もなかったように風の槍は更に鋭さを増して一直線に魔導師に向かう。


 どんっ!!


 魔導師が驚愕の眼差しをリグスの方に向けた。無論この距離では魔導師が肉眼でリグス達の姿が見えるということはない。

 そして魔道士は自分の体に視線を落とす。そこで魔道士は自分の胸に大きな風穴が開いている事に気付いた。

 膝から崩れる魔導師。


「やったか?」

「おおおーー!」


 オリベルト達が歓喜の声を上げるが、リグスはまだ魔導師の顔から視線を外さない。


「大佐!あれは!?」


 部下の一人が声を上げ、オリベルトは双眼鏡から目を離した。部下の指差した先には魔導師の結界があった。その結界の一端が大きく歪んでいたのだ。

 その歪みは徐々に結界全体に広がっていく。そして……


 パリンッ!


 華奢な硝子細工が石床に落ちたような音と共に結界が弾けて消えた。まさにシャボン玉のように。


 その間リグスは一人ずっと魔導師を双眼鏡越しに見ていた。そして魔導師がこちらに向けて薄く笑みを浮かべたと思った瞬間、そのまま魔導師は地面に前のめりに倒れ込み、同時に結界が弾け消えたのだった。

 リグスの後ろでフードの男が声を漏らす。


「ついに……ついに、ラオミリシャを倒したか!」


 ラオミリシャ……?あの魔導師の名前か?


 リグスは双眼鏡ゴーグルを外して立ち上がると、隣にいたオリベルトが右手を差し出す。その手を握り返すと、


「ありがとうございます。ついにあの魔導師を討伐出来ました」

「あ、ああ。そうだな」


 傍らにいたフードの男の鋭い声が飛ぶ。


「オリベルト大佐!」

「はっ!心得ております」


 フードの男は踵を返すと、馬車に向かって歩き出した。オリベルトはその姿を敬礼で見送ると、リグスに向き直った。


「では、我々は今から魔導師の生死確認に向かいます。今しばらくお待ちいただきたい」

「あ、ああ。分かった。じゃあ、俺は宿で待っていればいいのか?」

「ええ。確認後に使いの者を送ります」

「よろしく頼むよ」


 辺りは日が暮れだしていたが、リグスとオリベルト達は行きと同じ馬車に乗り込み、フォートンの町へと戻って行った。

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