第2話 Bullet in the heart①

 リグスが怪訝そうな目をオリベルトとダンツに向けるが、オリベルトは気にした風もなく更に言葉を続ける。


「ここでは少し話しにくいですから、席を移しましょう」


 徐々に混みだしてきた店内を見回してオリベルトが女給を呼び寄せる。何事かその女給に小声で伝えると、すくと立ち上がった。


「店の奥の個室が空いているそうです。そちらで詳しくお話ししましょう」


 オリベルトとダンツに連れられてリグスは酒場の奥の方へと移動する。通された先は六人ほどが掛けられるテーブルのある小さな個室だった。

 いわゆる富裕層や上級な客が利用する特別室だ。リグスはそんな特別室に入るのはもちろん初めてだ。

 オリベルトは慣れた感じでリグスをテーブルへと招いた。


「どうぞ、掛けてください。こちらなら人目を気にせず話が出来ますので」

「へへぇ~、さすが王国軍の大佐殿だね」

「いえいえ。私も滅多に使いませんよ」


 三人がそれぞれに腰を掛けると、オリベルトがにこやかな笑顔を浮かべてリグスに向き直る。


「では、早速本題に入らせていただいても?」

「ああ。どうぞ」

「ソレイナ山の大魔導師というのはご存知ですか?」


 リグスは少し考えるように顎に手を当てる。


「ああ、噂程度には。だがすまんな。俺はこの町に来て日が浅いんだ。詳しい事までは分からねえ」

「そうですか。分かりました。ではまず、その魔導師について説明します」


 オリベルトはそう言うと、魔導師について説明をしだした。



 ……ソレイナ山の大魔導師。

 この城下町フォートンの東にあるソレイナ山の頂上付近に住まう魔導師。

 伝承によるとその魔導師は自らの体を不死の賢者リッチーに昇華させるため、二百年以上前からソレイナ山の屋敷に籠もり古代の秘法や魔術を研究しているという。


「ちょ、ちょっと待て!」

「何ですか?」

「二百年以上前って……もう既に人間じゃねえじゃねえか!」

「そうかもしれません」

「かもしれませんって……。ホントにそんな魔導師いるのか?誰か見たのかよ?」

「ええ。姿は確認されています。隣の山から望遠鏡を通して……ですが」

「望遠鏡?」

「はい。ソレイナ山の頂上には近付けないんです」



 その魔導師はソレイナ山頂上付近に召喚した魔獣を解き放ち、更に山の頂上を囲むように結界が張られているという。人や外界との交流を一切断ち切って山に籠もっている。


「じゃあ、その魔導師の屋敷には近付けねえってことか?」

「はい。ですが無理に結界を破ろうとしたりしない限りは向こうから手出しすることもありませんし、魔獣も近付く人間を追い払うだけでしたので、以前までは特に被害はなかったのですが……」


 オリベルトの目つきが鋭くなる。


「ここ数年、旅人や行商人がその魔獣に襲われる被害が増えてきたのです」

「ほう。何か理由でも?」

「分かりません。ですので我々王国軍も奴を討つための討伐隊を編成したり、冒険者に依頼を出したりしたのですが……」

「結果が芳しくないってことね」

「はい。おっしゃる通りです」


 リグスはふぅっと息を吐き、テーブルの上の麦酒を一口運んだ。オリベルトとダンツに目を向けるが、二人は無表情のままリグスを見つめる。


「で……、俺を選んだ理由は?」

「偶然、貴方が話しているのを聞いてしまいまして……。超遠距離攻撃魔法メルトスピアを使えると」

「なるほど……。確かにこの酒場で若い冒険者相手に何人かに喋った記憶があるな」

「こちらでメルトスピアという魔法について調べました。何でも失われた古代魔法の一つみたいですね」

「そうらしいな」

「どこでそんな魔法を?」

「悪いがそれを教える義理はないな」


 オリベルトはその答えに表情を崩すことなく続ける。


「そうですか。ではそのメルトスピアの威力を買って、貴方にこの魔導師の討伐を依頼したい」


 リグスが背もたれに身を預けて少し上に視線を上げた。


「うーん。魔獣とかならともかく……。人間を殺す依頼となると……」

「奴はもう既に人間ではありません。二百年以上も山に居座り続けている魔物です」

「まあ確かにそうかもしれねえが……」


 渋る様子のリグスにオリベルトはテーブルに少し身を乗り出し、少し声のトーンを落とす。


「これは非公式の討伐依頼ではありますが国王の許可を得た、いわば王命です。それなり……いや、かなりの報酬を準備しております」


 かなりの報酬という言葉にリグスが反応する。自分のがめつさに舌打ちしながらリグスもテーブルに身を寄せる。


「なるほど……。一応、どのくらいか聞いておこうか?」


 するとオリベルトは人差し指に天井に向けた。


 

 百万?いやいや、かなりって言ってたからな。ひょっとしたら一千万とか?いや、いち冒険者にそこまでの報酬は用意しねえか……。



「一億ギールです」

「………………!?ぐぇっ!?い、い、いち……」


 予想外の金額にリグスは文字通り言葉を失った。一億ギールといえばこの城下町の一等地に豪邸を建ててもまだお釣りがくるような金額だ。リグスが瞬時に頭の中で計算する。


 俺があと二十年……いや、三十年冒険者やってもそんな金稼げるか?いや、無理だな。その前に死んじまうわっ!


 動揺を隠そうとするリグスに更にオリベルトが追い打ちをかける。


「更に討伐後、我々フォートン王国軍への特別入隊も認めます」


 リグスは思わず目を見開いてオリベルトの顔を見る。オリベルトの表情は堂々としており、リグスの視線を真正面から受け止める。


 

 こいつ……、マジでそんな報酬を用意してんのか?金もそうだが、王国軍への特別入隊っていったらもう一生安泰みたいなもんだぞ?


 動揺するリグスとは裏腹にオリベルトは真剣な眼差しでリグスを見据える。

 軽く息を吐き出し、リグスが言葉を絞り出す。


「もし……討伐に失敗した場合は?」

「報酬を受け取れないだけです。貴方のメルトスピアが本当ならば、すぐに魔導師から反撃を食らうということもないでしょう?」

「確かにな……。罰則とかは無いんだな?」

「ええ。我々は何もしません」


 腕組みして考えたリグスの口角が上がる。


「よしっ!分かった。その依頼受ける!」

「ありがとうございます。では、前祝いに乾杯でもしますか?」

「いいねぇ!よしっ!いったるか!」


 オリベルトは女給を呼びつけ、個室のテーブルには豪華な酒や食事が次々と運ばれてきた。




「それじゃ、明後日だな!ご馳走さんっ!」

「お気を付けてお帰り下さい」


 酒場を出て、リグスはオリベルトとダンツに見送られ千鳥足で帰って行った。

 リグスが見えなくなると、一人の男が酒場から出てきてオリベルトに近付き、オリベルトがその男に向き直る。


「どうだ?描けたか?」

「はい。こちらです」


 男は一枚の紙をオリベルトに差し出した。その紙にはリグスの顔が描かれていた。


「うむ。まあまあだな。この額の十字傷はいい目印になるな」

「ありがとうございます」

「使うかは分からんが一応準備はしておけ」

「はっ!」


 オリベルトは東の空へと視線を向けた。


「あの男があの大魔導師を殺せるか……見物だな」

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