逃げ専冒険者と大魔導師〜山に籠もっていた大魔導師を討ち取ったら美少女に求婚されたり、逃亡することになったり色々と人生が劇的に変わってしまった話〜

十目イチヒサ

第1話 Prologue

 フォートン王国の首都で城下町フォートン。

 日も沈み、この町の多くの酒場では旅人や仕事を終えた労働者、そして冒険者達で賑わっていた。

 そんな酒場の一つ。広めの店内の隅のテーブルでは若い三人の男を相手に一際大きな声で話す男がいた……。


「……だから俺はよ、十年以上も冒険者が出来てるワケよ!分かる?」

「……は、はぁ……」


 困惑した三人の若い男はお互いの顔を見合わせ、酒で顔を紅潮させて語る男に答える。

 いい感じで酔っ払っている男リグスは若い冒険者達に自分の冒険者としての経験談を熱弁していた。ただ……途中からは同じ話の繰り返しで、若い冒険者達は困惑の表情を浮かべながら、お互いにこの酔っ払いリグスから逃れる術を模索していた。


「この額の傷もな……、ひっく。いわば勲章ってヤツだな!なっ!カッコいいだろ?」

「え、ええ。そうですね」


 このやり取りも数回目だった。リグスは自分の額にあるかなり目立つ十字傷を見せながら酒臭い顔を男達に近付ける。


「あとな……。俺しか使えない攻撃魔法ってのがあんだよ……。メルトスピアっつってな。射程距離がめちゃくちゃ長いんだよ!隣の山のてっぺんまで届くくらい長えんだよ!すげえだろ!」

「へ、へえ。すごいっすね……」

「だろ?だけどこれがよ……、全っ然役に立たねえんだよ!何でだと思う?」

「え……?何でなんすか?」

「近くだと全っ然威力ねえのよっ!ほとんどそよ風!遠くだと一撃で大型の魔物仕留められるくらいすげえ威力なのによっ!だからせっかく遠距離で大型を仕留めてもよ、素材回収するのにめちゃくちゃ歩かねといけねえの!ギャハハハ!」

「……そうなんすね、あははは……」


 リグスの話がひと区切りしたと判断した三人は一斉に席を立つと、


「じゃ、リグスさん。色んな話ありがとうございます。俺ら、明日のクエスト早いんでこのへんで……」

「お、お?そうか?ははは、悪かったな。付き合ってもらってよ」

「い、いえ。別に……。それじゃ、失礼します」

「おう!じゃあ、気を付けてな!いいか!冒険者は『生き延びた奴が強者』だぞ。無理すんなよ」

「は、はい。ありがとうございます」


 三人は愛想笑いを浮かべながらリグスを残してテーブルを後にした。

 残されたリグスは三人の背中を見送ると、テーブルの杯に手を伸ばし、一気に呷った。

 ふーっ、と深く息を吐き出すと、


「いいね~……。若いってのは……。俺にもあんな前だけ見てた時期があったっけか?……」


 誰もいないテーブルで誰にも聞こえないような声で呟いた。そしてテーブルに残った料理に手をつけながら上を向いて目を瞑った。


 

 一人になり、そんな感じでちびちびと酒を呑んでいるリグスを少し離れた席から鋭い目つきで見つめる男がいた。男は向かいに座る男に目配せをすると、


「聞こえたか?さっきのあの男の話」

「はい。遠距離攻撃が出来る魔法メルトスピアとか……」

「ああ。使えるかもしれんな……。そのメルトスピアという魔法、どういう魔法なのか早急に調べてくれ。私は一応ニーデル様に報告しておく」

「はっ。了解しました」

「これは面白い見つけ物をしたかもしれん……」


 リグスを見つめる二人の男はすくと立ち上がるとわざわざリグスの側を通って顔を確認し、そのまま酒場を後にしていった。



 数日後、同じ酒場の片隅でリグスは一人でテーブル席につき、一人で酒を飲みながら食事をとっていた。

 リグスがこのフォートンの町に来てから二週間ほど。冒険者でありながらこの町では冒険者ギルドでもクエストも受けず、毎日のように日雇いの肉体労働をして生活していた。

 蓄えが全く無いわけではないが、何もしないで日中を過ごすよりはマシだと思って、比較的楽な仕事を選んで毎日を過ごしていた。たまに自分が冒険者と名乗って良いものかと自問することも多くなりだしていた。


「……そろそろマジで冒険者辞めて転職するかぁ……?」


 自分以外誰も座っていないテーブル席で、食事を終えた彼が酒を片手に静かに呟いた。

 まだ日も暮れて間もない時間帯。店内は徐々に仕事を終えて食事に来る客が増えだしていた。


 ふとリグスが店内に目を移すと銀髪と黒髪の二人組の男がこちらに近付いてくる。そしてリグスと目が合うと、銀髪の男が軽く目礼をしてテーブルの側で立ち止まった。二人とも小綺麗な平服を着ており、旅人や労働者には見えない。


「こちらの席、よろしいですか?」

「あ、ああ。別に構わねえけど……?」


 リグスは男にそう問われ、周りを見渡すが相席をするほどまだ店内は混み合っていない。二人の男はお辞儀しながらリグスの向かい側の席に座る。


 何が目当てだ?チンピラや強盗とかには到底見えねえし、かと言って冒険者ぽくもない……。知り合いにこんな男は……。


 リグスが思案を巡らせ、そしていつでも動けるよう少し足を踏ん張らせていると、その警戒の色を察知したのか、銀髪の男が口を開く。


「突然申し訳ありません。私はフォートン王国軍大佐、オリベルトと申します。こちらは部下のダンツです」


 王国軍と聞いて少し眉をひそめたリグス。

 銀髪のオリベルトと黒髪のダンツがリグスに懐から取り出した王国軍の紋章の入ったバッヂを見せた。

 リグスはそれを覗き込むとオリベルトの方に視線を向ける。


「ご丁寧にどうも。俺に何か用か?」

「はい。実は貴方に頼みたい仕事がございまして」

「仕事?軍人が俺に仕事?」


 驚きの声を上げてリグスは目の前にいる二人の男の顔を交互に見やる。オリベルトは薄く笑みを浮かべているが、ダンツの方は一切表情を崩していない。銀髪のオリベルトが更に続ける。


「ええ。おそらく貴方にしか出来ない仕事です」

「へえ。どんな仕事なんだ?」


 オリベルトは周りを見回し、リグスの方に顔を近付けると声をひそめた。


「大魔導師を倒してもらいたい」



 大魔導師!?何で俺だ?

 俺を誰か別の誰かと間違ってないか?

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