第29話 最強宣言

     最強宣言


「魔王をうみだすシステムを倒す……だと?」

 魔王は目を険しくするが、キョウは笑って、いつもの通りに緊張感もなく応じた。

「そう。そのために、オマエにもやってもらう仕事がある」

「仕事……だと?」

「魔族にとって、魔王という存在がどれほど大切か? よく分かったよ。でも、魔王の個性によって方針が大きく変わり、そのたび人族と争いになるなんて、滑稽すぎて笑えない。

 魔王の選抜方法がただ強さだけっていうのも問題だ。誰かに魔王を引き継がせて、自分が逃げるなんて卑怯だろ!」

 魔王に滅茶苦茶にやられたのに、キョウの態度は変わらない。逆に、こういう人だから、魔王もその地位を引き継がせようとしたのかしら? ユリファはそんなことを想った。

「何をさせるつもりだ?」

 苛立って、魔王がそう訊ねる。

「法律をつくれ」

「何だと⁉」

「魔族に適用する法律をつくるんだ。人族と、魔族が仲良く暮らせるように。そうすれば魔王という象徴をおかずとも済む。魔族たちだって、規律にしたがって行動するだろう」

 そういうキョウに、魔王は首をかしげた。

「魔族が、法律ぐらいで行動を律するだろうか……?」

「それを守らせるのが、魔王の役目だよ。そうすれば、魔王城から離れても、特に問題ないだろう。そして大好きな人と、一緒に暮らしても……」

 キョウがそういうと、物陰に隠れていた女性が姿をあらわす。ここにくる途中、魔王と勇者との戦いが近くで起きているにもかかわらず、家の中でふるえている女性がいた。

 そこで一緒にいた方が安全なので、連れてきたのだ。


 ユリファもこのときすべてを悟った。魔王はこの女性と暮らすため、魔王城を離れたかった。

 象徴である魔王は魔王城からでることを赦されていない。それは魔族であっても、自分より強いものがふらふらと出歩いていたら、色々と支障もあるからだし、人族が倒すべき相手として、その目標とするためにも魔王城に魔王がありつづけることが必要だ。

 誰が考えたか? これがこの世界のシステムであり、安寧を導く絶対の決まりとされてきた。

 魔王はキョウに引き継がせ、その地位を逃れようとした。それをキョウは拒否したことで、今の状況が生まれているのだ。

「よう、魔王様。久しぶり」

 そのとき、キョウたちのところに三人が歩み寄ってきた。

 モリナが悲鳴を上げた。

 彼らは頭から何本もの角を生やした、魔族の中でもかなり強い魔力をもつ一団と目された。そしてその三人は、魔王と一緒に暮らしていた女性を人質にとっていたからだった。


「魔王が、魔王城にとどまるのは結婚させず、魔力の強い者が特定の一族に偏らないため、でもあったはずだ。それがまぁ……、驚きだよ」

 真ん中にいるグレスラントが、そう語る。

「人族を嗾け、魔王を襲わせれば、魔王の本音が知れると思っていたが、予想以上の結果だった」

「人族を大切にしていた魔王も、怒りに任せて人族を殺すんだ? それに人族の女を囲っているなんて……。ヒョヒョヒョッ! 弱みだよねぇ、これって?」

 キョウには分かった。その両脇にいる二人はイダス、ホルセウム。反魔王派の中でも、強さをほこる三人が魔王をみつけ、策を弄していたのだろう。

 ヴァイオラ軍を大量に死傷させた魔王は悔しそうに唇を噛む。人族の女性と静かに暮らそうと思っていた。それを邪魔され、怒りに任せて人族を死傷させたことを後悔しているようだった。

「待ってくれ! 私はもう魔王の座を降りる。辞める! 魔王の座をのぞむのなら、勝手になればいいだろう。だから、エリーナを放してくれ‼」

「バカか! 自分より強い者がいるのに、魔王などやっていられるか! 魔王が死んで、初めて交代するのはそういうことだろう? 今さらそのルールを変えることなどできん!」

「この女には魔力を感じぬが、魔王と結ばれ、子が生まれたときにそれが脅威となるのは困るんだよ」

「ヒョヒョヒョッ! 魔王が死ねば、この女の命は助けてやるぞ!」

 いくら魔王が強くとも、三人の魔族を相手にして、無傷で女性を助けることはほぼ不可能だ。

 唇を噛むけれど、きっと彼はこう決断するはずだ。それは魔王の地位をすて、女性とともに暮らすことを決断した。その一途さは、この場面でもきっと女性をえらぶだろうから……。


「やれやれ……」

 そのとき前にでたのは、キョウだった。三人を見据える目は、見たこともないほど冷たかった。

「オレにその女性を助ける義理はない。そして、オレはこの魔王に恨みもある。オマエらがどうしようと関与するつもりはない。

 だが、魔王を倒したぐらいで自分たちが最強だ、とカン違いしている奴らにいっておく。

 オレが……最強だ‼」

 キョウが普段怒らず、飄々とする理由はこれかも……。彼の怒りとともにあふれだした魔力が、辺りをつつむ。

 その瞬間、三人の魔族は白目を剥き、自然と涙をながし、おもらしし、泡を吹いてその場に倒れてしまう。

 彼らはキョウの怒りにふれ、精神が壊れてしまったようだ。キョウは相手の魔法を簡単にはじく。それは相手の魔力でさえ、破壊してしまうということ。魔力の流れが急に途絶され、彼らは心の中が空っぽになった、もつべき心が失われてしまい、気を失ったのだった。


 魔王はエリーナと抱き合って喜ぶ。

 先ほど、グレスラントがいっていたように、エリーナに魔力は感じない。それでも彼は恋に落ちた。自分の魔力と適合しないと性欲すら湧かない……という魔族でありながら、心の結びつきを求めたのだ。

 二人の間に何があったか? それは分からないけれど、その結びつきは羨ましいほど強いのかもしれない。

「彼らのような魔族が現れないようにするのも、魔王の役割だろ?」

 キョウに声をかけられ、魔王も頷く。

「だが、それはオマエでもできるはずだ」

 魔王にそういわれ、キョウは首を横にふった。

「オレに角は生えない。それは異世界との絆を脳内で行っているからで、魔族のように何世代も経て、郷愁ではなく、単なる血筋だけで魔力の供給をうける立場ではないからだ。

 角のないオレに、魔族を率いる威厳は身につかないだろ。オレは人族の中で生きていくさ」

 ユリファも、自然とホッとする自分がいた。キョウが人族の中にいて、人族についていてくれる。それは翻って、自分の近くにいてくれること。そのときはそう感じていた。

「さ、帰ろうか」

 キョウは先に立って歩きだす。この世界で最強である存在のはずなのに、全くそんな素振りすらみせずに、飄々と……。

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