第28話 邂逅

     邂逅


「お嬢様、大変です!」

 モリナがユリファの部屋に駆け込んできた。

「どうしました?」

「早馬で、ヴァイオラ国の軍が壊滅した……と」

 それだけで、何が起こったのかを知った。魔王を討伐に向かった軍隊が、負けた。

 壊滅というからには、かなりのダメージだったのだろう。

 ユリファもすぐキョウに伝えた。

「魔王が怒ったんだろうね。魔王はどこに行ったって?」

「多分、まだそこにいるんじゃないかと……」

「大変なことになるぞ。魔族や勇者が殺到する。急ごう」

 キョウは一人で行く、というけれど、ユリファは馬車を準備し、一緒に向かうことにした。

 キョウを一人で行かせると、帰ってこないような気がしたから……。


 道中で情報を集めながら向かう。

 魔王討伐に向かったヴァイオラ軍の半数以上が死傷し、ウィロウも大怪我を負ったそうだ。

 ヴァイオラ国の議会はもう大混乱で、他国からの侵入を防ぐ術がなく、外交に活路をみいだそうとする者や、あくまで隠蔽して再起をはかろう、とする者まで様々な意見があり、まとまらない。

 最悪なのは、勇者をはじめとした魔王に対抗する力をもつ、とされる者たちがすでに動きだし、ヴァイオラ国に殺到している、ということだ。その中には弱体化したヴァイオラ国を征服しよう、とする者も含まれるのでは……と、今や国中が疑心暗鬼に陥っていた。

 魔王討伐を独自に行い、手柄を独り占めにしようとした責任論も相まって、貴族は大紛糾である。

「魔王はやはり強いのでしょうか……?」

「強いよ。そこら辺にいる魔族の比じゃないほどね。逆にいうと、きちんと裏付けのある強さだ。だから他の魔族も従ってきた。それが行方不明となって、魔族たちもさがしていたのさ。

 でもきっと、魔族とて探し出したところで、魔王に接触するのは憚られただろう。どうして魔王が魔王城をでて行方をくらませたのか? 誰にもその理由が分かっていなかったからね」

「まさか……」

「魔王をみつけた魔族が、ヴァイオラ国にその情報を流したのかもしれない。そうすれば、魔王の出方が分かるからね」

「じゃあ、ヴァイオラ軍を壊滅させた魔王は……」

「平穏な暮らしを乱され、怒り心頭、ということだろうね」


 カラント家の領地と、あまり離れていないところに、そこはあった。

 隣国・ラプサーナにあったシュリカの町に攻めこむ前線基地として、ヴァイオラ国にあるソバルの町、そことカラント家の領地との、ちょうど中間あたりだ。

 ちなみに町とされるのは城壁に囲まれた場所であって、例えばカラント家の領地も町ではない。

 そこも山がちの地形の中に、小さな家が点在するような場所で、町とは呼べないところだ。

 だから逆に、魔王が暮らしていても咎め立てされることなく済んだ……ということでもある。

 そして、すでに戦いがはじまっていた。

 魔王を倒す使命を負った勇者たちが、魔王へと挑みかかったのだ。その中にはルドルやフェリムーン、それにアーランの姿もある。

「勝てそうですか?」

 ユリファもそんな戦闘を遠くから眺めて、不安そうにつぶやく。

「ムリだろうね。普段、勇者候補たちは連携をとって戦っていないだろう。ルドルたちはオレが鍛えて連携をとれるようになっているけれど、他はただ単独で襲い掛かっているだけだ。それでは魔王を倒せない」

 キョウの見立て通り、勇者たちは次々と倒され、多くの犠牲に撤退せざるを得なくなっていた。


「キョウさんは戦うのですか?」

「戦わない」

 キョウはそう言った後、すぐに「戦う理由がないからね」

 でも、遠くでみていたユリファたちのことを魔王の方が気づいて、空を飛んでこちらに近づいてきた。

 ユリファとモリナは緊張して縮み上がるけれど、キョウはいつもと変わらず飄々とした様子で「やぁ」と声をかけた。

「キサマ、なぜここにいる?」

「キミと同じ理由だよ」

 魔王は冷たく見返すばかりで、攻撃するつもりはないようだ。それ以上に、二人は何か分かり合っているような感じもある。

「やはり魔王城は気に召さんか……」

「自分が嫌でとびだしたのに、オレがそこで満足すると思うのか?」

「あ……あの、ちょっと待ってください。お二人って……?」

 ユリファがたまらず、そう訊ねた。

「オレはこいつに滅茶苦茶にやられ、鍛え上げられた。この異世界で、魔力とは元の世界との絆だ。要するに、オレは異世界からきたばかりで、その絆が強かった。そんな奴を叩きのめして、生死の境をさまよわせ、さらに異世界への郷愁を煽り、こんな世界にこなければよかった……と思わせる。そうすれば嫌でも、元の世界との絆が強まっていき、力が増していく」


 キョウはそう語った。

 彼の強さの理由――。それはいきなり異世界に来て、魔王と遭遇。そこで滅茶苦茶にやられた結果だった。

 でも、それだけ……?

「オレはこいつに、魔王を継がせようと思ったたんだ」

 魔王はそう語った。

「オレを最強にして、自分は魔王という立場から逃げようとしていたんだぜ。ひどい奴だよ、本当に」

「継ぐかどうかは、オマエ次第だと言っておいただろう?」

 魔族は強さに対して従うものだ。だから魔族に負けない強さにし、魔王を譲ろうとした……。

「この世界のことを知りもしないのに、魔王城に引きこもれるか! 

 そしてオレは気づいた。この世界で魔王がいかに重要であるか、を……。それは、ラスボスとしての存在だ」

「魔族にとっても、人族にとっても、抑え役としての存在だ」

 魔王にもそれが分かっている。だからただ逃げだすのではなく、キョウを代わりとしたのだ。

 ただ、そのキョウも魔王城をでてしまった。それはもそうだろう。魔族の間で、合意によって擁立されたのではなく、最強となったことで魔王としてみとめさせようとしたのだから。

「人族にとって、魔王は倒すべき相手だ。でも、それはただ魔族の中で選択されているだけで、倒したところで、次の魔王が選任される。そのシステムの循環の中にあるだけだ。

 そしてそれがこの世界の秩序、平穏を保つという不思議な関係にある。そのシステムを壊さないといけない」

 キョウのその言葉に、ふとユリファは不安を覚えた。彼がどこか遠くに行ってしまうような、そんな考えが頭をよぎったからだ。

「キサマ、どうするつもりだ?」

 魔王は不思議そうにキョウに訊ねた。彼はニヤッと笑って

「オレは魔王にならないし、魔王というシステムそのものがあるから、この世界はおかしくなる。

 だから倒すんだよ、ラスボスである魔王……それを生みだすシステムを」

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