第26話 Settle

     Settle


「よぉ、旦那。まだバクー議員をみつけられないのかい?」

「特徴から、二人までは絞りこんだ。でも決定打がなく、間違いを犯すわけにもいかないから、君にも確認して欲しいと思って……」

「慎重だねぇ。二人まとめて殺してもいいでしょうに」

「そんなことをすれば、エルフ族と人族が全面戦争になるだろう。私は娘の敵をとりたいだけだ」

 二人は歩きだしてすぐ、情報屋の男が気づく。

「だ、騙しやがったな!」

「人族の情報を伝えている、というから、どんな性質の悪い人間かと思ったら、魔族じゃないか」

 キョウがそこに現れたのだ。

 魔族は逃げようとするが、イドの風魔法によってすでに拘束され、動けなくされていた。

 さらに、キョウが魔力をコントロールすることで、魔族が魔法をつかうこともできない。

「魔族の魔力の流れは汚いから、コントロールしにくいんだよね。でも、これぐらいの弱い魔力なら……」

 キョウはそんな文句を言いながら「嘘の情報を流しただろ?」

「う……嘘じゃない! 嘘です。いや、そうじゃなくて……」

 魔力をコントロールされ、混乱するようだけれど、やがて語りだした。

「オレはエルフ族にこういうよう、伝えられただけだ。エルフの娘を攫ったのはオレじゃない」

「じゃあ、誰だ?」

「グレスラントだ。あいつは人族に混乱を生むことを画策し、エルフを利用しようと考えた。実際、やつは人族を攫って、厭きたらポイする手合いだが、間違えてエルフの娘に手をだしたらしい。それで殺してしまったので、その罪をなすりつけようと考えた」

「それを、ヴァイオラ国の首都に選んだ理由は?」

「アンタだよ。アンタを巻きこむつもりだ。それと、ポイするときに人間に売り渡すんだが、その買い手がコリダリスにいる」

「バクーか?」

「ちがう。それは……」

 そのとき弓矢が飛んできて、その魔族の胸に突き立った。その一撃で、魔族は絶命してしまったのだった。


「そんな……。じゃあ、お姉ちゃんは魔族に?」

 パーナは愕然とする。魔族だと、いくらエルフといえど、そう簡単に手出しはできないからだ。

「あぁ……。私たちがこの町ですることはもうない。村にもどろう」

 父親のイドは淋しそうだったが、しかし間違いを犯すことなく、どこかホッとしているようにも見えた。

「君には世話になった。いずれ、何かの機会にお礼をしたい」

 キョウに向かってそう言った。

「お礼なんて気にする必要ないよ。オレも魔王の話がでてきて、ちょっと気になっただけだから」

「人族とは関わり合いになりたくないが、恩義を返すのがエルフだ」

「どうしてそんな人族を嫌う?」

「嘘をつくからだ。エルフはお人好し……と言われるらしいが、他人を騙すことなどしない。しかし人族は平気で嘘をつき、相手を騙そうとする。だから人族とは関わらないことにして、森に暮らす」

「なるほど、それには同意だね。もっとも、オレはそのままだと引きこもりになりそうだから、仕方なく人の町で暮らすことにするよ」

 キョウとイド、それにパーナの三人はそこで別れた。


 ユリファは挨拶に来ていた。

「おじ様、首都を離れることになり、挨拶にきました」

 エリック・アドミスはまるで孫が挨拶にでもきたように、相好を崩す。

「そうか。残念だが、地元でやることもあろう。また首都にきたときは、いつでも私のところに訪ねてくるがいい」

「そうですね……。でも、私はふたたびおじ様と会えるでしょうか?」

「どういうことだ? 何か心配ごとが?」

「私は帰り道、誘拐されるのではないか? と危惧しています」

 ユリファがそう言った、この数分前――。

「情報屋を殺した相手は?」

 ユリファに訊ねられ、キョウははっきりと言った。

「あれだけの距離を、矢で正確に射抜いてきた。かなりの手練れ、剛の者でないとできないことだ。キミにはその心当たりがあるんじゃないか?」

「……え?」

「父親の盟友、今では議員として首都にいるけれど、かつては戦場を駆け巡っていた男……。血なまぐさいことも厭わず、やってしまえるヤツだ」

 ユリファはまっすぐにエリックを見定めた。

「おじ様が、誘拐組織を指揮しているのですね?」


 エリックは反論するかと思ったが、ニヤリと笑った。

「残念だよ。キミはまだもう少し大人になってから……と思っていたが」

 背中に隠し持っていた剣をすらりと抜き、それをユリファに突きつけてきた。

「魔族も、魔王という縛りがなくなり、自由に動けるようになって、これからが稼ぎ時なんだ。ここで邪魔されては困る」

「残念です……。おじ様、私の婚約者はご存じですか?」

「魔族を倒した、とかいう男だろ? だが、この事実を知られなければ……」

「安心して下さい。もう聞いていましたよ」

 エリックは急に、力が抜けたようにがっくりとヒザをつく。

「ち……力が入らん」

「魔力をもたない人族なんて、簡単に制せられるそうですよ」

 ユリファが冷たく見下ろす中、エリックは愕然とするけれど、もう遅かった……。


 落ちこんでいるイリミアに、ユリファは告げた。

「私も反省しました。お姉様にばかり、家を継ぐことを強要していた自分に……」

 突然のことに、イリミアもびっくりして妹の顔をみつめる。

「私も跡継ぎをさがします。そして、どちらが先にカラント家を継ぐ人をみつけられるか……。それによって、負けた方はキョウさんと結婚してもらいます」

「えぇッ⁉」

 イリミアも、ユリファの隣にいるキョウの顔をみつめる。

「カラント家が今の領地でいられるのは、キョウさんのお陰。そして今は私の婚約者です。でも、私が跡継ぎと結婚するとなれば、キョウさんはカラント家を去ってしまうでしょう。そうなると、今の領地から移封されます。そうならないよう、お姉様にキョウさんと結婚してもらわなければなりません」

 エルフに惹かれたように、イリミアは面食いのようだ。

「それが嫌なら、ちゃんと跡継ぎになるような人を見つけて下さい。私もそれをしますから」

 ユリファはそう言い残すと、首都を後にした。

「すいません、出汁につかうようなことを言って……」

 イリミアにやる気をだしてもらうため、キョウの名をだしたことをユリファは謝罪する。

「それは構わないが、あれでやる気をだしてくれるかね?」

「分かりませんが、恋をしようと少しは思ってくれていることが分かりました。姉が幸せになれる人が見つかればよいのですが……」

 しかしユリファも、エリック・アドミスを見て思う。ヴァイオラ国の貴族の質も落ちてきて、ふさわしい相手が見つかるのか? と……。









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