第24話 エルフ

     エルフ


「この世界にも、エルフっているの?」

 またキョウは変なことをいう。バカにするようにモリナが応じた。

「当然いますよ。もっとも、人族のいる町にくることはほとんどなく、見かけることはありませんけれどね」

「そうか……、だったら恐らくエルフで間違いなさそうだ。問題は、どうしてエルフ族が議会を見張るようなことをしているか? 人族と争っているのかい?」

 これにはユリファが応じた。

「そんなことはありません。よほど人族がエルフ族の領域を犯すようなことをしない限り、彼らから攻撃してくることはないでしょう。逆にいうと、それぐらいエルフ族は人族と関わりになるのを避けているのです」

 エルフ族は国をもたず、森の奥で小さなコミュニティーを築いて暮らしているそうだ。

「ヴァイオラ国が、エルフ族と争うことは?」

「あり得ません! エルフを怒らせたらどういうことが起こるか? みんなおとぎ話でも知っていますから」

「おとぎ話?」

「エルフの子供をイジメた王様が、エルフ族に仕返しされて、国が滅びてしまう、というお話です」 

 キョウも頷く。それはあれだけの魔力をもつエルフ族なら、人族など簡単に滅ぼせてしまうからだ。


「エルフ族は、人族と結婚することってあるの?」

 キョウがそう訊ねると、モリナが応じた。

「そんなこと、あるわけないじゃないですか。姿形は似ますけど、種族がちがうのですから」

 魔族だと、人族としか子を生すことができないので、人族を存続させないといけない必然性もある。でも、エルフ族にはそうしたインセンティブはないので、人族と対立したら滅ぼすこともあっただろう。おとぎ話ではなく、それは歴史的な事件を伝えているのかもしれない。

 しかし、それがトドメとなった。

 イリミアにとって〝気になる人〟がエルフで、しかもテロを計画しているかも……と聞いて、肩を落として自分の部屋へと消えていった。

「大丈夫でしょうか?」

 ハラが心配そうに、イリミアが消えたドアを見つめる。

「でも、いずれ気づいてもらわないといけないなら、はっきり言ってあげた方がよいです」

 ユリファはそう言った。でも、心配していることは、その表情からも分かる。姉は繊細な心をもっており、学校にも通えなくなった。恋愛すらままならず、初恋だったのなら、ダメージも大きいはずだ。

 しかし、今はそれどころではない。

「もしエルフが、議員を襲うというなら、対処しないといけません」

 ユリファも貴族の一人であり、今は父親が亡くなり、議員をだしていないけれど、時がくれば議会にも名を連ねる家柄だ。

「エルフと戦って勝てるのかい?」

 キョウにそう言われ、ユリファも思わず口ごもってしまった。

「戦って……くれますか?」

 恐る恐る、キョウにそう訊ねる。キョウはにやりと笑って「エルフに話を聞いてみないとね」と応じた。


「おじ様、お久しぶりです」

 ユリファは丁寧にお辞儀をする。貴族院には父親と旧知だった人物もおり、血統の悪いカラント家の後ろ盾となってくれていた、高齢のエリック・アドミスに会いに来ていた。

 エリックはカラント家とは遠縁で、かつては戦場を駆け巡るほどの猛者だったそうだが、年齢が上がって引退し、今では議員に専念する立場だ。

「前回はバタバタとしてしまって、挨拶もできず……」

「いや、魔族と戦った勇猛な人物を婿に迎えるのであろう? あの小さかった、お転婆な子が……」

「や、やめて下さい……。実はエリックおじ様に、聞きたいことがあって……」

「何かね?」

「ここ数日、首都で何かトラブルとかありませんでしたか?」

「トラブル? 私は聞いていないが……。また魔族が?」

「いえ、エルフを見かけたもので……」

「エルフか……」

 エリックが顔を顰めるので、ユリファも「心当たりが?」

「町外れで、エルフの子供の死体が発見された」

「子供……、何で?」

「分からん。誘拐グループが間違えて連れてきたのかもしれんし、まさか……とは思うが、何かに追われて逃げてきたのかもしれん。エルフ族に恨みを買っているとすれば、そういう事情もありそうだ」


 そのころ、キョウとハラはマント姿の人物をさがしていた。

「どうやら、あのマントはエルフがこの町への潜入用に着用しているようだから、マントを探そう」

 ハラはいつも見かける背の高いエルフを、キョウは盗みを働いていた小さなエルフを探すことにした。

 キョウが歩いていると、不意に袖をひかれて裏道に引っ張りこまれる。

 挨拶もそこそこに、唇を重ねてくる。それは魔族の女性、スーベラだった。

「あなたをみると、またしたくなっちゃう♥」

 唇を放すと、とろんとした表情でそう語る。

「ということは、今日はそういう用事じゃないんだ?」

「私は伝令。反魔王派が何やら画策しているらしい」

「どういうこと?」

「さすがに二人が苦も無くやられ、戦略を立てたみたいなの。私たち魔王派はあなたにそれを伝えに来たってわけ」

「どんな策?」

「それは不明。でも、魔王様が関わっている……という話を喧伝しているみたいで、私たちのところにも漏れ伝わってきた」

「魔王が?」

「行方不明だからね。話半分でも、信ぴょう性が生まれてしまう。あなたなら大丈夫だと思うけど、注意してね」

 それでスーベラは去っていった。まだ若い彼女は行動力もあり、こうした小間使い的なことを命じられる立場だ。でも、別れ際に情熱的なキスをしていくなど、エネルギッシュな面は別の方向にも発揮されるようで……。


 キョウはマント姿の、小柄な人物をみつけた。食糧調達を担っているのでは? と睨んで、野菜や果物を売る店を張っていたところ、案の定現れたのだ。

 エルフの魔力は膨大だ。それはまだ子供? にみえるマントの人物でもそうだ。

 暴れられたら大変なので、背後から近づいて、キョウはその肩に手をおいた。

「静かに。動くことはできないだろ? このまま大人しく話を聞いて」

 目深にマントをかぶった人物は、肩に手をおかれただけで、動きを制止られたことを感じていた。

 魔法ではない。でも、自分の魔力をコントロールされ、相手の意のままにされ、ふり返ることだえできない。

「キミたちを悪いようにするつもりはない。でも、何をするのか? 教えてもらえないか?」

 口は解除され、動くようになった。

「人族なんて……、人族なんて……死んじゃえばいい!」

 そう吐き捨てる声を聞いて、キョウは意外そうにつぶやいた。

「君は……女の子か?」

 はらりと落ちたフードから伸びた長い耳、金色の髪、エルフの少女が姿を現わしたのだった。





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