第23話 想い人?
想い人?
キョウがカラント家の領地にきてから、一ヶ月が過ぎていた。
「キョウさん、また首都に行きませんか?」
ユリファが突然、そんな提案をしてきた。
「どうしたの?」
「実は、イリミア姉様から、コリダリスに来てくれないか? ぜひ、キョウさんを連れて、と……」
「何で?」
「さぁ……。私にも分かりませんが、前回のように焦って向かうのではなく、今回はゆっくりと向かい、道々で色々とこの国の名所などをご案内したい、とは思っていました……」
ユリファに促され、ふたたびキョウもコリダリスへと向かうことになった。
今回は馬車で、しかも護衛として兵士が御者として馬を操り、モリナはあくまで従者として付き従う形だ。
モリナは最近、キョウがいるところで発言しないし、ユリファとキョウが二人きりにならないようユリファに寄り添っている。彼女が御者になると、二人だけとなってしまうから、今回はそういう立ち位置にしたようだ。
カラント家の領地と、首都は比較的近いし、街道も整備されていて、賊徒や魔獣もほとんどでない。観光気分で首都にたどり着いた。
首都は魔族襲来から少しずつ立ち直っている姿があった。ただ盛況をほこった首都も、まだ人がもどっていない感がある。人の姿は疎らで、活気もなく、心に暗い影を落としていることは確かなようだ。
「泥棒! 捕まえてくれぇーッ‼」
マントで顔を隠した人物が、果物を抱えて逃げるのを、店主が追う姿があった。
「へぇ~……」
キョウがそんな光景をみつめていて、変な納得をしている。
「ここは治安もよく、あぁした事件は起きなかったんですけれどね……」
ユリファは淋しそうにそう応じたけれど、キョウは「否、そうじゃなくて……まぁいいや」
会話はすれ違ったまま、イリミアのいる借家へとやってきた。
「あれから、学校に通っているのよ」
イリミアは自慢げにいう。しかしイリミアの従者、ハラは首を横にふった。
「貴族の子弟は、ほとんどが地元にもどったのですよ。学校に通う人が減り、イリミアお嬢様も人目を気にせず通うことができるようになった、と……」
イリミアと一緒に、ハラも通っているそうだ。これまでハラが代役として出席していたが、人が減っているので、例外的にみとめられている、ということだ。
「そこで、キョウさんにぜひ会って……というか、見て欲しい人がいるんです」
イリミアが本題を切り出してきたが、ナゼそれをキョウに? とユリファは訝しく二人を見かわすばかりだった。
「お嬢様が外にでるようになって、ちょっと気になる人を見つけたのです」
ハラがそう説明しつつ、その相手がいる場所に案内しててくれている。イリミアは婿探しの目的もあって首都に留学しているのであって、それは目的と合致するが、イリミアは恥ずかしいといって家にのこった。
「でも、何でオレ……?」
「さぁ……。でも、お嬢様が是非、と」
その理由はハラも知らないらしい。しばらく歩くと、ハラが「あ、いました」と遠くにいるマント姿の人物を目で示す。
「あぁ、なるほど……」
フードを目深にかぶり、ほとんど顔が見えないけれど、すらりと背が高く、雰囲気はイケメンで、颯爽と歩いていく。
「どちらにお住まいの、どういう身分の方ですか?」
ユリファが訊ねると、ハラは首を横にふった。
「実は全く存じないのです。放課後、私たちが帰宅する時間帯に、よく通りかかるというだけで……」
どうやら一目惚れしたらしく、ユリファとモリナは「え?」という顔をするけれど、キョウだけは一人頷いていた。
「ハラさんに、首都を案内して欲しいんだけど」
キョウは突然、そんなことを言いだした。ハラも訳が分からず「あ……、はい」
「モリナさんも、一緒に行こう。久しぶりに姉妹二人だけで、話をしたいこともあるだろう」と、いつにも似ないお節介をキョウが焼く。
ユリファも何となく、話したくないことでもあるのかと、一人でイリミアのいる借家にもどった。
「お姉様、なぜあの方を?」
ユリファはすぐに姉を問い詰める。
「……え? 雰囲気のよい方でしょう?」
「マントは安物で、商店から果物を盗んでいた者と同じ格好ですよ」
ちなみに、盗みを働いていたのは子供のようだった。背が高いあの人物とはちがうけれど、同じマントが貧者の恰好に思える。
「恐らく、流民なのですよ」
「流民?」
「隣国やこの国でも、魔族によって町がつぶされ、すべてを失ってこの首都へ流れてくる人が多いのです」
「お姉様はそれを分かって……?」
「私はカラント家の繁栄のため、貴族の息子を娶らないといけない、ということは分かっています。でも、私は困っている人のために生きたいのです」
イリミアの真剣な表情をみて、ユリファもふと気づく。姉にばかり、家を継ぐという大役を押しつけていたのではないか? 姉が引きこもってしまったのも、結婚相手を探すというプレッシャーからではないか?
本当は、やりたいことがあるのに……。姉の人生を家に縛り付けている?
ユリファも少し反省した。
ハラたちがもどってくると、少し深刻そうな表情で語りだした。
「イリミアお嬢様、あの者のことはお忘れ下さいませ」
「ど、どういうこと?」
イリミアも驚いている。ハラはゆっくりと、ショックが少ないように語る。
「恐らくあの者は、テロを計画しています」
「テロ……?」
「あの時間、ちょうど議会が終了するのです。そして議員たちが議場から出てくる。それをあの者はチェックしていました。どうやら誰かを狙い、待ち伏せしているようなのです」
どうやら、キョウがハラを案内に誘ったのは、マントの人物の後を尾行しよう、と思ったかららしい。だから、ユリファを遠ざけた。まさか姉の恋人候補が犯罪にかかわりそう……とは言えなかったのだ。
「オレのことを首都に招き寄せたのは、ある疑念があったからだろ?」
キョウが不意にそう訊ねると、力なくイリミアも頷く。相手がテロを起こそう、と聞いて動揺しないはずもない。
「カラント家は魔法使いの家系、と言っていたが、君にもわずかならが魔力が感じられ、相手のもつ魔力に惹かれた。でも、それだけ強力な魔力をもつ者……となると、魔族かもしれない……と」
もうイリミアは返事をする力もないようだ。でも、この話にはユリファが驚く。
「魔族が……テロを?」
「いや、あの魔力の流れは魔族じゃないよ。でも、オレの知らないものだ。妙に清らかで、滑らかで……。だから、人族でもなさそうだ……」
その言葉は気になるけれど、ユリファもふと気づく。
「もしかして……エルフ族?」
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