第20話 勇者狂騒曲

     勇者狂騒曲


「キョウさん、大丈夫ですか⁈」

 慌てた様子で、小山を降りてきたキョウにユリファが駆け寄ってきた。「この近くで背筋も凍るほどの、魔力の高まりを感じたもので……」

 ホーリーレイスとオデラが、最後に頭に魔力の供給を意味する角を生やし、魔力が漏れたことで、ユリファも気づいたようだ。

「魔族がいたけど、話し合いをして帰ってもらったよ。ユリファは、魔力を感じられるの?」

「あれぐらい強いと……。元々、カラント家は魔法使いの系統だそうですし、少しは四人の勇者の血がのこっているのかもしれません」

 ユリファも照れてそう応じる。この世界で、魔力があるというのは稀有だし、でも自慢すると鼻につく、という感じだ。

 中には魔力のことを隠そうとする者も多く、それは魔族への忌避、嫌悪と重なっていた。国や教会といった公的機関が確認し、初めて魔力をもつと認定されることも多いそうだ。

 キョウは魔族と戦うけれど、それでも魔族のことを決して嫌っているわけではなさそう……ということで、ユリファも自分の魔力について話す気になったようだ。

「魔力は鍛えれば、もっと強くなるかもしれないよ」

「貴族は、それこそ魔術部隊を率いるほど強くないと、あまり意味がないのですよ。単独で魔法をつかったところで大して効果がないですし、魔術兵と一緒に行動するのは憚られますから」

「回復魔法は?」

「それこそ、回復魔法には膨大な魔力が必要です。そう簡単に、人を癒すことなんてできません」

 この世界では回復魔法はかなりの高等魔法に分類され、ポーションといった回復薬もない。

 魔王ぐらいの魔力があれば、それは簡単なことだけれど、人族ではほんの一握りに過ぎない。。だからこの世界では、冒険者といった職業は極めて稀有だった。命がけなのに、見返りも多くないからである。


 それでも、〝勇者〟は存在する。魔族に対抗するため、ラプサナストラム教が指名するのだ。

 隣国、ラプサーナ国はそれを国教とし、その教えの中にある〝神の申し子〟を勇者とする教義だ。そのため、勇者の粗製乱造との批判もあるけれど、今も一年で数人の勇者を輩出する。

 勇者は魔王を倒すことを目的とし、国の利益とは関わらないのが前提のため、国境を越えて移動することが赦されていた。

「ユリファお嬢様、この領地に勇者が起こしです」

 困った様子で、モリナがそう伝えてきた。

「今、オスリー様が対応していますが、どうやらキョウさんに会いにきたようです」

「キョウさんに? なぜ?」

「周辺国にも、キョウさんが魔族を倒した話が伝わったようで……」

 勇者が帰った後、オスリーがユリファに説明してくれた。

「自分のパーティーに加わって欲しい、ということでした。勿論断りましたが、しつこくて……」

「魔王は今、いないのでは?」

「勇者は魔王は隠れているだけで、新たな魔王が誕生する可能性もふくめ、冒険を止めるわけにはいかない、といっていたわね」

「キョウさんはどう……?」

「まだ彼には話しておりません。あなたから説明しておいてもらえるかしら?」

 オスリーは深いため息をつきながら、面倒な仕事をユリファに押し付けてきた。


「……ということなんです」

「この世界にも、勇者っているんだね」

 キョウはまた、そんな不思議なことをいう。

「でも、冒険ってあまり喜ばれないんです。回復魔法が希少なので、危険との認識もあって参加する者もは少ないですし、家族からも反対され……」

 死んだら終わりの冒険では、無理や無茶が禁物だ。そんなものに自ら参加しようとは思わないだろう。

「冒険者の目的は、魔王を倒すこと?」

「正確には、魔族の脅威に対抗すること、です。魔王は、魔王城に行くことで会えますから、逆にいうと、そこが最終目的地です。でも、魔族に対抗するという名目であれば、どこに現れるかも分からないので、冒険者はどこの国でも入ることができる赦免状をもつことができます」

「なるほど、スパイし放題だね」

「そう噂する人もいます。ラプサーナ国は冒険者の最大のスポンサーですが、各国の情報を集めるのに利用している、と……」

「そうだとすると、オレがパーティーに参加するとまずいのでは?」

「勇者はそれこそ純粋に、魔王討伐が自分の使命だと考える人もいますから、魔族を退けたキョウさんの噂を聞きつけて、スカウトに来たとも考えられます」

 どうしますか? と目でユリファも訊ねてみた。彼の自主判断を尊重する、という約束だ。

「自由に旅ができる点は魅力的だけれど、オレが参加しても魔法使い枠だろうし、勇者のつかい走りにされるのは、正直あまりいい気持ちがしないね……。参加する気はないよ」

 ユリファはホッとしたけれど、旅に魅力を感じる……とキョウがいったとき、少し不安になる自分がいた。


「私もここでは仕事をしないといけません」

 ユリファはそういって、キョウを連れて町にきていた。この領地は港町といっても、船舶はそれほど大きくなく、水揚げも沿岸での操業のために小魚が多い。加工場などもあるが、産業としては小ぶりだ。

「新たな産業、もしくは商品を考えろ、というのがお母様の指示です。要するに、特産品を増やして収益向上に貢献しろ、ということですね」

「何でオレを?」

「参考になる意見を聞けないかなぁ……、と思って……」

 ユリファがイタズラっ子のように笑う。ただその背後につき従うモリナが「ろくな意見をだしそうもありませんけれどね」と嫌味をいう。

 一応、婚約者という関係をむすんでいるわけだが、それが彼女には気に入らないらしい。

 キョウはあまり気にする様子もなく「シュリカの町では、ワインをつくっていたよね。ここでも酒をつくれば?」

「ヤマブドウが少しは採れますが、潮風が強くて、お酒をとれるような果樹を育てるのは難しくて……」

「防風にイネ科の植物を植えているんだろ? なら、それをトウモロコシ、サトウキビといった糖分が多いものに変えるんだ。汁をしぼった後で、家畜の飼料とすれば二度おいしい」

「可能……ですか?」

「多分……」

 キョウがそう呟いたとき、歩いて近づいてくる男にユリファも気づいていた。

 まだ若く、サラサラの金髪が兜から垂れ落ち、背中には大きな剣をもつ。自己紹介される前から、それが勇者と気づいた。

「キミがキョウか……。私のパーティーに……」

 男が声をかけてきたとき、不意に横から飛び出してきた者がいる。

 鋭い金属がぶつかり、火花を散らす。ユリファたちの目の前で、誰とも知らない二人による戦闘がはじまっていた。










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