第19話 魔族の事情

     魔族の事情


 慌てた様子で、ウィロウがキョウのところにやってきた。

「魔族がきた!」

 そんなウィロウに、キョウは感心した様子で「へぇ~、分かるんだ?」

「大きな魔力の動きだ。キサマだって気づいているだろう?」

「これだけ垂れ流していたらね。でも、隠すことがないってことは、敵意もないってことだ」

「……ナゼ、そんなことが分かるんだ?」

「少なくとも、三人の魔族と戦って退けたオレの前に、いくら自信があるといっても堂々と近づくかい? 下手をすれば自殺行為だよ」

「だが……」

「放っておいても、何もしないよ」

「私は捨て置けん!」

 そういって、ウィロウはカラント家の領地を飛び出していった。

 事情を知らないモリナなどは「ウィロウさんはどうしたんですか?」と驚いているけれど、キョウは「何でもないよ。急に家に帰りたくなったんだろ」と惚けるばかりだった。


 キョウはカラント家の領地にある、小さな山にやってきた。そこには二人が待ち構えていた。

「なるほど、魔力がきれいなようだ」

 一人は白髪だけれど、決して高齢なわけではなく、むしろ若くてきれいではっきりした顔立ちをした、背の高い男。もう一人は俯き加減で、でも時おり鋭い眼光を投げかけてくる、小柄な中年男だ。

「二人とも魔族だね?」

 角はみえないけれど、緊張も警戒もせず、キョウはそう語り掛ける。

「我々は魔王派だ。安心して欲しい……とは言わない。なぜなら、返答次第ではキミとも戦闘になるだろう」

 基本、白髪の若い男が会話をするようだ。キョウは「どういった内容?」

「魔王様の行方を知りたい」

「マニンゲンになって、どこかに行った。それ以上は知らないよ」

「キミが最後に魔王と会っていた。何か言葉をのこしているはずだ」

「魔族に伝えるような言葉はないよ」

「その言い方……、やはり何か聞いているようだな」

「別に……、ただ魔王が自らの閉塞した状況に辟易し、オレにうっぷん晴らしをしているな……とは感じていたよ」

「閉塞……?」

「魔王になると、魔王城からでることも赦されず、そこにあり続けることが求められる。象徴だからね。魔族の中で、もっとも魔力の強い者が魔王となり、その地位を追われるまで、そこにいなければいけない。閉塞しているよね」

「これは魔族の総意だ。魔力の強い者が、自分勝手に動き回ることができたら、それは魔族でさえその安寧が脅かされかねない事態となる。だから魔王城で、十分な待遇と、権威を与えられた上で、そこに定住する。その代わり、魔王の決めたことに我々は従う。それが決まりだ」


 魔王が魔王城にいる理由――。

 それは魔王が最前線で、人族と戦えば間違いなく魔族にとって有利となるはずだ。でもそれは、魔族にとっても脅威となる力。魔力という分かりやすい基準があるだけに上下関係ははっきりしており、そんな相手に自由を与えることへの恐怖がそういう仕組みをつくらせたようだ。

「それが堅苦しくなったんだろ?」

 キョウはそういって、肩をすくめた。

「やはり何かを知っているようだね。でも、それを語る気はない……ということか」

「魔族のことに深入りするつもりがないからだよ」

「なら、無理やり吐かせることも可能だが?」

「やってみるかい?」

「……嫌、やめておこう。キミの魔力の供給元も、底もみえない。そんな相手とやり合うほど、私たちは愚かではない」

「魔力を垂れ流しつつ、この付近を通過した魔族もそっちが準備したんだろ?」

 白髪の男はにやりと笑った。

「魔術師に魔力探知をされると、キミと会うのが難しくなりそうだったからね。魔術師を遠ざけるため、禁則をやぶってキミと会った、スーベラにその役をさせたよ」

「オレと会うのは禁則になんだ?」

「今のところ、キミのことを我々も測りかねているんだ。味方になることはなさそうだが、敵になる気もないようだ」

「魔族が悪さをしなければ、戦うつもりはないよ」

「なるほど……。我々は魔王派だ。人族に害を与える気はない。その意味では、敵となるつもりもない」

「でも、オレに魔王の話を聞きたいんだろ?」

「今は無理強いして、自ら滅びを求めるつもりはないよ。キミが話したくなるよう、促してもいいが……」

「知り合いに手をだすつもりかい? オレはその生死を問わず、それをした相手を赦さないから、よろしくね」

 飄々とするだけに、その言葉は凄みをもつ。生きて返したところで赦されず、殺したらもうその限りでない。彼はそう告げていた。


 白髪の男は笑いながら「キミを魔王に推そう、という動きもある」と、話題を変えるようにそう言った。

「オレは魔族じゃないよ」

「魔族だから、魔王になるわけじゃない。魔力の強い者がなるんだよ」

 白髪の男はそういうと、ニヤリと笑った。

「私はホーリーレイス。こちらはオデラ。我々は姓を名乗らない。名乗ったところで意味がないからね。あくまで個人の力によって評価され、個人のみが重視される。だから魔王なんて制度が生まれた。究極の個人主義だ」

「ホーリーレイス、君は魔王をめざさないのか?」

「ふ……。自分がどれぐらいの器か? それぐらいの判断はできる」

「隣の人はそうじゃなさそうだよ」

 小柄で俯いていた男は、鋭い視線をキョウに向けてきた。

「私は魔王派だ。人に敵意を向ける気はない。だが、キサマは人間の秩序すら破壊しかねない……と思っている。最強と目されるキサマを倒し、魔王の座を狙うことに、何ら矛盾はない」

「じゃあ、戦うかい?」

「魔王様の行方が分からない以上、唯一の手掛かりを今、失うようなことをするほど愚かではない」

 勝つ気でいるようだ。でもキョウは肩をすくめて「魔王の行方をオレは知らない。オレに聞いてもムダだよ」

 ホーリーレイスは気色ばむオデラのことを制しつつ、

「君が隠しているかどうかも含め、今のところ我々が君と戦うつもりはない。だが、魔王様の行方について我らがどれほど頭を痛めているか……。それ次第では、君とも戦うことになる」

「魔王の座をかけて?」

 冒険者が魔王を倒して、それでジ・エンドになるわけじゃない。新たな魔王が誕生する。魔族を滅ぼすまで……。

「象徴たる魔王は必要な存在だ。その魔王様がいない今は、非常に危険だよ。これは不幸なこと。魔族ばかりでなく、人族にとっても……だ。もし君が新たな魔王の座をめざすというなら、そのときは魔族と戦うことにもなるだろう。そうならないことを祈っているが……」

 二人の頭に角が現れた。二人ともその数が多い。それは上位の魔族であることを示していた。

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