第13話 魔族の殺人狂

     魔族の殺人狂


「ここに、本当にいるのかね?」

 長髪の男が、高い塔の上に立ってコリダリスの町を見下ろしつつ呟く。

「いなくても構わんさ。噂を流したのもそうだが、奴が魔族と対立するつもりなら、ここで暴れていればそのうちやって来るだろう。ヴァイオラ国にいるのは間違いなさそうだしな……。それとも国中をさがしまわるか?」

 そう応じたのは、禿げあがったガタイのよい男だ。

「顔だってうろ覚えの相手を、どうやって探すっていうんだ? せめてきれいな顔を拝んでいたら、別だが……」

「魔王にやられて、ボロボロの状態しか知らないからな……。オレたち」

 二人の頭から、ゆっくりと角が生えていく。むしろ見えていく。

 彼らはこの首都に潜伏したときから「魔族がくる」との噂を流した。それは一人の男を呼び寄せるため――。

 グレスラントがもたらした情報は、驚愕のそれだった。

 魔王がいなくなって、魔族の世界が狂いだした。

 魔王は人との融和、それは自分たちが子孫をのこすために、魔族と適合する人族を増やすための策をとっていた。そのため、人族の町を襲うな……と魔族に指令をだすほどだった。

 それがなぜ、一人の人族の男を嬲り、また蘇らせ、そしてまた痛めつける。そんな不自然な行動をつづけたのか? その後、突如として魔王は城から消えた。

 その状況を知っているはずの、最後まで魔王と一緒だったはずの人族の男が、この国にいる。

「炙りだす……、楽しい暴力の時間だ!」


 長髪の男は頭に二本の角を生やし、禿げあがった男は三本角だ。 二人は塔から飛び降りると、二手に分かれた。

 禿げあがった男は、ゴラウスという。彼は全身に力を籠めて詠唱をすると、大地を両手でつかみ、引き剥がした。

「石畳なんぞですべてを覆うなんて、世の摂理に反するだろう! 大地の怒りを思い知れッ!」

 そういうと、その掴んでいた石畳をハンマー投げのように放り投げる。それが建物にぶつかり、大きな破壊音がする。それが戦闘開始の号砲となった。

「ゴラウスの奴、鬱憤が溜まっているな……。あまり壊し過ぎると、奴をおびき寄せられなくなるっていうのに……」

 長髪の男は、キラルド。彼は町にいる男だけを狙って、魔法による空気の壁でその首を切っていく。

「へへへ……。脆いな、脆いな! 弱い者を甚振ることができるのが、強者に与えられた特権だ!」

 キラルドは人族を殺すことで、愉悦を覚えるタイプだ。これまでは魔王により封じられていたが、魔王がいなくなった今は、もうその歯止めが利かない。でも男を狙うのは、やはり自分に合う異性をのこそうとするためだ。 

 彼らは魔王にいたぶられていた男を探しに来た。ついでに、自分たちの愉悦を得るために……。


「出てこいッ‼ 魔王のところにいた、いたぶられ男ッ!」

「呼んだかい?」

 キョウは長髪の男、キラルドの前にひょっこりと現れた。

「あ~ん……。あぁ、オマエ、確かに魔王のところにいた人族の……」

「キョウだよ。魔族の殺人狂か?」

「下等動物を思い通りにあつかうことが、生物としての理。強者の特権だろ?」

「特権ねぇ……。じゃあ、弱者の特権は?」

「群れることさ。強者から殺されても、絶滅しないために数を増やし、こうして群れて町まで築く。人族をみてみろ。どんどん群れて、町をつくり、殖えやがる! 弱者の証明だろ⁉」

 そういって居丈高に笑うキラルドに、キョウは肩をすくめた。

「群れをつくるのは、何も弱さばかりじゃない。渡り鳥は、先頭を飛ぶ鳥のおこす上昇気流にのり、後ろにいる鳥は楽に飛ぶことができる。そうして交代しながら、長い距離を飛ぶんだ。

 群れをつくるのは効率や、必然性によってもそうするだろう。蜂はまとまって暮らしているけれど、それぞれに仕事があって、互いの存在があって自分も成り立つ、という生き方だ。

 弱い者だけが群れる、というのは浅はかな論理だよ」


「ふ~ん……。そのクソ生意気な口ぶりは、魔王を怒らせただろうな」

「魔王には反論すら赦されなかったさ」

「魔王はどこ行った?」

「マニンゲンになって、どこかに行ったよ」

 嘘をついているようには見えない。でも、飄々としたこの男が、仮に本当のことをしゃべったところで、信じることはできないだろう。キラルドもそう悟った。

「嘘つき男に、魔王も苛立って嬲り殺そうとしていたらしいな」

「嘘つき……という嘘をつくお前には言われたくないね。少なくとも、群れをつくる道理では、オマエの方が嘘つきだ」

 キラルドは魔法を詠唱する。人を殺すだけの魔法なら、簡略化した魔法回路と詠唱で放つことができる。しかしグレスラントによると、魔法を消された……ということだった。

 複雑な魔法回路、詠唱によって、絶対に消せない魔法をつくる! 四つの魔法回路を連結し、詠唱もふだんは使わないものを選んだ。

 キラルドは風魔法を得意とする。風は二つの逆向きの力をぶつけると、一瞬そこを真空にする。

 さらに風の摩擦で電気もおこせる。無数の風の切れ目、そして電気ショックでこの男を仕留める……。

「殺風衝!」


 バチッ!

 彼がさしだした右手に無数のキズが走り、激しく血をふきだすが、キョウはまるで痛みすら感じていないように、その右手をじっと見つめる。

「かまいたちと、電撃か……。あまり好きになれない魔法だね」

 なぜこの男は死なない……? というか、身体がバラバラにならない? 強靭……どころではない。魔法で打ち消したようには見えなかった。何かしたようにも見えなかった。

 でも、硬い壁でも切り裂き、電気を通すものなら何でも感電させ、確実に死に至る魔法だった。

「バカ…………な」

 キラルドは二度目の驚愕を覚えた。

 キョウの右手が、すっかり傷跡すらなくなっていたからだ。

 こいつはヤバい! キラルドもすぐにそう気づく。大きな魔法を放って、この場から離れるのだ。

 自分の安全を確保することを優先する。人殺しという嗜好をもつ彼は、危険に対して殊更に敏感だった。どうやったら人を殺せるか? それは裏返せば、どうやったら殺されないか? それを知ることだ。

 こいつからは距離をおく。今はそれが安全確保だ。

「風雅絶……。ぐふッ!」

「長いよ、詠唱……」

 いつの間にこいつは近づいた? キラルドは顔の下半分を鷲掴みにされ、詠唱も途絶えていた。

「多分、オマエから殺意を消しても、マニンゲンにはなれないね」

「ま……まっへ! やめ……」

 キラルドはその場にのたうち回る。痛み、苦しみなどではない。得体の知れない何かに襲われ、もう彼は立つことすらできなくなっていた。

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