第12話 逃げない理由

   逃げない理由


 母親オスリーの許可も得ずに、とびだしてしまった……。ユリファも馬を走らせながら、後悔する自分がいた。

 でも、きっと話をしたら止められただろう。もし姉の身に何かあれば、ユリファがカラント家の跡継ぎだ。二人を同時に失うわけには……。そう考える母親は、モリナを行かせたはずである。

 それは、キョウを連れて、その力を試すためでもあって……。

 でも、ユリファの考えはちがう。

 相手にお願いをする。しかも、無茶なそれを……。だったら、自分も相応のリスクを負うべきだ。

 だから母親に告げず、メイドに手紙を母親に渡すよう依頼し、そのまま飛びだしてきたのだ。

 ヴァイオラ国の首都は海沿いにある。カラント家の領地からだと、海沿いをひた走ると、起伏も少なく行くことができるので、特に早馬でもあって、わずか二日ほどで到着した。


 首都コリダリスは平穏だった。ただ、警戒レベルは上がっていて、ユリファたちも中々、町に入れてもらえなかった。そしてそれは、キョウが身分証を有していない、という事情もあった。カラント家の娘であるユリファの護衛、としてやっと町に入ることができた。

 コリダリスはカラント家の領地のような、ただの平野に町が築かれたのではなく、シュリカの町のように城砦都市となっている。

 ただその規模は広大で、衛星都市であるシュリカの非ではない。中心にそびえ立つ塔には政治の中枢が入っていて、国王もそこにいる。そこから放射状に町が拡がり、市場ができるなど、活気に満ちていた。

 人やモノの往来も多いけれど、これでも魔族が襲ってくる、との噂が広がってから少なくなったそうだ。

「この城門から、議事堂へと向かう大路は両側に店が立ち並んでいて、それは見事なものなのですよ」

 ユリファはそういうけれど、店はまばらで、半分以上は門が閉ざされていた。

「商人は逃げだした人も多いようですね。私が前にきたときは、姉上の入学式のときでしたから、各国から貴族の子女と、その父兄が集まり、それは盛大なお祝いが開かれていたんですよ」

 ユリファはそれ以来、首都にきたのは二度目だそうだ。

「姉に会いに行きましょう」

 そういって歩きだすも、道はうろ覚えらしい。

「六年前にきたときは、まだ私も幼かったですし……」

「六年前? 君たち歳はいくつ?」

 キョウが驚いて訊ねる。

「十四です。もう成人とみとめられる歳ですよ」

 この国は十歳で結婚がみとめられるように、成人年齢も早い。逆に言えば、貴族同士の政略結婚や、暗殺などもあって、早くから成人として扱うことが正当化されてきたようだ。

 ただ人に訊ねつつ、何とか学校の寮にたどり着いたけれど、そこにユリファの姉はいなかった。


 途方に暮れて、町を歩いていると、不意に声をかけられた。

「ユリファ様ではないですか」

 三人は顔見知りらしく、再会を喜ぶ。モリナが教えてくれた。

「ユリファ様の姉である、イリミア様の侍女です」

 モリナと同じように、イリミアの影武者としても行動するよう、幼いころから貴族の娘と一緒に暮らしてきた女性だ。

「イリミア姉様はどちらに?」

「ついて来て下さい」

 イリミアが深刻そうな表情で、先に立って歩きだす。そこは町の外れ、喧噪とはほど遠く、町の繁栄もとどきそうにない壊れかけたボロ家であり、侍女はそこに入っていく。

「イリミア様、ユリファお嬢様が……」

 家の中にそう声をかけると、とびだしてきた女性が、ユリファをみると抱き着いていった。どうやら、それがイリミアらしい。ただ、聞いていたような聡明さや、威厳は全く感じられず、髪もぼさぼさで服もよれよれ、人と会うことを想定していない、引きこもりの姿だった。


「私からお話します」

 言い難そうなイリミアに代わって、侍女であるハラが語りだした。

「お嬢様は学校になじめず、ホームシックに罹ったこともあり、早々に学校には通えなくなったのです」

「で……でも、ハラに通ってもらって、家では勉強をしているのよ」

 イイワケがましく、イリミアはそういう。ハラはつづけた。

「イリミア様は寮に入られ、私はカラント領に戻ろうと思っていましたが、こういう事情で、寮を飛びだしてしまわれたので、オスリー様からの仕送りで生活するには、このような場所しか借りられず……」

 母親に内緒で、学校に通っていないのだから、贅沢はできないようだ。ハラを代理で通わせるのも、学校に通っている体を装いたいのだろう。

「では、婿探しというのは……?」

「探そうと思っていたわ。でも、ムリ……」

 学校に馴染めなかったように、人との接触を止めてしまったのだから、婿どころではない。

 カラント家は、血筋的には弱く、高位を得られる立場にない。父のロイドはその勇猛さと、忠誠で国にみとめられ、地位を上げていったのが実体だ。

 今の豊かな領地も、ロイドが功績によって与えられ、首都からほど近いのも防衛の意味を兼ねたもの。それを糧に親衛隊を構成、さらに武功を挙げて、シュリカも攻めとったのである。

 父親が亡くなった今、さらに婿探しは困難になった……。ただ、今はそんなことを言っている場合ではない。

「お姉様。早く首都を脱しましょう」


 ここ数十年、ヴァイオラ国は魔族の脅威を比較的、うけてこなかった。

 そのため、魔族は伝承の中の存在という意識をもつ人もおり、軽視する風潮があった。商人のように、国をわたって旅をするような者とは大きな差があり、商人はすでに逃げた。

「それはできないわ……」

「どうして?」

「私はロイド・カラントの娘。他の貴族が逃げていないのに、私が逃げてしまえば父の名を穢す」

「そんなことを言っている場合では……」

「でも、これは婿探しにも当てはまるのよ。カラント家の娘が逃げだした……などと知られれば、もう婿を期待するのは難しい。それこそ相手を選ばなければ、どこかの次男、三男は来てくれるでしょうけれど……」

 父親が亡くなっても、オスリーもイリミアも、あまり悲しそうでないのは、ロイドは各地を転戦することが多く、ほとんど接点がなかったこともある。ユリファとて、三年をシュリカの町で一緒に過ごしていなければ、父親のことを遠くの存在に感じていたはずだ。

 でも、今は婿より自分の身を守らないと……。シュリカで、魔族の戦いぶりをみているだけに、ユリファには分かる。

「そちらの方は?」

 イリミアに訊ねられ、ユリファも「彼は魔族と戦い、互角に渡り合った者です」

「あぁ、なるほど……」

 ソバルの町から、すでに噂は伝わっているらしい。

 そのとき、コリダリスに警戒を伝えるラッパが吹き鳴らされていた。



















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