第11話 慌ただしい旅
慌ただしい旅
「ヴァイオラ国の領地は比較的、治安がよいのですよ」
カラント家の領地まで、馬車でも一週間はかかる。道すがら、そんなことをユリファは語りだした。
「それも豊かだから?」
キョウが訊ねるので、ユリファも頷く。
「ヴァイオラ国は海から山まで、地形も豊かなのですが、海岸沿いの平野部は農地も広がり、また山に囲まれているため、他国からの侵攻も難しく、領土はせまいのですが、国情は豊かなのです」
「海から攻められるのでは?」
「海軍も整備していますが、海流が強くて、しかも流れがよく変わるんです。近づくのは容易ですが、退却は非常に難しいので、どこも海から侵攻しようとは思わないんですよ」
「逆に、この国から海をつかって打って出るのも難しいのか……」
「その通りです、海上輸送さえ、熟練の水先案内人がいないと難しいですね。だからシュリカ山を越えた、シュリの町を領土に加えることが、悲願だったのです」
それに父親が従事し、攻めとることには成功したものの、その後の援軍がうけられなかったのは、単にソバルの町の後任となったフォル・ガーネットと父、ロイドとの不仲だけの問題ではない。
ただ、そのことを説明する気には、ユリファもなれなかった。
「お嬢様、お屋敷が見えてまいりました!」
カラント家の領地は、海沿いの土地で、少し高くなった、海につきでた岬の上にユリファの家、カラント家の屋敷があり、領民は海沿いのところに町をつくり、平野部では農耕、海では漁にでるなど、経済的に豊かである理由もよく分かった。近くにはそれほど高くない山もあり、海産物、山の恵みまで、すべての環境に適応する点も特筆である。
ユリファの帰還は、事前に伝わっていたのだろう。ただ領民は、沈痛な面持ちで哀悼を捧げる。それは父であるロイドが亡くなったことも、すでに伝わっているためであった。
「お母さま、ただいま戻りました」
出迎えるでもなく、ユリファとモリナが報告にいくと、執務室らしきところで椅子にすわる母親と対面した。
「そちらが、魔族と戦った方?」
母親のオスリーは、娘を労うでもなく、夫の死を嘆くでもなく、ユリファたちの背後にいるキョウをみて、そう訊ねてきた。
「キョウです」
「実力のほどは確かですか?」
「どうだろうねぇ?」
キョウはオスリーからの詰問に近い形にもかかわらず、気にする風もない。でもそんな態度は、逆にオスリーの目をいっそう厳しくする。
「実力については、私たちも目にしております。折り紙付きです」
ユリファがそう助け舟をだした。
「私は実力主義です。実力があるなら、雇用してもよいですが、そうでないなら出ていってもらいます」
キョウは肩をすくめて「雇用されたくて、ここに来たわけじゃない」と、拍子抜けするほど、あっさりと告げた。
オスリーは目を険しくしつつ、ユリファを睨む。
「なぜ、この方を連れてきたのですか?」
「彼は必ず役に立ってくれます。でもそれは雇うとか、そういう関係で為されるものではない、と思います……」
ソバルの町での彼の態度をみて、ユリファも確信がもてなくなっていた。
魔族と戦える、実力的にも優秀であることはみとめている。でも、彼は何のために魔族と戦ったのか? それが不明なのだ。
「そんな曖昧なもので、このカラント家の領地にいられても困ります」
ユリファはキョウに向き直った。
「キョウさんは、なぜ魔族と戦うんですか?」
訊ねるのが怖くて、旅の間は聞けなかった。でも、母親にみとめてもらうためには避けて通れない。ユリファも決心を固めた。
「ある……からかな?」
キョウはそんな、不思議な回答をしてきた。
「……ある?」
「こちらを殺す、害すという悪意がある。それと戦っているだけさ」
キョウはオスリーへと目を移す。
「そこのおばさんが、敵意を向けるなら、それとも戦う。もっとも、今のそれは敵意じゃなく、合理的な判断……なんだろ?」
オスリーはこのとき初めて、表情が揺らぐ。
「まぁ、よいでしょう。しばらくここに滞在することを赦します」
どうしてオスリーがそれを認めたのか?ユリファはホッとするけれど、それは喜んでよいものかどうか? この時は判断できずにいた。
キョウは屋敷に泊まることになった。
「モリナにはしばらく休暇を与えました。私のわがままで、三年も家を空けさせましたから」
「町の人なの?」
「住民から、年恰好の近い子を侍従とする。貴族の子供が成人するまでの、ある意味で慣習のようなものです。時には影武者として、時には使用人として、一緒に育つのです」
「君は一人っ子?」
「いいえ。姉が一人います。今、姉は首都に留学中で、これは婿探し……も兼ねているのです」
姉は聡明な人だ。きっと、カラント家をひき継ぐ、よい人物を連れてきてくれるだろう。
「跡継ぎはお姉さん? 君はいいの?」
「私は姉にもしもの時が起こったときの、予備ですもの……。母にもはっきり、そう言われました」
「ひどいね……」
「貴族なら当然です。姉の方が優秀ですから、姉の血をのこす……。私は、どこまでいっても、姉の予備です」
寂しさをみせないよう、毅然とユリファはそう言い切った。
ただ、帰省からもどったモリナが、慌てた様子でユリファに告げる。
「大変です、お嬢様。首都に、魔族がせまっている、との噂が……」
「首都に? どうして……」
「細かいことは分かりません。でも、旅の商人がそれで逃げてきた、と……」
ユリファも、すぐに姉の身を心配した……。
「キョウさん。首都に行ってもらえませんか?」
「どうして?」
相変わらず、飄々とそう応じてくる。
「首都の方がこの国のことをよく理解してもらえますし……」
魔族と戦って……といえるのか? ユリファは迷っていた。
「この国を見てみたいのだから、いつか首都にはいかないとね。分かった、行くよ」
キョウはあっさりとそう言った。
「魔族が近づいている、との噂があって……」
「構わないでしょ。噂なんだし」
本当にこの人は何があっても柳に風、と受け流す人だ……。呆れるけれど、安心もする。
今回は早く行きたいので、馬車ではなく、馬に直接乗っていくことにした。
「オレ、馬に乗れないよ」というキョウに、ユリファが「私の後ろにのって……」と申しでると、それにモリナが激しく抗議した。
「いけません、お嬢様! こんな唐変木とのタンデムは、嫁入り前のお嬢様に悪い噂が立ちます。仕方ありません。嫌ですが、私が後ろに乗せます」
ユリファも苦笑するけれど、今は言い争いをしている場合ではない。ふたたび三人で、首都へ向かって旅をすることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます