第10話 魔族の女
魔族の女
大地に広げた布の周りに魔導士たちが集まり、そこに手をおく。
「火炎の陣!」
無数の火球が、魔族めがけて打ち上がっていく。
訓練の成果か? フォルの指示によって魔導士たちが集まる布を変え、その発動する魔法を変えていく。
しかし、上空に浮遊する魔族は、そんな攻撃を巧みにかわしつつ、町を見下ろすばかりで、攻撃する気配がなさそうだ。
ユリファとモリナは、その様子を不安に思いつつ見つめている。
魔族との戦いを、目の前にしてきたばかりだ。町を崩壊させたのは、直接的には魔族の攻撃ではなかったけれど、それができてしまう力をもつのも、魔族だ。今は部外者で、何もできないのがもどかしい。
キョウは隣にいるものの、前のように自ら魔族に近づいていくこともなく、傍観している。
ユリファも気になって「キョウさんは、戦わないんですか?」と訊ねてみた。
「う~ん……。あの魔族、悪意がないんだよね」
キョウはそんな不思議なことをいう。でも、確かに攻撃する意図は少ないようだ。上空を旋回し、とびまわるばかりで、前の魔族のように町を支配する……そんな意図はなさそうだ。
でも、なぜか町の上空から中々離れる気配がない。
「ボクの出番はなさそうだ。宿にもどっているよ」
キョウはそういって、宿の方に歩いていってしまう。
町が全力で迎撃しようとしているのに……。ちょっと期待していただけに、ユリファもがっかりして、その後ろ姿を見送った。
キョウが宿の部屋に入ると、そこには空を飛んでいた魔族がいた。
しかも、上空にいたので容姿がよく分からなかったけれど、女性の魔族である。
「やっぱり……上空にいるのは幻影か?」
「ふふふ……。魔族と会ってもその余裕。やっぱりあなた、魔王様のところで嬲られていた男ね」
「…………あぁ、その通りだよ」
「魔王様はどこ?」
「マニンゲンになって、どこかに行ったよ」
キョウは両手をひろげ、肩をすくめてそういった。
魔族の女は「うそ……、そんなはずないわ。だって彼は……。ううん、そんなことはどうでもいい」
そういって、キョウに詰め寄ってきた。
「あなた、転移者なのよね? どうやって魔王様の元から逃げたの?」
「彼がマニンゲンになったから、ボクには興味を失った。放置されたから黙ってでてきたよ」
尚も値踏みするように、魔族の女はキョウのことを眺めまわす。
「あなた……、私とセックスしない?」
キョウは特に驚くこともなく「どうして?」
「私は魔王様派。人族を殖やし、そこで魔族と適合する者をさがす……という方針に賛同していた。でも、そんな周りくどいことをせずとも、あなたとなら……」
「適合する?」
「魔族が、人族としか種をのこせなくなったのは、魔力の形が特異化し、魔族同士では適合しなくなったから。人族の中でも、まれに魔力の高い者が生まれ、その中でも適合するかどうかは、また別……。でも、あなたとなら……」
そういって、色目をつかう。
「あなたは自分の魔力を隠しているつもりかもしれないけれど、その漏れでている形は、非常に柔軟で、とってもきれい……」
魔族の女性は、さらにキョウににじり寄ってきた。
「私、レラミア。魔族って、魔力でしか相手に性欲を抱かないの。これまで私は、誰ともそういう気分にはならなかった。でもあなたとなら……セックスできそう……。最高のね」
そういって、レラミアはキョウに抱き着いていった。
一日、ソバルの町をほんろうした魔族は、夕暮れ時になるとすーっと消えるようにいなくなった。
しかし、それ以上はソバルの町ももたなかっただろう。
精鋭の魔法使い部隊は、大量の魔力を消費してしまい、すでに使いものにならなくなっていた。
弓矢、投擲、空を飛ぶ魔族への攻撃を試みるが、為す術もなかった。
町にほとんど被害はでなかったけれど、魔族に対する無力さを痛感し、心のダメージは甚大だ。
ユリファとモリナも、魔族がいなくなって宿へもどってくる。
フォル・ガーネットの配慮もあり、宿はよいところに泊まっていて、キョウとはちがう部屋だ。
でも、モリナが訪ねていっても、すでにキョウは眠っていた。
「魔族をみても、恐怖を抱かない点だけは評価しますけど……」
モリナは辛辣だ。でも、ユリファも魔族と戦ってくれる……と信じていただけに、失望したことも確かだった。
今回の戦いでも分かる。人族が、魔族と対抗することは不可能である、と……。
時おり、人族の中でも魔力の高い者があらわれ、魔族と戦える……と噂されるけれど、ソバルの町で選抜された魔法部隊でさえ、あの様だ。
ヴァイオラ国の全土から魔法適性の高い者をえらびだせば、魔族と戦って勝てるのだろうか……。
翌日、ユリファはカラント家の領地へ旅立つこととなった。
フォルは挨拶にこそ来なかったけれど、旅に必要な食糧などは渡してくれた。
「領地と、こういう町ってちがうの?」
キョウは不思議そうに、そう訊ねてくる。一日、ぐっすり眠れたらしく、キョウはすっきりした顔をしている。
「こうした町として築かれているのは、防衛をするための前線基地であったり、交通の要衝として、人の往来を監視したり、といったためなんです。だからここに暮らすのは、基本は兵士とその家族など、町に常駐する人々です。
生活があるので、そこには市場も立ちますし、こうした宿屋も存在しますが、そこで働く人々でさえ、兵士としての役目が終わると自分の家に帰っていきます。ここで生まれ、ここで骨をうずめるまで暮らす人は稀ですね。領主が代わると、町の人々もがらりと代わったりします。
領地はそれとは別。貴族はその領地を守り、領民とともに暮らす。領民からの税で生活するので、領地経営をしっかりするのが貴族です。町に駐留するのは、国から命じられた場合だけなんですよ」
「町の人々は、屯田兵みたいなものだ」
「とん……何ですか?」
「あぁ、ふだんはそこで駐留しながら生活を送り、有事になると兵士として活動する人々のことだよ」
「……へ、へぇ、なるほど……。父は選抜した衛士を戦闘員としていました。それができたのは、カラント家の領地が豊かだったからです」
「経営がうまくいっている?」
「ええ、母はやり手ですから……」
そういったとき、ユリファは少し沈んだ表情となった。
父親の死を伝えないといけない……、それだけではない憂いを抱えているようでもあった。
ふたたびモリナが手綱をとり、馬車を走らせてユリファは家族が待つ、カラント家の領地へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます