第9話 山越え

   山越え


 シュリカの町をでて、すでに夜となっていた。

 ヴァイオラ国に向かうために、越えねばならないシュリ山は、盗賊の巣窟とされており、早々に通り抜けたいところ。でも、馬も休み休みすすめないと、いずれ足が足りなくなる。

 ユリファとモリナの二人だって、色々なことがおこり、動揺が収まらない中で町をでた。

 モリナは裸をさらされ、男たちの慰みものにされる寸前だった。今、手綱をにぎるのも、ユリファを守ろうとする強い意志だ。

 ユリファも父親を亡くし、また父を守ってきた衛士たちを喪った。平静でいられるのも、モリナを守らないと……との思いである。

 互いに口数は少なく、焚火で温かい飲み物に口をつけつつ、じっと考えこむ。

 一緒についてきたキョウは、硬いパンを湯に浸して食べ終えると、すぐにごろりと横になってしまった。

 よく寝る人だ……。警戒心もなく、無垢な寝顔をみていると、ユリファも改めて不思議な人……と感じる。

「よろしいのですか?」

 モリナはちらりとキョウを見下ろしてから、そう訊ねてきた。

 ユリファだって分かっている。魔族同士が争った……そんな可能性もあるのだ。魔族は頭に角があるのが特徴だけれど、それを隠すことができる……との噂もあった。彼は魔族かも……?

 でも、彼のそんな飄々とした感じに、ユリファは期待したい気持ちとの綱引きでもあった。


 二人で毛布にくるまっても、眠れるはずもない。

 焚火も消えて、暗がりに包まれる中で、辺りに人の気配を感じる。

 月明りではよく見えないけれど、複数の人間が蠢く様子がわかった。でも、二人では戦いになるかどうか……。一応、護身術は身につけているけれど、それは一対一の話だ。

 恐らく相手は盗賊だ。こちらの素性までは知らないはずで、交渉して、切り抜けるか……ムリだ。キョウがみつけた、という前城主の隠し財産を、交渉材料にしていいはずがない。

 それよりキョウは……?

 暗くてよく見えないけれど、さっきまで寝ていたそこには、いないようだ。

「あれ……?」

 徐々に、辺りから気配が消えていく。

 いつの間にか、何ごともなかったかのような、静寂が訪れていた。


 翌朝、目覚めたキョウに「昨日、異変にきづきましたか?」と、ユリファが訊ねてみた。

「異変? 何かあったの?」

 呑気にそう訊ねてくる。そこに嘘はなさそうだ。

 どうして盗賊が襲うのを諦めたのか? 謎だけれど、今はそれを考えるより、いち早くシュリ山を抜けようと、馬車を走らせる。

 8日間かけて、シュリ山を抜けてヴァイオラ国へとたどり着く。

 そこはかつて、父であるロイドが治めていた土地でもあり、今は別の貴族が領主となっている。

 ソバルの町――。

 ヴァイオラ国からみて、ラプサーナ国に対する前線基地であり、防衛の最前線でもある。

 勇猛を謳われたロイドがそこを治め、電光石火の急襲により、シュリカの町を攻めとった。そこで空きとなったここの領主となったのが、フォル・ガーネットである。

 ロイドとは反りが合わず、たびたび意見も衝突した。魔族に襲われたときの支援体制をつくろうと、ヴァイオラ国からの支援を求めたが、時間がかかると却下したのもガーネット卿だ。

 ユリファが貴族証をみせると、すぐに町に入ることができた。ただ、キョウのことは衛士の生き残り、と嘘をついた。余計なことを話すと、角が立つと思ったからだ。ガーネット卿に面会を求めると、すぐに許された。どうやら、シュリカの町が崩壊したことは知っているようだ。

 でも、フォルの前にすすみでたとき、すぐにキョウのことを「衛士ではないね」と見抜かれてしまった。

 それはそうだ。親衛隊なら身につけるべき礼節を、彼は全く身につけていないのだから……。


「申し訳ありません、ガーネット卿。ですが、この者は魔族と対等に渡り合った強者です」

「しかし、ヴァイオラ国の者ではない。事情は聞きましたが、そんなときに怪しい男を連れこんで、正気ですか?」

 ガーネット卿は高齢で、堅物だ。ロイドとも折り合いが悪かったように、どちらかといえば保守的な判断をする傾向があった。

「でも、魔族が活発化している今、彼の力は必要です」

「そして新興貴族をまたつくりますか? それともユリファ嬢と婚姻し、カラント家を継がせますか?」

 話にならない……。ユリファも愕然とする。

 最初から、敵意しか向けてこない。未だにロイドとの遺恨をひきずり、その忘れ形見であるユリファにも冷たい態度だ。

 こんなことをしている場合ではないのに……。

 ヴァイオラ国はこの大陸の最南端にあたり、魔族の脅威は比較的低かった。それがフォルのような態度にもつながる。魔族が活発化した今でも、権力闘争を湯煎しているのだ。

 仕方ないけれど、彼のような貴族が多数派であることも事実だった。


「すぐに領地に向かいましょう」

 ユリファはフォルの前を辞すと、ぽつりと寂しそうにそういった。

 カラント家の領地は別であり、母親たちもそこにいる。

 ユリファは、感情的になってフォルと対峙するつもりはなかった。今の貴族は、真に国家のことを憂う者など、少数だから。

「キョウさんも、それでいいですか? 旅が長くなりますが……」

「帰る場所もないから、別に構わないよ」

 本当に、何のこだわりもない人ね……。でも、この町にいても恐らく、ヴァイオラ国の評価が下がるだけ。

 間接民主主義をやっと達成した、この国のよいところをもっと見て欲しい……。

 ユリファはそう考えていた。カラント家の領地なら、きっとそれが……。

 しかしそんなユリファの想いを知ってか、知らずか、この町を魔族が強襲した。


 ソバルの町は、ラプサーナ国からの襲撃に備えて、高い城壁を備える防衛型の居城である。

「対魔族用、戦闘部隊、前へ!」

 魔族との戦闘は、魔法による攻防がメインだ。人族では、魔法を扱える者は少ないけれど、それでも選抜された精鋭部隊が組まれていた。

 この世界の魔法は、魔術回路に自らの魔力を通すことで、発動する。魔族は小さいころから、魔法をつかうよう訓練されるけれど、人族では突然変異的に魔力をもつ者が現れるため、小さいころから魔法を学ぶ、ということがない。

 魔力に適性がみとめられ、初めて魔法を学び始めるのだ。その差は如何ともしがたく、また魔力量は雲泥の差だ。

 だから戦闘部隊は、まとまって一つの魔法回路に、一気に魔法を流すことで対抗するのが常道である。

 上空にいる魔族は、何かを探すように辺りを見回すばかりで、攻撃をしかけてくる気配がない。ただ、それこそ余裕の為せる業であり、そんな魔族との戦闘がはじまろうとしていた。

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