第8話 ブレイクダウン

     ブレイクダウン


 シュリカの町は、シュリ山の扇状地に建てられていた。そこは水が豊富で、野菜や果樹がよく育つとして、ワインは名産でもあった。

 魔族が大量の地下水をふきださせたことで、シュリカの町は巨大な地滑りを起こしたのだ。

 シュリカの崩壊――。

 町一つが一瞬にして、数百メートルを滑り落ちたのだ。建物は破壊され、見る影もなくなっていた。

 ユリファは辛うじて生き残った。辺りをみまわし、その惨状に愕然とする。住民のほとんどは、水龍の鱗によって切り刻まれ、死んでいた。苦しまずに逝ったことだけが、救いかもしれない……。

 キョウも、魔族もいなくなっていた。

 ただ、ユリファはそんな二人よりも、聖堂のあった場所へと向かう。そこにはモリナが倒れていた。高いところにいたから、水龍の鱗がとどかなかったのだが、崩れた建物に埋まらなかったのは幸いだった。

「モリナ! モリナ!」

 抱え上げて揺さぶると、彼女はゆっくりと目を開ける。

「お……お嬢様ッ!」

 ユリファとモリナは、互いの無事を確認し合うよう、泣きじゃくりながら抱き合うばかりだった。


 そのころ、ディエゴ・ガセーは城の地下にいた。前城主が隠した財産、それがある部屋で、大岩をくり抜いてつくった小部屋。崩壊でも無事だった。

「これをどう運びだすか……」

「へぇ~。諦めていなかったんだ?」

 背後から声をかけられ、ディエゴは慌ててふり返る。見るまでもなく、先ほどの男だと気づいていた。

「諦める? この財宝があれば、貴族として私の地位も上がる……。どうだ? これを折半しよう。魔族が来ないうちに一緒に運びださないか?」

 ディエゴは、キョウと魔族の戦いをみていなかった。魔族が現れると、すぐに彼はこの地下室へと向かったからだ。町など、どうなってもいい。この財宝さえあれば、自分は貴族としてやり直せるのだから……。

 そして、この男はいずれ殺せばいい。得体のしれない男だが、今は背に腹は代えられない。

「ふ~ん……。いずれ殺すつもりなんだね」

 ディエゴはハッとする。そういえば、先ほどもこちらの思惑を見透かしたような発言をしていた。どうしてこの男は、それが分かるんだ……?

「キサマ……、一体?」

 キョウは何も応じない。でも、彼が余裕をみせるほど、ディエゴの恐怖は増していく。ディエゴの悲鳴が響き渡った……。


 大聖堂は石組みであるため、塊としては無事だった。でも、地下室といえど通路はぐちゃぐちゃだった。

 ユリファはそこで、父親のロイドの亡骸をみつけた。町が崩壊する前、恐らく毒を飲まされて死んだのだろう。強健なロイドに対し、致死量を超える毒をふくませたのかもしれない。

 苦しんでもがき、喉を掻きむしり、眼は血走ったまま瞳孔がひらき、そのまま絶命していた。

 死の真相を隠したのは、ユリファたちを従わせるためだったのか……。ディエゴは魔族が現れると、すぐに消えてしまったが、彼だけが「父親は生きている」と語っていた。彼女を愛人とするためについた嘘だったのだろう。

 父親の死……。覚悟していたけれど、モリナが一緒でなかったら、ユリファは発狂していたかもしれない。私は貴族の娘……。モリナを無事、本国へ送り届けることが自分に課せられた使命……今はそう考えることで、何とか心を奮い立たせている状況だった。

「ヴァイオラ国へもどりましょう……」

 ぽつりとユリファはつぶやく。この町を治めるどころか、町そのものがなくなってしまった。

 しかも、住民の本音も垣間見えた。今は一刻も早く、このシュリカの町から離れた方がよい、そう思っていた。


 二人が聖堂の跡地からでてくると、城の跡からキョウがでてくるのがみえた。

 大きな荷車をひいており、ユリファたちに気づく。

「やぁ、君たちも生き残ったんだね」

 やっぱり彼は、飄々とそう声をかけてきた。

「あなたこそ……というか、魔族と戦っていましたよね?」

「戦い? あぁ……、戦いになっていたかな? 一方的に攻撃してきて、それを回避していただけだけど……」

 確かにそうだ。でも、それでさえ凄いことなのに、相変わらず飄々とした態度で、変わることがない。

「キョウさん、その荷物は?」

「前の城主が、私財をたくわえていたみたいなんだ。それを見つけたんで、もっていこうかと思って」

「えぇッ⁉」

 その事実にユリファも驚くけれど、それを明け透けに人に話してしまうキョウにも驚かされた。自分は財宝をもっています、と明かしており、よほど自信があるのか? それとも……。

「キョウさんは、これからどうするんですか?」

「予定はないかな。財産ができて、近くの町に行ってみようかと……」

「では、ヴァイオラ国へいらっしゃいませんか?」

 ユリファの急な提案に、驚いたのはキョウではなく、モリナだ。ユリファの袖を引っ張って「よろしいのですか?」

「キョウさんは魔族と戦って、それを退けました。もし……彼が戦力になっていただけたら、ヴァイオラ国にとって軍事力の強化にもつながります」

 ユリファはそう告げると、キョウに向き直った。

「ヴァイオラ国に仕えて欲しい……とはいいません。でも、一度いらして、国をみていただけませんか? それで仕えてみたいと考えたなら、そのときは……」

「ふ~ん……。いいね。君たちが案内してくれるんだろう?」

 キョウはあっさりと、そう応じた。

 本当に不思議な人だ……。これが吉とでるか、凶と出るか? それはまだ分からないけれど、ユリファたちはお城にのこっていた、わずかな自分たちの着替えと、食糧を馬車に積んで、シュリカの町を後にしていた。


 そのころ、シュリカの町を襲った魔族は、町から離れたところにいた。

 自分の得意とする魔法を、いともあっさりと退けられたのだ。ショックだったことは間違いない。

 ただそれ以上に、魔王が消えた原因をあの男が知っているはず……との考えの方に大きく支配されていた。

 魔王が消えて、魔族のタガが外れた。

 人族を生かし、繁栄させて、より多くの人族の中から、魔族との子を生せる者をみつけだす……。それが魔王の考え方だった。

 しかし魔王が消え、魔族がそれぞれやりたいように動きだした。自分が先に、適合する相手をみつけようと、各地で町を襲うようになったのだ。

 もし、ふたたび魔王が姿を現わすと、今こうして町を襲っている魔族が、どんな目に遭うか……?

 魔王とは、魔族の中でも最強の魔力をもった者が択ばれる。要するに最強、だからこそ魔王の行方について、情報があったら、魔族たちが動揺するだろう。魔族、グレスラント――は複雑な表情のまま、その場から立ち去っていた。

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