第7話 滅びる町

   滅びる町


 魔族は、外見が人とほとんど同じだ。

 大きな違いは、頭に角があること。鬼族との差は、その角が直立するのではなく、波打つ点である。

「シュリカの町よ! 我に随え。そうすれば命を長らえ、繁栄もできるだろう。だが逆らえば……」

 魔族が左手をふると、炎が飛んで城壁へとぶつかる。一撃で壁が崩れ、はじけ飛んだ瓦礫が住民にふりそそぎ、数名が血を流して倒れた。

 これで町民はパニックになる。それまで処刑ショーに熱狂し、興奮していたことが嘘のように、ある者は泣き叫び、ある者は絶望して力なくひざまずく。

 魔族と戦う……。ふつうの人族ではまず不可能。

 人族の中でも、わずかな者だけが太刀打ちでき、そのときは戦術も必要となる。

 不意打ち……。特にヴァイオラ国から、ラプサーナ国が奪い返した直後、備えなど何もない。

 しかも最初の一撃は、兵たちのいた駐屯所を狙ったもの。ラプサーナ国の兵は初動で多くが亡くなっていた。

 戦う術がない……。残された道は町の全滅か、従属か……。

「ならんッ! 我らは神の御加護をうけ、神にのみ仕える信徒ではないか! 魔族につき従うなど……」

 ドウル教区長はそれ以上語ることができなかった。なぜなら、彼は眉間から血を流しながら、大聖堂を落ちていったのだから……。


「うるさいんだよ。神なんていないだろ、そんなもん……」

 魔族はそうつぶやき、教区長が死んで、嘆き悲しむ住民たちを見下ろしてニヤッと笑う。

 ライトニング・アロウ――。ドウル教区長の眉間を貫いた魔法だ。

 光の槍は便利だけれど、人々を威迫するには物足りない。槍が速すぎて、ほとんどの者が何がおきたのか? 分からないのだから……。

 やっぱり……この魔法が一番だ。

 魔族が両腕を上げると、そこに大きな火球が現れた。それは町を覆い尽くすほどの巨大さで、高さのある城の屋根など、すでにその熱で燃えだしている。

 町を焼き尽くされる恐怖……。これが住民たち、特に非力な者たちに脅威を与えるには、ちょうどいい。

「さぁ、最後の選択だ! 我に随うか⁈ 滅びるかッ⁉」


 ユリファは茫然とその様子を見上げつつ、今やその選択を自分ができる立場にないけれど、服従か、破滅か? その二択を迫られても、決断するのはムリな相談だろうな……と感じていた。

 魔族――。元々、人族の中で魔力の高かった者が、血統を守ることで、魔法による優位性を保ってきた。

 ただそのことで遺伝子が特異化し、魔族同士では子を生すことができなくなった。人族の中で、もごく稀にしか適合者がおらず、子孫をのこすだけでも難しくなってしまったのだ。

 だから魔族は、人族の町を丸ごと支配し、その中でマッチングする相手を探そうとする。

 現れたのは男の魔族――。従属すると、女性はすべて魔族の所有物とされ、男性は結婚することも、女性と会うことも赦されなくなるだろう。

 すなわち繁栄どころか、ゆっくりと滅びの道に歩みだすのだ。

 だからといって、拒否したら全滅。

 わずかな、生き残らせた女性のみを連れ去ってしまうだけだ。

 屈辱的な扱いに耐え、時を待つ……という選択もあるだろう。でも、それを町民に問い、まとめることができるのはドウル教区長だった。それが殺された今、意見を集約する術もない……。

 否。そういう状況に、わざと魔族は追いこんだのか……。

「炎熱地獄!」

 魔族は頭上にあった火球を、叩きつけるよう大きく腕をふった。巨大なそれが町へとふりそそぐ……。


 覚悟を決めて、眼を閉じていたユリファが恐る恐る、ふたたび目を開けると火球は消え、魔族の前に立つ、一人の男がみえた。

「キョウ⁉」

 彼は相変わらず飄々と「危ない魔法だね。火傷しそうだよ……」

 そういって、熱いものをさわったときのように、手をふっている。

 魔族はその男を見下ろし、訝しそうに目を細める。この男は何をした? 巨大な火球が一瞬にして消え去った。

 魔法でつくられたものは、反対魔法をぶつけるか、魔法回路を書き換えるか、魔法をキャンセルするか、魔力の及ぶ範囲を超えることで物理的に効力を消すか……。

 そのいずれかでないと消えない。しかし、いずれの気配もしなかった。

 しかも、この男の浮かべる余裕は何だ……? 魔族と対しても、怯えもしないなんて……。

 魔族は目を細め、改めてじっくり見、ハッと気づく。

「キサマ! 魔王様のところにいた、転移者だなッ⁉」

「そうだよ」

 あっさりとキョウは認めた。

「魔王様はどうした⁉」

「どっか行ったよ。マニンゲンになって」

「真人間……? ふざけるな! なぜキサマが魔王様の下から逃れ、こんなところにいるのか知らんが、ここで殺してやる!」


 地面から多くの水が立ち上って、柱のように吹き上がった。それがのたうち回る蛇のように、辺りを破壊するよう暴れだす。

「オレは本来、水魔法が得意だ。ただこれは、あまり脅威を与えない……という点が問題でね。だが、破壊力はこっちの方が上だ!」

 蛇が鎌首をもたげ、振りまわすように、その水の柱は辺りを縦横に動きだす。

 それにふれた住民は、一瞬にして体がズタズタにされた。ただの水ではなく、中では高速で動いており、それが水のカッターのように切断するのだ。

「ふ~ん……。でも、一本一本が細くて、いくら魔力でつなぎとめていても、それでは脆すぎだよ」

 キョウがそう呟いて手をふると、水の柱がパシッ、パシッと途中から切れ、柱が崩れてしまう。

 やはり、こいつは何かをしている……。魔族の男もそう気づく。

 ただ、何をしているのか分からない……。魔法ではない。でも、魔法に干渉できる何かだ。


 それでも、ここには嫁を探しに来た。おめおめと逃げ帰ることなどできない。

 大地から立ち上っていた水柱が、一つにまとまっていく。

 それが巨大な龍のように、鎌首をもちあげて、町を見下ろす。鱗は一つ一つが渦をまき、その高速に回転する勢いで、触れた建物がすっぱりと切れる。人間の体などひとたまりもない。

「水龍よ。町もろとも、その男を切り刻め‼」

 魔族がそう命じると、キョウをめがけて水龍が突っこんでいく。地面をえぐり、壁を破壊しながら……。

「30点!」

 キョウはそういうと、腕を大きく振った。その瞬間、水龍は跡形もなくそこから消え去っていた。

「うそ……」

 ユリファも驚愕する。魔族による魔法をこんなあっさりと退けてみせる人族がいるなんて……。

 でもそのとき、地鳴りのようなものがすると、地面がぐらぐらと揺れだした。そのままシュリカの町は、一瞬にして崩れ去ってしまった……。












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