第6話 処刑遊戯
処刑遊戯
定例の昼食会――。政治と宗教が、胸襟をひらいて、忌憚なく日々のことなど話し合う。
ユリファがそこに参加しない……できないのは、彼女の立場があくまで領主の娘だからだ。
住民のほとんどが信徒――。だから、ロイド側から歩み寄った。でも、当然それは警戒する場でもあり、ユリファは監視の目を光らせてきた。
でも、ユリファがあらわれる前を狙われた。
会が開かれる前、一人でいるロイドにドウルが近づき「今年樽に詰めた、シュリカ産のワインです。昼食会の前に味見を……」
そういわれ、ロイドは疑いもなく口をつけてしまった……。
「ドウル教区長は、聖堂の門を閉め切って、我々も締め出されました……」
衛士もどうしていいか分からず、指示を仰ごうとユリファのいる城へともどってきていた。
ユリファも呆然とするが、別の衛士がとびこんできて「城の外に、多数のラプサーナ兵を確認!」と伝えてきた。
やられた……。父であり、城主であるロイドを人質にとられ、戦うこともままならない。では衛士を連れて脱出……ムリだろう。衛士にも動揺が広がる中、全滅をするのが必定だ。
もしかして、キョウと名乗ったあの男もグルだった? 彼に気をとられ、警戒が甘くなったときを狙われた……。
今はそんなこと、どうでもいい。衛士のみんなが少しでも生き残れる道を考えないと……。
ユリファは降伏する道をえらび、武装解除すると、そのままラプサーナの兵士たちに連行されていった。
ドウル教区長は今までにみたことのない快活な笑みを浮かべ、捕縛されているユリファを見下ろす。
「こんな形で再会するとは……、御労しい」
「謀りましたね……。父上は?」
「お眠りになられていますよ、今は牢の中です」
ユリファはホッとしたが、すぐに希望は打ち砕かれた。
「最適なタイミングで処刑しないと……」
もう、どうやっても助かる道はなさそうだ。ならば……。
「私たち親子は、罪人として処刑されたとて文句はありません。ですが、衛士は助命願います。今、魔族の脅威が迫っています。もしこの町が襲われたとき、きっと彼らは町の助けとなるでしょう」
ドウルはさも憐れだ……という蔑んだ目で、ユリファを見下ろす。
「必要ありませんよ。神の御加護もうけていない、異教徒になど守ってもらわなくて結構。それに、いつ裏切るか分かりませんからな。ヴァイオラ国の人間など信じられません」
ユリファは悔しくて唇を噛む。これまで町民のためを思い、政治をやってきたつもりだけれど、まったく通じていなかったばかりか、裏切られた気分だった。でもこれが、町の人々にとっての多数派でもあるのだろう。大聖堂の中まで町民たちの歓喜の声が漏れ聞こえてくるのは、そういうこと。
「処刑を開始します!」兵士の声がひびいた。
夕刻が迫っている。曇天の中、すきまから覗く夕景の赤らんだ空が、まるで鮮血を思わせるようだ。
「これより、異教徒どもに裁きを与える!」
ドウル教区長は、大聖堂の前に集まった町民にむけて、高らかに宣言する。
ヴァイオラ国の衛士が一人ずつ引きだされ、大した情状酌量の機会も与えられず、首を斬られた。
ユリファはそれを傍らから、呆然と見守るしかない。彼女にはそれを止める力がないばかりか、最後は自分……と気づいている。
町民たちは熱狂し、衛士が死んでいく姿に、喝采を上げる。
狂っている……。ユリファは、実際の戦いに参加したことはないけれど、これが戦争か……。
負けたら悲惨――。特に、彼らは他国に従属するをよしとせず、ずっと憤懣を溜めていた。
その鬱憤を晴らすように、衛士の死に狂喜乱舞する。
病院にいたエイグも引きだされ、無抵抗のまま首を斬られた。
次は自分……。そう思ったとき、背後から声をかけられた。
「私の愛妾となれば、君と、君の父君の命は助けよう」
驚いて振り返ると、そこにはディエゴが立っていた。
「私はこの町の城主となる。そのとき死んだと偽って、父親のロイドとともに匿ってやることもできる。それに、あの娘の命も……」
ユリファは大聖堂のテラスにふたたび目をむけた。するとそこには従者であるモリナが引きだされていた。
魔族の捜索にでていたので、反乱がおきたとき城にいなかった。モリナは頭のいい子だ。逃げてくれると思っていた。
しかしユリファを心配し、城にもどってきて捕まったのだ。
「異教徒の女を、どうすべきか⁉」
ドウル教区長がそう叫ぶ。神に仕える身が、衛士を殺し続け、もはや興奮が頂点に達し、尋常ではない様子で、我を忘れてそう呼びかけた。
「犯せ! 犯せ!」
町民からシュプレヒコールが上がる。
「置き屋にあずけ、みんなで慰みものにしてやろうか!」
そういうと、ドウルはモリナの服を引きちぎった。裸身が露わとなるも、彼女は手足が縛られており、どうすることもできない。羞恥と、恐怖で体をわなわなと震わすけれど、泣き叫ぶこともなく、従容と受け入れる覚悟のようだ。
それは、自分の犠牲によってユリファの身を何とか救おうとしているため……。
「宗教は、ときに残酷なほど人を熱狂させ、凶悪な犯罪に走らせる。長いものには巻かれておくべきさ」
ディアゴはそういった。
「あのメイドも。私なら助けられるぞ」
ユリファはもう観念していた。私が我慢すれば、父とモリナを助けることが……。
「もう死んでいるよ。君のお父さん」
そのとき、不意に聞こえた声にそちらを向くと、そこにはキョウが笑顔を浮かべて立っていた。
ユリファは驚くが、それ以上に驚愕したのはディエゴだ。兵たちに「捕えろ!」と命じ、十人以上がとり囲んだ。
でもキョウは変わらず「力で口封じか?」と、殺気漲る兵士たちを見まわし、飄々とつぶやく。
「きさま……、兵たちをどうした⁉」
「え? あぁ……誘拐犯のこと? どっかに行ったよ、マニンゲンになって」
「真人間……?」
ディエゴはそう訊ねつつ、違和感に苛まれていた。絶体絶命の状況なのに、この男の余裕は一体……?
「前城主の隠し財産はみつかったかい? それが目的だろ?」
何で知っている? この男はヤバい……。「殺せ!」
しかしそのとき、町全体に響くような地鳴りが聞こえると、破壊音がした。
それは城の物見台に何かが直撃し、崩れるときのものだ。
「ありゃ? 思ったより早いな……」
キョウがそう呟くのを、ユリファは確かに聞いた。
ただ、その真意を訊ねることなどできない。ナゼなら、町はパニックに陥っていたからだ。
「ま、魔族だッ‼」
住民たちが指さす先、町への入り口の門の上。そこに頭の上に三本の角がある魔族が立っていた。
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