第5話 シュリカ・コンフィデンシャル

   シュリカ・コンフィデンシャル


 シュリカ大聖堂――。

 このシュリカのある一帯の、ラプサナストラム教をまとめるドウル・ファズム教区長が滞在する。

 ラプサナストラム教は一神教で、神がすべてを創り、神によりすべてが決められている、という教えだ。

 だから人の運命、職業まで決めてしまう。信徒は成人すると聖堂に集まって、一人ずつ適職が言い渡される。結婚相手でさえ斡旋してくれる。

 ヴァイオラ国がこの町を攻めとったとき『兵士』という運命をもつ者は、すべて隣町へ逃げてしまった。

 そのためシュリカの常駐兵はいつも不足し、ラプサーナ国の侵攻や、魔族の脅威にも晒される。

 でもそれこそ、ラプサーナ国の戦略でもあった。


「まさか、あのお嬢様がもどってくるなど……何をしていたんだ?」

 ドウル教区長の前には、ラプサーナ国の騎士、ディエゴ・ガセーがいる。三年前の防衛戦のときの副官であり、今はシュリカ攻略の、ラプサーナ国側の責任者となっている。

 彼がこうしてヴァイオラ国の領地、シュリカ大聖堂にまで入りこむことができるのは、町民のほとんどが協力者だからだ。

 ディエゴは難しい顔をして「誘拐に向かった兵は誰一人もどってこなかった。何がおきたのか……」と呟く。

「せっかく、往復の道程まで口をだし、決めてやったのに……」

 恨みがましいドウル教区長の言葉に、ディエゴも首をふった。

 シュリカ奪還作戦に、ドウルは非協力的な態度をとるのが常だ。それは聖職者が、卑怯な真似などできない、軍事作戦にはかかわらない……との理由だ。

 それが今回、些少ながら協力してくれたが、それなのにディエゴが作戦に失敗したことを詰っている。

 ディエゴも当然、ラプサナストラム教の信徒であり、教区長に逆らうことなどできない。ただ彼は騎士でもあって、奪還作戦の指揮官として為すべきこともあった。


「攻めとることはできんのか?」

 ドウル教区長が強めの圧をかけてくるが、ディエゴは首を横にふった。

「ヴァイオラ国で、竜騎士とまで謳われるあのロイドですよ」

「だが、奴に近従する兵士は少ない」

「十八名……ですが、全員が精鋭です。ロイドへの忠誠も高く、こちらも相当の犠牲を覚悟しないと……。だからこそ、教区長にも手伝ってほしいのです」

 そう迫られ、ドウル教区長はたじろぐ。

「な、何を……?」

「明日、交流の昼食会が教会の主催で開かれるでしょう? そのとき、ロイドの食事に毒を混ぜて欲しい」

 ドウルは激しく首を横にふる。「ム……ムリだ」

「アゲローナ枢機卿より、シュリカの町が早くラプサーナ国に復帰するよう望む、とのお言葉もいただいた。ここで協力するのは神の御心にも沿うことですよ」

 ドウルも生唾をのむ。枢機卿の名をだされたら、弥が上にもドウルも意識せざるを得ない。

「わ、分かった……。やろう」


 ディエゴはにやりと笑う。この言質をとるため、これまで工作してきたのだ。

 教会本部への働きかけ、誘拐作戦の失敗……。それもこれも、一兵たりとも失わずに強敵であるロイドを討ちとり、シュリカの町をとりもどす……。

 ただ、それだけではなかった。

 シュリカの前領主が、不正に蓄財をしていた。副官としてそれを知りながら、彼は放置した。

 下手に動くと角が立つ……。騎士であれば私腹を肥やして当たり前。バレたら「運が悪かった」というばかりでなく、それを報告した副官に嫌がらせを……そんな風潮があった。

 前領主は隠し部屋までつくり、厳重に管理していたが、ディエゴは見て見ぬふりをした。

 そこにロイドたち、ヴァイオラ国が攻めてきた。

 混乱する城内で、彼は策を立てた。前城主を最前線へとおくり、孤立させる。敵がそちらに惹きつけられる間に、兵士の運命を与えられた者をすべて城外へと逃がしてしまった。

 余力をもって撤退する。敵の補給路は長く、町民の非協力によってヴァイオラ国を疲弊させ、町を奪還する。

 彼はその戦術をもって、奪還作戦の指揮官に任命された。しかしこの三年、国政の混乱、魔族の動きなど不測の事態がつづき、作戦を実行に移すことができないまま、今に至った。

 今度こそ……。それは機が熟した……という以上に、隠し部屋の存在をヴァイオラ国に知られる前に、とりもどす……。そんな野心に基づく思惑がふくまれたものでもあった。


 ユリファは憔悴していた。

 魔族……、もしくは魔族に協力する者を町に引き入れてしまった。そんな悔恨からそれは生じている。

 兵士に捜索させているが、杳としてその行方がつかめない。町からでた、という情報もない。

 モリナも、キョウの捜索に向かった。顔を知るから……という以上に、ユリファの焦燥を見ていられないからだ。

「魔族の脅威が高まっているのに、どうして人間同士は争うんだろ……?」

 ユリファも思わずそう呟く。

 ラプサーナ国に属す隣の町に、魔族に襲われたときの相互協力を求めた。説得できると思った。だから自ら外交使節として向かったのだが、けんもほろろに断られた。むしろ逮捕しないことを感謝して欲しい……と言わんばかりの、高圧的態度だった。

 今は人族が協力し、魔族と対するべきだ。魔族こそ、人族を滅ぼす最強の敵であるのだから……。

 ユリファの意見は正論だけれど、人の心の奥底にあるものは、それを否定することも知っていた。


 シュリカの町を攻めとった功績で、父のロイドがこの町の城主となった。そのとき家族の反対をおしきって、ユリファは父についてきた。

 武勇にすぐれ、部下の統率に長けるも、人を信じて、疑うことが疎か……。そんな人のよい父を心配して……だ。

 ユリファは貴族の娘として、領地経営のノウハウを学んできた。それを実践しようとも思った。

 占領地として、文化のちがい、思想のズレ……。そうした難しさもありつつ、二年はうまくやってきた……つもりだ。

 でも、ここ一年はちがう。

 魔族の脅威――。それにより住民の心も荒んでいった。ロイドたちは寡兵で、この町を守りぬくことができない……。そんな噂が蔓延したからだ。

 情報戦……。そう分かっていても、彼女にはどうすることもできなかった。

 そんな状況を打破したかった。でも、書状には『先に領土を返せ』とあった。彼らにとって他国に奪われたままなら、魔族にでもくれてやれ……とでも思っているのかもしれない。

 もうすぐ昼食会……。ユリファは重い腰を上げた。ユリファが会に参加することはないけれど、色々と裏では口をだしてきた。食事のこと、話の内容……。今日もそれをするつもりだ。

 そのとき、兵士が飛びこんできた。「大変です! ロイド様が!」



 

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